第7話 はじめての悪霊


 誹謗中傷、暴言、無視の強制、バレない程度の暴力。初日に把握できた純也くんへのイジメはそれぐらいだった。


 あの日体育倉庫を施錠した担任はそもそももう学校に来ておらず、クラスメイトも代わりの先生もイジメっ子たちを腫れ物のように扱って、誰も純也くんを助けない。


 後ろの席の子によると、この学校は前世の僕の恨みで呪われてるらしい。完全に濡れ衣で笑ってしまった。


「あれ?」


 放課後、ホームルームが終わると純也くんがフラリと立ち上がるのが見えた。長年訓練されたであろう気配を消した動き。多分、昔友達だった僕しか気づけなかっただろう。

 純也くんは荷物も持たず、顔面蒼白で歩いていく。目をこらすと、肩の上には黒い影。モヤとは違い、完全に人型になっている。


「ねぇ、帰りお菓子買いに行こうよ。奢るからさ」


 胸騒ぎがして、声をかけてきたイジメっ子を無視して後を追う。ここは最上階の4階なのに、純也くんは階段を上がっていく。


 ガチャ。ガチャガチャ。


 どうやら屋上に出ようとしたらしいが、途中で鍵の閉まった扉に阻まれてたらしい。


「純也くん?」


 僕には、純也くんが何をしようとしているか、予想できてしまった。思わず、声をかけてしまう。


「え?」


 振り返った純也くんの目は、光を失っていた。どこか虚ろで、でも顔はヘラヘラとした笑顔だ。


『キヒヒ』


 純也くんの肩の上の影が、おかしな笑い声をたてた。もしや、これが悪霊というやつだろうか。


「そこで何をしてるんですか?」


 僕は初対面の設定だったので、下の名前はおかしかったかもしれない。が、疑問に思われる前に質問を重ねる。純也くん相手ならごまかすのは簡単だろう。


「えっと、外の空気を吸いに?」


 嘘だ。普段、四階から上に行く子どもなんていない。外の空気を吸うなら、下に降りるか渡り廊下に出るはずだ。


「いつも鍵が閉まっているのに?」


 純也くんは名残惜しそうにもう一回ドアノブを捻る。が、扉が開くことはなかった。


「そうだっけ? じゃあ、あいつらから逃げるため?」


 どうして聞かれてる側が疑問形なのか。


「イジメっ子から逃げるなら、どうして荷物を持って来てないの?」


『キヒヒッ。トビラ。次の世界へのトビラ』


 純也くんの肩の上の影が、何かブツブツ言っている。そして、触手のように影をのばして鍵穴に触れる。それだけでガチャリと鍵が開く音がした。


「君、そんなに可愛いのに、まるで太志みたいだね。話し方がソックリだ」


 ぼんやりとした様子で、純也くんは再びドアノブを捻る。今度はドアがゆっくりと開き始めた。

 今、純也くんを外に出すのはまずい。そんな予感がした。


 純也くんを無理矢理突き飛ばし、扉を閉める。ついでに、黒い影の腕を片手で掴み、呪詛を祓う要領で、握り潰そうと力を籠める。


 バシッ


 固い感触とともに、手が影からはじかれた。呪詛とは抵抗が比較にならない。なるほど、これは悪霊で間違いないだろう。


「その太志くんっていうのは、純也くんにとってどんな人?」


 突き飛ばされても、反応に乏しい。心ここにあらずだ。だから、できるだけ優しく聞こえるように、声をかける。


「馬鹿な友達だったよ。僕の代わりにイジメられてさ。でもあいつ、自分のことを無視しろって僕に言ったんだ。本当は僕が死ぬはずだったのに。あいつ、一人で……」


 僕のことを聞いた時だけ反応があった。おそらく悪霊に取り憑かれているのだろうが、まだどうにかできる。少なくとも、文佳ちゃんのように食われてはいない。いや、よく知らないけど。


「で、あとを追うって?」


 ふつふつと怒りがわいてくる。僕はそんなことのために、イジメを肩代わりにしたんじゃない。手を全力で振ると、さっきは固い感触だった影が吹き飛ぶ。


「グア? グアアア! ジャマヲ、ジャマヲスルナァァァ!」


 影が吹き飛んだ瞬間、突然純也くんの様子がおかしくなった。僕の手から逃れた黒い人影の触手が、逃げるように純也くんの耳にするすると入っていく。ばあさんは僕みたいに正気を保っている霊は少ないと言っていたけど、なるほどこういうことか。


「うるせぇ! 純也に取り憑いてるんじゃねぇ! 死人はおとなしく死んどけっ!」


 僕は力一杯右手を握りこむ。悪霊を祓うためには、とりあえず思いっきり殴る、だっけか。


「オマエガ、オマエガイウナァッ!」


 荒ぶる悪霊は、耳から全部入り込んでしまった。純也くんは、人間離れした動きでトビラを開けようと掴みかかってくる。

 もしも文佳ちゃんに怪我をさせたら、ばあさんに怒られるだろう。一歩引いて、拳を引き、息を目一杯吸い込む。


「せんせ~~~~~っ!」


 叫びながら拳を振り抜く。拳は純也くんの頬をに直撃し、閃光を放った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る