25話 異星人とへんじょの鏡

 島の港に、見知らぬ人たちが紛れて降り立つには、注意が必要だった。ある者は隣の港から海上タクシーで上陸した。ある者はスーツ姿の研究者の一行に紛れて上陸した。それぞれが工夫を凝らしてやって来る。


 海上タクシーと言えば聞こえはいいが、要は漁船、渡し船だ。一艘幾らで搭乗人数割になる。地元の者は声を掛けて出来るだけ多くの人を集めて乗り合いになる。


 福江の空港に飛田組の若い衆が交代で案内に立っている。挙動不審の人を見つけると、それとなく声をかけて、海上タクシーに案内する。


「だけど、皆老人に扮してるよね、結構若者もいるのに老人ばかりの島だと思ってるんじゃない」

ライラがゆずから受け取った書類に目を通している。

「僻地の離島のイメージだよ。全員老人で紛れるなんて、二万人も不自然極まりないね」

ゆずはライラから渡された書類をきんときに渡す。きんときが治五郎さんに送信している。


「ところが、意外にバレないそうだ。平和ボケの日本では、地球の危機だと感じてる人が少な過ぎる。自分の身に災害が起こっても、自然の脅威だと信じて疑わない。毎日これだけ地震がおこり、台風で船が転覆し、電波障害がたびたび起こっているのに」


「国家単位で隠しちゃうからね、しかも五島列島の島は隠れキリシタンの歴史があるからね。島の人は隠し事に気がついても、素知らぬ体だよ」

「騒がないってこと?」

「知っていても言わないし、聞かれたらめちゃくちゃな返事をするんだ」

「ならきっとすでに分かっているけど、素知らぬ顔でやり過ごすつもりだね」

「いまでもそんなことあり得ないわ、善良そうな人ばかりじゃない」

「長年命がけで信仰を守って来たんだ。実はね、島の人、自分の家さえなにを信仰しているのかわからない。神棚の裏にマリア様が飾ってあったりね、マリア様に柏手を打つのはこの島くらいじゃない」


「ボルクの鏡は、ボルクの推理通りだった。上陸した人たちの中に地質学者もいるよね」

「もちろん、地下の太陽シティには研究設備が整っているし、無料で暮らせる」

「へんじょの鏡ができれば、シリウスが紛れ込む危険は減るね」


「しかし、恐ろしく手間がかかる作業だ。ボルク他に方法は?」

「カストルは文句ばかりだ。だったら、古文書の解読やってよ。新たに出てきたヒエログラフがまだ手付かずなんだ。ヒエラテックもある。画像だけどね」

カストルの前に各地から集めたヒエログリフの画像が渡された。


「太陽シティの入植が増えたら、その作業は専門家に引継ぐし、へんじょの鏡を磨くのも、得意な人が現れるよ」

「ボルク、これは北海道の洞窟の壁画だって、なんだって日本にこんなものがあるんだ?」

どう見ても、異国の鳥や魚のレリーフだ。縄文文化以前?

「超古代文明は、互いに繋がってたってことだよ。エンジンもないのに空を飛び、海を渡り巨石を動かしていた。現代より進んでいたんだ。それどころか、宇宙も我々より近い距離にあった。シリウスたちのチカラを借りていたんだろうけど、後にシリウスを指導していたのが、法隆寺だ。その頃には世界の超古代文明は壊滅していた」


「ヒジュ、今わかった気がする。えーと、超古代文明は滅びたけど、日本では続いていた。巨石文明は海底でしか見つけられていないけど、確かに存在した。シリウスたちは人間に教えを求めた?」

「仏教は精神世界を教えている。経典を読み解けば宇宙の真理がわかるんだ」

「ボルク、やっぱり君はすごい、だんだん見えて来た」


「超古代文明って、とてつもないわね。今だって乗り物がなければ海も空も越えられないのに」

「だからって次元上昇して、勝手に幽体ばかりの星になるなんて、気持ち悪すぎるよ」

リンダとゆずがボソボソ話し合う。


「だけど、幽体だったら、人口増加だって、食糧問題だって解決できるでしょ、何か問題あるの?」

「ミーシャ、君には分からないよ、不老不死の君が宇宙空間にひとり取り残される気持ちが想像できるかい?」

「ヒジュ、一緒に育ったあなたに言われたくないわ」

「ミーシャ、君には孤独は分からないよ。考えないんだろ。ガイヤだってそれぞれ違う」

「ミーシャは明るいもんね、影がない。リンダは大人になって、少し他人の立場が分かるようになった。ぼくはガイヤの中には入れないから、孤独感は付き纏う。それぞれ違うさ、それも個性だよね」

そらまめが助け舟を出した。


 ライラは聞いていて、心臓が張り裂けそうだった。ヒジュの口から孤独と言う言葉が発せられたときに、果てしない孤独を感じた。感受性が育って来ている証拠だ。


 ガイヤは感受性が欠落しているらしいけど、経験するうちには育つものだ。


 ライラはかつての地球の姿を想像していた。電話も無線もない、自然から生まれた力を最大限に引き出していたのに違いない。


二階、三階建ての家にはバルコニーがあった。窓から見える景色は、彼方まで広がる森や山、真っ青な空と海、作物が実る畑が街を囲み、人々は路上で雑談したり、日差しを浴びて寝転がる。


 空には飛行する伝令の姿が行き交う。街には市場が並び、どこか遠くから持ち寄られた異国の織物や陶器が並ぶ。


 いつの時代も都会に憧れ、人々が集まる。肌の色も着ている衣服も違う者たちが、身振り手振りで会話する。


 すべてが妄想ではなく、モヘンジョダロやメソポタミア、インカ帝国の遺跡が物語る。そこには確かに人々が生き生きと生活していた。


 異星人がある日突然空から舞い降りて、さまざまなな新しい技術を吹き込み、生活を向上させた。本当に地球人の暴走を止めようとしたのか。


 各地で火山が噴火し、地震や津波で一夜にして破壊される都市。生き延びたのは、都市文明の恩恵にあずかれなかった者たち。


 ところが、遥かに離れたかの地では、異星人を向え入れ、精神論を叩き込み、自分達の仲間として、取り込んでしまった。


 かの国は異星人の力を借りて成長しつつ、やがては切り離して、自分たちの世界を築いてゆく。

文明の継承は、ゆっくりと受け継がれ、あるべき姿で発展を遂げた。


「ライラ、文字がない時代だと言うけど、日本は神の文化なんだ、ヒエログリフを石に刻んだのは、遥異国からもたらされたけど、この国では樹皮や、紙を使っていたから、記録が少ない」


「そうなると、古史古伝を信じるしかないよね」

「ボルクはそれに気づくのが、誰よりも早かったんだね、すごいよ」

「古史古伝は方々で極秘文書として大事に保管されていた。30種以上見つかってるよ。公表してる。地球の文明は破壊されては駄目なんだ」

ガイヤたちはまた新たに結束を確認した。




「ボルク、小さいけど、これすごくきれいだ」

ボルクが磨き上げた鏡は、直径五㎝の小さいレンズになった。

「これから組み上げるからね。ほら、皆んなが磨いた分もあるから、五枚できた、午後には仕上がるから試してみようよ」

「なあ、ボルク、これは武器なのか? 」

「幽体にとっては、強力な武器になるはずなんだ。神殿に行って試してみようよ」


「明日には地下に埋められちゃうんだから、神殿から外の景色を楽しんでおこうよ」

「せっかく地上に出たのに、またドームの中なんだね。僕たちはずっとこんな生活だけど、地上で暮らしていた人たちは耐えられるんだろうか?」


「人は強い生き物だよ、火星に暮らせるなんて、考えて移住するんだから、地底だろうが、海底だろうが順応するんだ」

「リゲル、あたしやミーシャでも耐えられるもん。ヒジュの方が問題じゃない?」

「僕? 多分問題ないと思うよ」

「ヒジュ、考えたんだけど、あたしたち地上で監視係をしない? 治五郎さんから言われたんだ。ガイヤのカップルを喜んでいる。早く子供の顔が見たいんだって」

「ライラ、ヒジュが真っ赤になったよ、おまえ、なんだってそんなにストレートに話すんだ?」

「そうだった、ガイヤだから感受性が鈍いんだ。ヒジュ、一緒に暮らしてくれるよね」


「と言うことだから、僕とライラは地上で監視するよ。緊急事には電柱シティに戻る。いいかな」

カストルは少し考え混んでいる。

「反対する理由もないし、二人で生活してみるのもいいね、テストだ、失敗もあるさ、気楽にやってみよう。午後には治五郎さんの神殿に集合だ」

 解散と言われたところで、牧草地に出るくらいしかすることもない。ミーシャとチップス、リンダは日光浴を始めた。


ボルクとそらまめ、きんとき、ゆずは、ヘンジョの鏡の組み立てに取り掛かっている。

ライラはヒジュと荷物を整理している。


カストルとリゲルは軽トラックで港に新しい住人の出迎えに出かけた。

「カストルって頼りになるよね。自動車の免許も、船舶も航空機の免許も持ってるんだね」

「ばかね、そんな暇なんかなかったでしょ、偽造よ」

「リンダあれ、政府から全員分届いたんだよ。火星を出るとき補償金もらっただろ、身分を証明するものや、地球のパスポート、さまざまな免許類は一人ずつアタッシュケースに入っているよ、まだ見てないのか」

「あたしも知らない」

「まったく女子たちは遊ぶことばかりだ」

そらまめがため息をついた。

「それなら誰か説明してよ、火星からアルファケンタウリに向かうガイヤのために、地球の証明書が用意されたわけ? おかしいでしょ」

「君たちは本当にガイヤなのか? 火星でも運転免許は地球の免許証だし、その都度僕たちは勉強して試験にパスしてる、忘れたの?」

「ああ、そうだった、みんな完璧だったから、忘れてただけよ。ならあたしたちも、小型飛行機で見物に行こうよ」

「リンダ、飛行機まだ買ってないんじゃない?」


「明日から地下に潜るのに、今頃わかるなんて」

「失敗したわね」

「まったく」

 女子三人組の愚痴に、ボルクは必死で笑いを堪えていた。

「どうも大人しくしてると思ったよ、牧草地で昼寝だもんね」

「彼女たちが知っていたら島中で騒ぎを起こしていただろね」


   へんじょの鏡はレンズのサイズが小さくて、小型のペンライトにしか見えなかった。

「と、思うでしょ。そらまめが増幅装置を作ってくれたんだ。だけど危険だから、小さい方でテストをしたい」

「ドームの天井を開いて、日光を入れるんだね」

ライラが言うと、すぐにヒジュがドームを開くスイッチを操作した。

「ボルク、直接空に向けるなよ」


ボルクは手すりにへんじょの鏡を立てかけて、目を当てた。

「凄いよ、これは鉱物自体の構造が電子望遠鏡のようだ。古代にこんな物を持っていたら、まさしく神の道具だ」


それぞれが交代で覗いたあとで、そらまめが使い方の説明をしている。

「ライラ予想通りだね、幽体が電柱シティにもかなり入り込んでいる。今ひとまわり見渡しだけど、三体も確認できた」

「牧草地にもいるね」


「これで焦点をこの中心に絞って、光を当てれば、幽体は分解する」

「初めて反撃された時、シリウスたちは驚いただろうね」

「そうだ、草原に、いきなり光線銃を持った女神が現れたんだ」


「女神なの?」

「アマテラスだよ、卑弥呼はアマテラスが転生した姿なんだ、この国は古代から女王が統治していた」

「アマテラスは精神世界に生きてたのか? 古代人は、女性の方が体が丈夫だったようだ、病原菌に対する抵抗力も、女性の方が優れている。今も変わらないけどね。温度の適応力も女性の方が強いし、今だからそれほど差は感じないけど、古代社会は圧倒的に女性が優位だったんだ」


「へんじょの鏡を幽体に向けて、直接光を取り込めば、鏡は複雑な屈折を繰り返して、十六方向に放たれる。その光は矢となり、幽体にぶつかると、幽体は鏡に映し出され、分解してしまう」

「ボルク、よくわからないけど、成功したんだね」

「まさか核を使ったあとにできる溶けた硝子が材料だったなんて、ボルクが発見したんだ」

「発見したのは超古代の人だよ、そらまめの開発した増幅装置で、百個分の力が得られる」

「だけど、危険な武器なんだ。高度文明を破壊するほどの力を得られる。きっと、もっと研究すれば、核よりも恐ろしい武器になるかも知れない」


 この片手で持てるオモチャが核兵器よりも恐ろしい武器になるなんて、絶対に外部に漏らしちゃいけない。


「外部ってなんなの」

突然リンダが素っ頓狂な声を上げた。

「リンダ、みんなごめんよ、心で話してみたんだ。聞こえたようだね」

「ボルク、凄いわ、テレパシーが使えるってわけ?」

「ヒジュも使える、もう少し訓練すれば、チャクラが開くんだ」

「ボルク、ヒジュ、まったく君たちは素晴らしいよ」


「ガイヤは集中力が強いんだ。普通の人類の集中力を遥かに凌駕していることが分かっている」

「僕らの研究データだね」

「人間からしたら、ガイヤは化け物かも知れないな」

「だからシリウスたちには知られちゃいけないんだ。シリウスたちから見れば、かなり危険な新人類だからね」



 ガイヤが生まれたこと自体が、大地からの強いメッセージだ。ライラは神経を集中して皆んなにメッセージを跳ばしてみた。誰も反応しない。

「ボルク、チャクラは訓練で開くの?」

「いいや、誰でも出来るわけじゃない、ガイヤは素質があるんだ。少しの訓練でできるよ」


ガイヤよ善良であれ。ライラは強く願った。

 

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