第15話 幽体のビジュ

 電柱シティの夕暮れは美しい。何本もの電柱の黒い影が、夕日に染まる赤い道路に秘密めいた暗がりを作る。すべてが投影された風景で、ドームの空に本物はない。だけど、牧草地の草を喰む動物は、映像なんかじゃない。のどかな夕暮れ時だ。


「明日からまたガイヤはバラバラだね」

「ボルクにはカストルがついてるし、地下都市に行くヒジュにはリゲルとリンダが一緒だよ。チップス、ミーシャがログハウスに居てくれる」

「なんだか、毎日忙しいね」

「シリウスや飛田組より先に地球の火山爆発の理由を知りたいんだ。ガイヤの能力も知りたい。自分たちが知らないなんて、使い道がないよ」


 ライラとボルクはログハウスから出て、飛田組の神殿を下から見ている。

「ライラ、あの神殿には何か意味があるよ。治五郎さんが、必要ないものを作る訳がないんだ」

「ボルク帰ろう、気がすんだだろ、カストルが心配するよ」

「ライラ、いよいよ明日から潜入捜査だ、きっとすごい情報をつかんで来るね」


 ボルクはやっと落ち着いた様子を見せた。シリウスのデータや、古代日本のデータはボルクを疲れさせてしまった。ライラは散歩に出て安心した。ボルクにはまだ容量がたくさん残っているようだ。


小さな体の何十倍もの体積の書物が搭載されている。目には見えないけど、さぞかし重くて息苦しいだろう。ボルクって、偉大な人物だよね。ライラは跪きたい気分だった。


 ログハウスハウスの朝がまるで戦場みたいに慌ただしくなった。カストルとボルク、そらまめときんときは飛田組にアルバイトを申し出て、治五郎さんを喜ばせた。カストルはボルクを自転車に乗せて出発だ。そらまめたち三人組も自転車で後に続く。


 一方外部作業用のスーツに身を固めたヒジュとリゲル、リンダは非常ハッチから外に出て行った。徒歩で地下都市に向かう。


「ジャムはいい奴なんだ。一緒に仕事をしたいと言えば大丈夫さ」

みんなはヒジュに同意した。でも心配なんだ、ヒジュは何回も「行ってきます」と繰り返していた。リゲルに手を引っ張られて、やっと地下ドームに向かった。


 ボルクとカストルの仕事はミーシャとチップス、がうまくやってくれる。

ライラがガイヤの作戦本部長に任命された。


 ミーシャとチップスはまだ電柱シティのシステムに慣れていなくて、ライラはひっきりなしに呼ばれている。ゆずが直前になって、残ってくれたのでなんとかこなしている。


「ライラ、誰も戻って来ないところを見ると、うまく潜入できたみたいね」

 チップスが牧草地から戻って来た。

「ほんとだ、もうランチの時間だね。ハンバーガーでも温めるわ、パテはボルクの手作りなんだ。たくさん作って冷凍してあるの」

「ミーシャ、ランチの時間だよ」

 ライラが叫ぶとミーシャが羊を連れて窓の下に立った。

「この子、小屋に入りたいみたいなの。少し元気がないから休ませて来るね」

 飛び切りに明るい声はミーシャの個性だ。ガイヤたちはどちらかと言うと大人しい。ミーシャ、チップス、リンダがいれば花が咲いたように明るくなる。

「そう言えば、男性陣がみんな出かけたのね」

「リンダは地下都市だよ」

リンダがいれば会話には問題ない。ヒジュとリゲルでは、会話なんてほとんどしないで終わりそうだ。


「昨日ヒジュって半透明になりかけたよね」

焼きたてのハンバーガーにかぶりつきながら、ミーシャがモニターのスイッチを入れた。

「地球のニュースか?」

「そう言えば、海底火山が爆発したニュースがあったよね」

「同じ火山帯で連鎖するのは不思議じゃないよ」


 二つの海底火山の爆発は、噴煙を成層圏まで昇らせている。

「過去に火山の噴火が文明終焉の引き金になったことがあるんだ。ボルクのデータにある。火山の爆発が寒冷現象になり、農作物が育たない。海面上昇で津波が発生したり、次々に火山活動が活発化する危険もある」

 パンを食べることも忘れて、ライラはモニターに釘付けになった。


「自然の脅威は避けられないもんね」

「チップス、これが異星人たちの計画のうちなら、地球滅亡計画が始まったと思わないか?」

「ライラ、ハンバーガーが冷めちゃうわ。火星じゃないのよ、地球で起こっているんだから」

「あのね、ポールシフトってボルクのデータにあるんだけど、明日起こっても不思議じゃないの」

「だったら、私たちは宇宙に避難すればいいじゃない」

ミーシャがさらりと言ってのけた。


 私たちの欠点は、感情の欠落。


 リンダが「ハアーイ」と笑いながらログハウスに帰って来た。リゲルの顔が引き攣っている理由は、すぐに見てとれた。ビジュを肩で支えているのだ。


ミーシャもチップスも言葉を失い突っ立っている。

「ライラ、ヒジュが半透明になっちゃったのよ、でもね、六時間で戻るらしいの、シリウスの訓練に参加して二時間位、ランチの時には薄くなっていたのよ」

「なら、もう少しで元に戻るね。今五時だから、六時間が経過してるね」

「ヒジュ、大丈夫? 私のこと分かる?」

「問題ないよ、チップス、気は確かなんだ」

リゲルがヒジュをソファーに座らせた。


リゲルの説明によると、シリウスたちと、広間で座禅を組んだ、アセンションのプログラムに添った訓練で、精神統一をしている最中にヒジュの体が半透明になってしまったらしい。すぐに、ジャムが気がついて、ヒジュには訓練は必要ないってことになった。つまりヒジュはすでに幽体に変われるジャムと変わらない、慣れると自分で実態と幽体を切り替えられるらしい。


「じゃあ、ヒジュはシリウス系なのかと聞いたんだけど、シリウス系とは言えないらしいの、遺伝子のどこかにシリウスの血が流れているらしいんだって、ヒジュは研究材料になりたくないって言って、隙を見て脱出したって訳よ」


「それなら、追っ手が来るんじゃない?」

ライラはすぐに治五郎さんを呼び出して早口で事情を説明した。治五郎さんは少し説明しただけで、状況を把握して、電柱シティーのドームにバリアが張られた。


「どうじゃ、ガイアよ、シリウスにも反応するぞ。火星にいる異星人にはすべて反応して警報ブザーが鳴る。なかなかいいテストになる。それに、ボルク一人でもヒジュくらい守れるぞ。ボルクとカストルもそろそろそっちに到着する頃だ」


話しているうちにカストルたちも帰って来た。

チップスが早口でざっと今の状況を説明した。 

カストルは『了解』と言うのが精一杯だ。ボルクは両手で耳を塞いだ。


「ヒジュって発光体なのね、青白いラメのキラキラ膜がかかってとても神秘的だわ。いかにも高等生物って感じ」

リンダが頬杖をついてヒジュを観察している。

「リンダ、やめてくれよ。これかなり体力を消耗する。完全な幽体だったらいいらしいけど、ジャムや俺のような両性類だとくたびれる」

「両性類って? 」

「つまり、うーん、完全な幽体じゃないから、俺には生殖機能があるんだ。シリウス系では幽体の者は増殖できない」


「ガイヤにとってはありがたいよね。僕らも子孫を残さないと、絶滅危惧種だもんね、カストル」

ボルクがヘラヘラ笑い、カストルに小突かれた。

「ボルクはまだガキだから、こんな話にはめちゃ反応がいいなあ」


「そうだ、飛田組だけど、古文書の解読をボルクに手伝わせている。火星となんの関係があるんだか」

「カストル、それは飛田組だけじゃなく、ボルクにも価値がある仕事だよね」

 ライラが助け舟を出した。

「うん、治五郎さんがわざわざ電柱シティーの神殿に暮らすのには訳がある。まだ分からないけどね」

「みんな、のんびりしていられなくなりそうだ。シリウス系の者から目を離さないで、地球に介入しているかも知れない。ボルク、カストルは古文書から気になることがらを調べて欲しい。なにかヒントがあるかも知れないから」


「宇宙との関わりとか、超古代文明に異星人が関わっていたとかだね」

「さあさあ、反省会はおしまい。今日はパエリアを炊いたわよ、ほら暖炉の薪で」

「オーブンじゃないんだ! おこげがある。僕は大好物だ」

きんときがさっそく皿に取り分けた。


「エビやイカ、キノコ? どうしたんだい?」

「冷凍の支給品に決まっているわ。人数が増えたので、少しずつならたくさんの種類が手に入るの」

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