第34話 売り込み

 舗装のよく行き届いた道路を、送迎車が走る。


 窓からはバベルの塔も真っ青な高層ビルが立ち並ぶ近代的な街並みが見える。


 さすがの金持ちタウンといった光景だ。


 中東も他の地域と同様にエイリアンアタックの被害はあったのだが、王族パワーで彼らのお膝元のこの都市だけは爆速で復興を遂げているようだ。


「それでは総理。あと数分でホテルにつきますのでご準備を」


 ハンドルを握る本郷が呟く。


「いいっすねー。ジブンらがドライフルーツを齧ってる時に、これからお二人は五つ星ホテルで王様と贅を尽くした最高のディナーっすか」


 園田がルインの髪をまとめながら、羨ましげに言う。


「悔しかったらお前もルインくらいのいい女になるんだな。それこそ、異世界を征服できるくらいの」


 助手席に座った光二はそう答えると、ルームミラーを見ながらネクタイを締め直す。


「うへー、ジブンは切った張ったよりも『世界を救うのはもう飽きた』系ののんびりしたゲームが好きなんで遠慮しとくっす――っと、こんな感じで大丈夫っすかね」


 園田がルインに手鏡を差し出して言う。


「ああ、上出来だ。手数をかけたな」


 ルインは手鏡を一瞥してからヒジャブを被る。


 やがて送迎車はホテルへと着いた。


 その外観は流線形の近未来的な感じで、機能的にもゴリゴリに近代化されたハイテクビルだと聞いている。


 光二は先に送迎車から降りると、ドアを開けてルインをエスコートする。


「ふー、やっぱりルインの手の感触が一番落ち着くな」


 光二はルインの手を握って言う。


「この国では公衆の面前で男女が睦み合うのを好まなさそうだが、いいのか?」


「見えなければどうってことない」


 ルインが着ているアバヤの長い袖を利用して、バレないようにいちゃつく。


 ちなみに、今回はアメリカ滞在時とは違い、日本とパルソミアは別個の独立国家であるという建前をかなぐり捨てた、ゴリゴリの夫婦営業モードである。


 というのも、この国は王制であって、民主主義国家ではないので、欧米的な自由主義諸国の価値観に配慮する必要がないためだ。


 バベルの塔も真っ青になるほどの高層ホテルの最上階。


 サルマン王子に彼の三人の妻。


 彼の子供たちも交えて、晩餐会が始まる。


 先に交渉が無事にまとまっていたおかげで、晩餐会は終始和やかな雰囲気で進んだ。


「日本と我が国で共通する文化として、競馬がありますね。総理は馬はお好きですか?」


 デザートのピスタチオののせた牛乳プリンが出てくる頃、サルマン王子がそんな話題を振ってきた。


「ええ。馬は人類の良き友ですからね。異世界にいた頃はよく乗りました。サルマン王子も馬がお好きですよね? たしか、日本の競走馬も何体かお買い上げ頂いているとか」


 光二はお行儀よくスプーンを口に運ぶ。


「ええ。そうなんです。それで、私はこの街の近くに競馬場を所有しているのですが、この度、両国のさらなる友諠が深まることを期待して、コージ記念杯を創設することにしました。明日レースがあるので、よろしければ観覧にいらっしゃってください」


 サルマン王子が笑顔で誘ってくる。


(ぶっちゃけめんどくさいなあ)


 食事終わりのこのタイミングで言ってくるということは、サルマン王子もこちらが断っても構わないと考えてのことだろう。


(どうやって断ろうかな……)


 光二が角が立たない断りの台詞を考えるために、コーヒーカップに口をつけて時間を稼ぐ。


【この話、受けてくれないか】


 唐突に、ルインが魔法で脳に直接語り掛けてきた。


【なんでだ? 競馬なんて見てもおもしろくないぞ】


 光二も魔法で答える。


 光二とルインは文字通り、轡を並べて戦った仲である。


 戦場で馬を駆る興奮に比べれば、決められたコースを走るだけの競馬はちょっと物足りない。


【いやなに。この世界にパルソミアの畜獣の輸出の足掛かりになるかと思ってな。我が国の駿馬の力を見せつけてやりたい】


【え? それ、もしかして俺にバイコーンに乗ってぶっちぎれって言ってる?】


【ふっ、私にかっこいい所を見せてくれ、旦那様?】


【そう言われちゃ断れないなあ】


 惚れた弱みというやつだ。


「光栄です。是非伺いたいです。――時に、王子。その競馬の件で一つお願いがあるのですが」


「なんでしょう」


「もしよければ、私もそのレースに騎手として参加させてもらえませんか?」


「それは、総理が自ら馬を駆られるということですか?」


 サルマン王子はちょっと驚いたように目を見開いた。


「ええ。もちろん、正式なレース扱いではなく、エキシビジョンの形で。私の妻が祖国の――異世界の駿馬を皆様に披露したいそうなので」


 光二は隣で寡黙な淑女を演じるルインを横目で見る。


「それはそれは! 大変おもしろそうな試みですが、さすがに危険かもしれません」


 サルマン王子はビジネスの香りに一瞬眉を上げ、真っ当な懸念を口にする。


「もちろん、何かあっても貴国の責任を問うような真似は致しません。王子ならばご存じかと思いますが、駿馬は時に人を選ぶので、私以外の者は乗りこなせないのです」


 正確にはルインなら余裕で乗れるが、この国で女性の騎手をごり押しするのは色々軋轢を生むだろうから、そういうことにしておく。


「わかりました。エイリアンを退けるほどの勇者様にいらぬ心配でしたね。手配しましょう」


 サルマン王子はにこやかに頷いた。


 こうして、鶴の一声――ならぬ王の一声で、光二の競馬への参加が決定した。


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