第19話 火星脱出

 ガイヤたちは徒歩で神殿に向かった。緊急ブザーが再び朝の電柱シティーに響いた。

『電柱シティーに残る者は外部スーツを着用せよ、他のドームに移住希望者は統括センターに集合』

「こんな放送で理解できるのか?」

 ヒジュが電柱に取り付けられた旧式のラッパ型のスピーカーを仰ぎ見た。


「電柱シティーの住人ならわかるよ。他のドームとはまったく違う。普段は指示なんてないから、一大事だって伝わるんだ」

 ボルクは電柱シティーが気に入っている。

「他のドームは?」

 ライラがヒジュと並んで歩いている。珍しくリンダは一歩下がって、チップスとミーシャに挟まれて賑やかに話しながら、お尻を振って歩いている。

「雌鳥みたい」

「こら、ボルク、女性を敵に回すんじゃない」

 カストルがボルクを抱き上げた。

「街には警官がうようよいる。犯罪が横行してるし、常に監視されてる気がするんだ」


 ヒジュもはじめから電柱シティーに来ていたら、性格も明るくなれたかも知れない。ライラはリンダとヒジュでは性格がまったく合わないと感じていた。そうならなくてよかった。


 統括センターの前には市民が並んでいる。ドーム移転をする人たちだ。一割くらい脱出するようだ。

神殿の様子が変わっていた。


「神殿の下がコックピットになっている。そこから白木の階段が伸びて、神殿につながっているんだ。


 治五郎さんの宇宙飛行士姿を見るのはずいぶん久しぶりだ、普段は法被姿の若い衆も宇宙服を着ている。整列した姿には、緊張感が漂っている。


「やあガイヤ、突然だが、まもなく出発するぞ、宇宙服に着替えておいで」

「まもなくだって?」

「チャンスなんだ。千載一遇だって艦長がスピーチしたところだ」

 飛田組のナンバースリーと己紹介した男の胸には、加賀美と名前が刺繍されている。


 ガイヤたちもそれぞれ用意された宇宙服に着替えた。

『電柱シティーの市民は自宅待機、密着ベルトを締めて用意せよ。この艦の艦長は山内治五郎だ』


 電柱シティーがすべて宇宙船だ。

『移動住人の脱出完了、電柱シティーの諸君、我々は火星を脱出する。緊急事態じゃ』

ドームの明かりが暗くなった。全体を何かに覆われてゆくのが、窓から見えている。 


「ガイヤたちも圧着ベルトを付けて、出発まで待機だ。モニターのスイッチは右手のコントローラを操作して」

『ドームはオリハルコンのシートで保護されている。火星離脱には二十分を要する。合図があるまでは着席じゃ』


「オリハルコンだって?」

ライラが素っ頓狂な声を上げた。

「火星のレアメタルだよ、オリハルコンは通称だ、学術名じゃ分からないだろ」

加賀美が解説する。

「通称だって? 安易過ぎるよ、市民を馬鹿にしてる」

ボルクが不快な声で言った。


「私も着席するよ、そこの席にいるから、質問には答える」

 圧着ベルトは全身型で、エアーシューターに使われているものと同じらしい。これだけでGを制御している。

「加賀美さん緊急過ぎやしないか?」

「ライラ、地球が隕石群に突入するんだ。その隙に地球に着陸する」

「まさに千載一遇だ。昨日の緊急放送だね」

「後から説明がある。二十分したらベルトは解除されるはずだ」

 こうなってしまったら今更どうにもならない。電柱シティーと運命を共にする。


 秒読みは死までのカウントダウンだ。ガイヤたちはそれぞれリラックスしている。感性が鈍いのは、こんな時には便利なものだ。ボルクはモニターのスイッチを入れた。電柱シティーを横から映した映像に切り替わった。ライラも慌ててモニターを付けた。電柱シティーの地下から二本のアームが伸びて、街ごとアームの上を移動している。火力ではないのか? 噴射ガスが辺りの砂を巻き上げる、ほんの少しの揺れを感じた。アームが外れて、巨大なドームが被膜に覆われて、ラグビーボールのように吐き出された。やはり巨大なエアーシューターみたいだ。重量をきつく感じた。一瞬息が詰まるのではないかと身構えたが、ほんの1分ほどで楽になった。


 火星の重量圏を抜けたのだ。火星を周回してルートを探っているのだと思った。そらまめは硬く目を閉じている。ゆずが首を動かして、ライラと目があった。楽しそうで何よりだ。


 火星は初期には二百七十日もかかり、たどり着いたが、今では六十日、高速船では四十日の距離だ。電柱シティーは旧式だから、多分六十日が正解だろう。ガイヤたちは宇宙船と言う閉鎖空間に抵抗はない。この時間は地球人にとってはかなり苦痛を強いられる。


『ガイヤたち、圧着が解除されたら、街に降りて電柱シティーを点検してくれ』

 艦長からの指令だ。まもなく、身体が解放された。火星を離れた実感はない。一切が正常に保たれている。


「とりあえず宇宙服は着用したまま、外に出よう」

カストルがガイヤに呼びかけた。そらまめだけが、顔色が青ざめている。

「やっぱりガイヤは特別だよ」

そらまめはゆずに支えられて、立ち上がった。


   道路を左に曲がると牧草地の入り口だ。

「当たり前だけど何も変わらないね」

「見回りは全員で行かなくてもいいよ、俺たちで行ってくる」

 リンダとカストルが自転車で見て回ると別れた。


 治五郎さんから渡された街の地図に、被害状況を書き込むことになっている。

「4時間くらいあれば、隅々まで回れるよ」


「毎日見回りに出るなら、作業は交代でやろうよ、今日は二人に任せるね」

ライラが、二人乗り自転車で飛田組エリアに向かう姿を見送った。

 

 リンダとカストルの荷物をゆずとそらまめが受け取り、牧草地の道を曲がった。

「見てよ、動物たちが怯えてる」

羊も牛も鶏も、それぞれの小屋で体を寄せあっている。ボルクとミーシャがログハウスに走った。きんときとチップスが牧草地の看板を真っ直ぐに整えた。

「衝撃や振動なんて、あまり感じなかったけど、動物たちはしばらく落ち着かないね」


 ヒジュが冷たい手を繋いできた

 ふーん、ヒジュってなかなか積極的なんだ。ライラはその手を握った。

「なんだか、楽しい気分だ」ビジュが囁いた。

「シリウスの見張りからも解放されたしね」

ライラはなんでもない振りをした。


 ログハウスの中も棚から落ちた物で足の踏み場もなかった。みんなで、落ちた物を元の位置に戻した。


 モニターのスイッチを入れると、すぐに治五郎さんの航行ルートが示された。

「小隕石群が地球の引力に引っ張られて、地球に衝突するんだ。そのどさくさに紛れて地球に侵入する。地球の軌道に入ったら、タイミングよく着陸を試みる。しばしの平穏な暮らしだね」

 

 とりあえずは、元の暮らしに戻れるだろう。ライラは治五郎さんに了解の信号を送った。


「ライラ、宇宙服も脱いでもいいのかしら?」

「ミーシャ、ストレスにはなるけど、着ていたほうがいいよ。シールドの安全性も確認されてないし、牧草地と動物たちが落ち着いたら私服に着替えよう」


「動物たちを放牧してきたよ。ミルクもいつも通り搾乳できたし、多分問題なかった」

「火星人も地球人も驚いただろうね」

「治五郎さんがうまくやってくれるさ」

 ゆずの体調も戻っていた。


「ところで、火星に独自の鉱物はないってされてたけど、オリハルコンを使っていたね」

「オリハルコンって名前を地球のゲーム世界から引っ張り出しただけだ。火星の鉱物はすでに三十種類が発見されているらしい地球の分類には当たらない。政府と学会にはその都度報告しているけど、火星のデータには入っていない」

「ヒジュそれはどうしてなの?」

「戦争を起こさないためだ。まだ火星の土地の扱いも、ましてや、住人の補償もそれぞれの国の主張が違ってしまった」

「ふーん、それで火星からは見合うほどの資源も採れないし、開発が頓挫したんだね」

「でもさ、住人を見捨てる相談をしてるだなんて、信じられないよ」

「時の権力者はいつだってそうなのさ」


「そうだよボルク。地球に地下都市を作り、地球人にも異星人にも邪魔されない都市と文明を作るんだ」

「まあ過去に出来たんだから、今回も乗り切れるよ」

「まさか、ポールシフトがすでに始まっていたなんて、少なくても一般市民は知らないし、朝起きたら幽体になっていたらぞっとするね」

 ヒジュが言うのだから、そうなんだろ。高次元生命体は、凍れる塊だとヒジュが言った。


「地球人が次元上昇を願うのは、一種の洗脳ね。文明を継続発展する方がいい」

 ライラが珍しく、険しい顔をした。


 ガイヤたちは、自分達が大地ではないところから発生したことに、怒りすら感じるようになっていた。

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