第3話 フットワークの軽いバカ神輿

「……総理。ご歓談中のところすみません。東海地方で土砂災害が発生したみたいです。山の麓の家屋が押しつぶされ、県道の一部が通行不能になっています。こちらは未確定情報ですが、水道管が破損し、数か所で断水状態になっているとの情報も」


 本郷がそう口を挟む。


「災害対策本部を設置するほどの規模か?」


「それほどではないですね。ただ、かなり微妙な規模の災害なんで、逆に自衛隊への応援要請をするかの判断が難しいパターンかと」


 モニタで災害現場の位置情報を示しながら言う。


 本郷は情報分析の部署から、パワハラを受けた被害者なのになぜか左遷されてきた。


 優秀すぎて周囲と対立するスーパーハッカー――ということもないが、そこそこ優秀で小器用な男で、今も公式の情報も非公式の情報も上手いこと精査して、光二たちのできそうな仕事を見つけてくる。


「大将、あの県の状況だと、救助が入るのが遅れる可能性がありますぜ」


「うーん、あそこって知事と市長の仲悪いもんな――行くか。待機中の奴らにも動員の連絡をしておいてくれ」


「分かりました。先に重機班で、後から給水車で構いませんね?」


「ああ。先に土砂崩れの方だな」


 本郷の確認に頷く。


 創作物にはよく、『性格に難があるが、能力はピカイチのハグレ者たちを集めたチーム』というものがある。でも、光二が抱えているのはそんな大層な代物ではない。自衛隊内の体のいいゴミ箱――ただ扱いのめんどくさい奴の左遷先になっていた。中には優秀な人間も平凡な人間も無能な人間もいたが、光二はそれと知りつつ、特に来る者拒まず、去る者を追わずの精神で受け入れていたら――いつの間にか数が増えた。今はギリギリ三桁には届いてないが、いずれ到達するのも時間の問題と思われる。


 とにかく、増えすぎて、ただの護衛と言い張るにはあまりにも頭数が多すぎるので、適当に仕事を作らなきゃということで、首相直属の視察チームなる者を立ち上げた。


 アメリカとかだと、ハリケーン直後に現場入りする大統領とかはお馴染みである。でも、日本だと状況が落ち着いてからでないと行かないことが多かったので、ちょうどいい『やってます感』アピールに、臨機応変に現場に行けるチームがあったらいいということになったのだ。


 しかし、視察するだけだと、『総理が見栄を張るために出張ってかえって現場を混乱させた』とかイチャモンをつけてくる奴らがいたので、『じゃあ現場を助けりゃいいんだろ?』ということで、自衛隊お得意の災害救助機能も備えることにした。


 とはいえ、光二のところに送られてくる人材はランダムのため、元々はその手の技術を持った人間は少なかったのだ。だが、それぞれが適正に合わせて勝手に重機の免許を取ったり、料理の勉強をしたり、看護技術を学びに行ったりとスキルアップを図った結果、どうにか小規模な災害救助隊として成り立つようになった。


 そもそもこれらの仕事も、別に光二が指示して作らせたわけでもなく、部下側から献策してきたのを、そのまま丸呑みしただけだ。


 光二のしたことといえば、精々、免許の取得費用を補助したり、研修先を斡旋したりした程度のことである。


(なんだかんだで真面目だな。日本人は)


 どこか他人事のように思う。


 そもそも、護衛に必要な人員は限られているから、そうなると光二の下にいる大半の自衛官たちは手持無沙汰になる。「楽でいいじゃん」と光二は思うが、どうやら、普通の人間にとって、仕事もないのに毎日出勤する軍内ニート状態というのは、それはそれで辛いことらしい。


「ちょいちょい! 救援に行くのはいいっすけど、飯はどうすんすか!」


「鍋二郎を許可しよう。何店舗かに連絡して分けて作ってもらって、寸胴にぶちこんどけ。食いながら現場に向かう」


「やった!」


「ただし、ニンニクは禁止な。車内が臭くなるから」


「えー! ニンニクなしの二郎とか何が美味いんっすか! イチゴのないショートケーキっすか?」


「二郎のイチゴは完食後の水だろ?」


 光二はそう答えて目を閉じた。


 固めのシートで仮眠をとるくらい、光二にはなんともないことだった。


 なぜなら、光二はかつて十年間も、それよりもひどい環境で野宿を繰り返していたのだから。


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