第8話 異世界召還(3)

「なるほど……、それで総理は心の故郷である異世界に戻られるおつもりだと」


 本郷は呆れと納得が半々の口調で言う。


「そういうことだ。で、ルイン。満足したか? 俺はさっさと帰りたいんだが」


「うーむ、正直、迷っているな。戻るべきか進むべきか。本当なら、コージの世界でやりたいことがあった。今、こっちでは少々、問題を抱えていてな」


「えっ、パルソミアでなんかあったのか? また魔王でも湧いたか?」


 向こうにいた時に反対戦力は徹底的に殲滅したはずなのだが。


「いやいや、いたって平和だ。というか平和すぎる。戦後の統治政策が、想定よりも上手くいき過ぎた」


「上手くいき過ぎた?」


「想定より人口が増えてな。幼児死亡率の減少はもちろん、民族融和が進んだ結果、異種婚も増えた。どうやら異種族間で交合した方が、生物は活性化するものらしい」


「なるほど。そうなると、食糧問題とか、衛生問題とか、住宅問題とか、色々出てくるわな」


 光二は得心して頷く。一応、腐っても総理なので、多少はそういった政治的なテーマについても学んではいた。


「ああ、だからコージの世界に移民できないかと思っていたのだがな」


 ルインは腕組みをして考え込む。


 腕に持ち上げられ、軍服越しでも分かる巨乳が強調された。


 ワシのじゃワシのじゃ。


「移民かー。俺の国は結構移民には厳しめだな。ちょっと前は偽装した移民という名の奴隷を募集してたけど、最近はそれすらも怒られて外聞の悪さを気にして減ったし」


「そうなのか。しかし、どちみち、今は移民どころじゃなさそうだな。コージに聞いていた平和な日本とは随分状況が違うようだ」


 園田の胸のスマホは今も爆音と悲鳴を垂れ流し続けている。


「まあな。さすがに虫軍団に侵略されるなんて想定外だわ。――つーことで、ま、お前らと会ったのも何かの縁だし、一緒に異世界いくか? 言葉を覚えるのはちょっと大変かもしれないけど、それなりに楽しいぞ。他の奴らも呼べるだけ呼んで来い。間に合うなら家族も一緒でいいから」


 園田と本郷に視線を遣る。


 光二は地球にも日本にも大して愛着はない。


 だが、四年間一緒に過ごした仕事仲間にチャンスを与えないほど薄情でもなかった。


「異世界っすか……。獣人とかフェンリルをモフりたい欲はありますね。でも、一番重要なのはメシっすよ。メシ! そこんとこどうなんすか?」


 園田は顎に右手の人差し指を当てて逡巡する。


「飯か。俺のいない間に進化したか?」


「コージといた頃と大差ないな。高級品はともかく、庶民の口に入るものは、まだまだ質よりも量が優先だ」


 ルインは肩をすくめる。


「そうか。なら、異世界メシは基本マズイぞ。そもそも塩が貴重品だからな。薄味だし、ダシの概念もないからコクもない。もちろん、ろくな甘味もない。あってもせいぜい砂糖水。肉も筋張って硬い」


「は!? そんなんいやっす! ジブン、ジャンクフードがない世界じゃ生きていけないっす! 二郎も天下一品もマックもケンタもない世界とか終わってるっす!」


 園田が頬に両手を当てて、ムンクの叫びのようなポーズをした。


「本郷はどうだ?」


「僕もワンピースの結末を知るまでは、こっちにいたいですね」


 そうだった。本郷はSFジャンルにまで手を伸ばす濃いめのマニアであったが、同時にメジャーなものも等しく愛する、ひねくれてない民度の高いタイプのオタクであった。


「ふむ、愛国心の高い素晴らしい部下だな」


 ルインが微笑を浮かべて言う。


「いうほど愛国心か?」


 本郷のはともかく、園田のは半分以上外資じゃないか。


「ああ、割と健全な愛国心だと思うが」


「そうかなあ。でも、まあ、よくわかんねーけど、ピンチはチャンスでもあるな。もし今の現状を俺たち――パルソミアの助力で解決したら、日本に大規模移民するいい口実にはなるな」


「そんなに簡単にいくか? 私たちは異世界人だぞ?」


 ルインが首を傾げる。


「大丈夫っすよ! 日本人って、昨日まで鬼畜呼ばわりしてた国に負けた途端にギブミーチョコレートし始めるほど節操なしっすからね! もし宇宙人から解放してくれたらきっと、異世界人様様っすよ多分!」


 今まさに外患誘致の相談をしている総理に、あっけらかんと笑う自衛官の園田。

 光二もさすがに我ながらこれでいいのかなと思うけど、これが民主主義でシビリアンコントロールの軍隊の末路だから仕方ないと開き直る。


「そのアメリカ軍ですが、どうも動きが鈍いです。一部では空路で本国に帰還したとの情報も」


 本郷はどこからともなく軍用のPCを取り出して言う。


「マジ? シーレーンの権益全部捨てるの? あ、でも、まあ、世界がめちゃくちゃになるなら日本なんて守ってる場合じゃないもんな。アメリカは全部自弁できるし」


「もし人類が生き残れたら、アメリカはモンロー主義へ回帰するかもしれませんね」


 本郷が冷静に頷く。


 アメリカにとっての日本の価値は、非民主主義国家に対する極東の防波堤になることである。


 でも、確かに地球全土が宇宙人に攻撃されてるなら人間同士で争っている場合でもないし、そうなると別に資源もない日本を守る必要性は薄い。


 にしても、損切り早すぎだろ。


 日米同盟は永遠ではなかったのですか!


(まあいいか。アメリカが自分から出ていってくれるなら宗主国の地位はパルソミアが成り代われば。救世主は一人でいいからな)


 光二はすぐに思考を切り替える。


「アメリカ様が頼りにならないとして、ルイン、今動員できる兵力は?」


 真面目腐った顔で言って、ルインの乳を揉みしだく。


「精鋭を五千人ほど待機させているぞ。さすがにいきなり異国に軍隊を連れて乗り付けるのは色んな意味で控えたがな。そして、安全にゲートを運用するとなると、即時にこっちに連れてこられるのは千人くらいだ。魂を持った存在が異次元に渡るのは負担が大きい」


 ルインが答える。


 お返しとばかりに股間を触られた。


 なお、ルインはパルソミアの最高権力者であるので、当然に命令権がある。


「そうか。千人じゃ、日本全土を救うには足りないな。今回は、中途半端な結果じゃだめなんだよな。民心を掌握したいから、国民全員が黙る感じの派手な戦果じゃないと困る。国宝級のエリクサーって余裕ある?」


「宝物庫に戻れば、物自体は余裕がある。だが、今はこの予備の一本だけだな。ゲートと魔力干渉を起こさないことを前提とすると、こちらに持ってこられる魔法薬には限界がある。無理をすれば、もう一本くらいは持ってこれなくもないが、安全マージンをとるならあまりしたくない」


 ルインが胸ポケットから小瓶を取り出して見せ、また戻す。


「やっぱりそうだよな。でも、エリクサー一本あれば、俺だけでも広域破壊魔法は撃てるか。どうする?」


 コージはルインに尋ねる。


 責任の放棄というよりは、本当にどちらでもよかったので、ルインの決断に従うつもりだった。


「ここはコージの国だ。我が夫に従おう」


 しかし、ボールは投げ返されてしまった。


「じゃあ、とりあえず俺が宇宙人と戦ってみて情報収集、いけそうなら自衛隊とパルソミアの軍隊で救う。無理そうなら撤退する。シンプルにこれでどうだ?」


 光二はそう結論づけた。


 あまり思い入れのない日本国民とはいえ、助けられるなら助けた方がいいと思ったからだ。


 それは、気まぐれに街頭募金に寄付をするような、もしくは、部屋に発生した蜘蛛を殺さずに外に逃がす程度の善意であった。


「異論はない。久々にコージの勇姿を見せてくれ」


 ルインはそう言って、腰の一振りを解き、白銀の鞘ごとこちらに投げ渡してくる。


「おー、聖剣ムーレム。元気かー」


 光二はよく柄が手になじむその剣の鞘を抜く。


 ムーレムの刀身は光二がそれをパルソミアに預けた時のまま、黒真珠のような怪しい輝きを放っていた。


「な、なんか聖剣っていうには纏ってるオーラがむっちゃ禍々しいんすけど!」


 園田が壁まで後ずさり、ムーレムから距離を取る。


「ああ、こいつちょっと向こうで人間の血を吸いすぎた上に、何年も放置されてグレてるんだわ。なー、ムーちゃん。今度は正真正銘、無辜の民を怪物から救う正義の戦だぞ? 機嫌直せよ」


 光二はそう言って素振りするが、まだちょっと動きが固い感じだ。


 これは怒ってるな。


 ひとまず、剣を鞘に仕舞い、それを紐で腰に結び付ける。


「魔剣堕ちした聖剣ですか。とても厨二っぽくてかっこいいですね」


 本郷が皮肉ではない純粋なトーンで言う。


 全く大人になっても少年の心を忘れない男だ。


===============あとがき==============

 皆様、ここまで拙作をお読みくださり、まことにありがとうございます。

 ようやくヒロイン――というよりお嫁さんも登場し、役者が揃ってまいりました。

 「光二くん頑張れ」、「厨二心がくすぐられる」「褐色エルフが性癖にどストライクである」などなど、どんな形であれ、拙作に興味を持って頂けましたら、★やお気に入り登録などの形で応援して頂けますと、作者と致しましては大変嬉しいです。

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