第12話 母の怒り

 先生は時間通りに教室にやってきて、自習を告げた。イジメっ子たちは、まだ教室に帰ってきていない。

 だが先生は、出欠を取ることさえ忘れていたらしく、不在に気づかないまま教室を出て行ってしまった。


 クラスメイトたちの視線が煩わしくなり、僕もスマホをポケットに入れて教室を出る。


『ばあさん、一応報告なんだけど、さっき身体が勝手に動いて、あのイジメっ子たちをビンタしちゃったんだ。意味わからなかったんだけど、何でだと思う?』


 誰もいない階段を降りながら、送信ボタンを押す。すでにどうしたら良いかわからないが、これ以上の状況の悪化は防ぎたい。相談できるとしたら、僕にはばあさんしかいない。


「因」


 呪詛だらけの学校は視界が悪いので、引き寄せて視界を確保する。


「一閃」


 集めた呪詛を、一気に祓う。とても効率的だが、よく見ると壁は生前の記憶より黒ずんでいて、呪詛が染みついているように見える。もっと根本的に洗浄する必要があるかもしれない。


「キシャアアアア」


 モヤの中に潜んでいた悪霊が逃げ出すが、術で絡め取って斬る。何にも取り憑いていない日中の悪霊は、びっくりするぐらい弱い。


『何か呼びかけられたかい?』

『ごめんなさい、ぐらいかな。あとはこれ以上は無理って消えたよ』

『そいつは正気を保ってそうだね。なら、あんた以外の守護霊が憑いてるか、もしくは』


 返信が途切れ、しばらく待っても続きは来ない。手持ち無沙汰になって、とりあえず噂の中心になっている職員室に向かう。


「触るな! 菌がうつる」

「気持ち悪。生きてる価値あんの?」

「お前、生命力強いから、今からあだ名はゴキ〇〇な」


 聞き覚えのある音声が、職員室から漏れてくる。生前僕の使っていたスマホは、体育倉庫に閉じ込められる前にイジメっ子に奪われた。なくなっていたら騒ぎになっているだろうから、親の元へ戻ってると予想したけど、どうやらドンピシャだったらしい。


 これはそのスマホに残された、イジメの録音だ。僕にとってはもう聞き慣れた罵詈雑言で、おそらく僕が生きていたら悪ふざけの証拠で終わるものだろう。


「お前、先生に抱きつく約束だったろ。やらなかったから反省室行きな」


 編集したのか、次々と音声は流れる。ごめん、母さん。録れたのはごく一部だったけど、これを聴くのは辛かったと思う。


 教員はシンと静まり返っている。母さんはハンカチで涙を拭いながらもノートパソコンからの音声を止めない。


 しばらく、地獄のような時間が流れた。そしてついに僕が最後に体育倉庫に呼び出された時の録音と、その証拠になるメッセージの履歴が先生に見せられる。かくれんぼではなく、イジメだった証拠になるかもしれない情報だ。


「それで、三門さん、このデータをどうするつもりですか?」


 全てが終わって、教頭先生が蒼い顔で立ち上がる。


「逆に聞きますが、先生方はこの事実を知って、どうされるおつもりですか?」


 母さんは意外にもハッキリと聞き返した。

 

「まずは、登場した児童たちに事情を聞きます。その上で、本当にイジメであったか、再度判断が必要になるでしょう。その上で、イジメであったなら、保護者に説明して彼らを諭す必要がーー」


 視界の中で呪詛が増えていく。


「先生のお立場なら、当然の答えですよね。では、一つ聞かせてください。うちの子は死にましたが、彼らは反省していましたか?」


 本当に残念なことに、答えはノーだ。先生たちもそれは知っているはず。


「彼らの家庭も、非常に難しい家庭なんです。きっと病んでいるのでしょう。更生する機会が必要だと思います」


 あの母さんが怒っている。静かに泣きながら、生前見たことのない怒気を全身から迸らせながら、怒っている。


「“も”、と仰いましたね」


 教頭先生は、しまったという顔で口をつぐんだ。


「確かにうちも先生方にとって難しい家庭ということになるかもしれませんが」


 カバンから、コピーされた手紙を取り出す。


「これは、体育倉庫の裏に落ちていた、太志の遺書です。同級生が拾って届けてくれました」


 母が出したのは、僕が事後に書いたものだ。でも、僕が書いたことには間違いがないので遺書で合っているだろう。


「この遺書によれば、太志はイジメられていた同級生の純也くんを救おうとして、イジメを受け始めたそうです」


 コピーが先生方に回し読みされている間、母さんは言葉を続ける。


「同じ難しい家庭なのに、この差は何なんでしょうね?」


「三門さん……」


 教頭が言葉を失う。


「太志は手紙の中で、純也くんを気にしていました。太志の死後、純也くんは無事でしょうか」


 きっと手紙は予言書のような内容に見えるだろう。事後に書いたので当たり前だが。


「それは……」


 答えられるはずもない。それが答えだった。

 手紙を読んだ、先生たちの反応は、涙ぐんだり憮然としたり、様々だ。


「わかりました。私が感じた通りなら、彼らは『因果応報』という言葉の意味を知らなければならないと思います」


 因果応報。生前、母さんによく聞かされた言葉だ。確かに結果には原因がある。

 僕の結果は不本意なものではあった。でも、もう一度やり直すチャンスがあったとしても、僕は同じ選択をするだろう。今度はもっと上手くやる。


「その子たちのためにも、やったことの報いは受けてもらいたいのです」


「太志くんを喪ったお気持ちはわかります。しかし、彼らにも未来があります。教育者として彼らを見捨てることは、我々にはできません。きちんと指導します。彼らにもチャンスをください」


 教頭は、声を絞り出した。僕としては、イジメが解決できるなら何でも良いのだが、母さんはどうなんだろうか?


「わかりました。あの子が証拠を集めつつも私に何も言わなかったのは、出来るだけ穏便に終わらせようとしていたからでしょう。あの子に免じて、少しだけ待ちます」


 話が終わったのか、母さんが荷物をまとめ始めたので、僕はソッとその場を離れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る