45. 二度あることは三度……

 さて、どうするか。持ち物チェックを拒否するなら、取り得る選択肢は二つかな。


 一つは適当な言葉で煙に巻き、うやむやにする方法。とはいえ、言いくるめ技能なんて持ってない俺には望み薄だ。


 もう一つは直球勝負。つまり、やられる前にれ、だ。至極わかりやすい、俺向けの方法と言える。


 こちらは初心者、しかもろくな武器を持っていない。警察官のぺけ丸相手に立ち回るのは少々分が悪いのは承知の上。だけど、こちとらギャングになって成り上がろうと考えている身だ。素直にしょっ引かれるのはダサいよな。


 リリィと視線を合わせる。それだけで意図は伝わったらしい。彼女は体の前で拳を構えた。俺も無言でインベントリからフライパンを取り出す。


「……フライパン? いったい、何を――」


 武器らしからぬ見た目が有利に働き、ぺけ丸はまだ警戒していない。これ以上ないほどのチャンスだ。ヤツが戸惑ってる間に、距離を詰め、容赦なくフライパンで殴りかかる!


「っと、あぶなっ!」


 虚をついたはずの一撃は、すんでのところで躱された。ぺけ丸の顔に驚きはない。浮かぶのは好戦的な笑みだ。なかなか切り替えが早いな。


「いきなり武力行使とは、思い切りがいいね! よほど後ろめたいことがあるのかな?」

「いや、ちょっと素振りがしたくなっただけだ」

「フライパンで!?」

「まあまあ、なのです。ダーリンにはよくあることなのです」

「よくあるって……DV!?」


 おい、リリィ。変なフォローはやめろ。あらぬ誤解が生まれたじゃないか。


「違うからな!」

「ま、その辺りの事情は拘束してから聞かせて貰おうかな。いやぁ、面白くなってきたね。やっぱりこうじゃないと!」


 ぺけ丸が楽しげに笑う。流石は、GTBプレイヤーだな。ギャングに襲われて喜ぶなんて。


 まあ、そういうことなら遠慮はいらないな。唯一の武器を振りかぶる。コンパクトで隙のない一撃……のつもりが、またも避けられた。


「素早いな!」

「いやいや、君、初心者だよね!? 動きのキレが半端ないんだけど!?」

「リリィもいるです!」

「おっと! あ、リリィ君は普通だ」

「むぅ……」


 GTBのシステムに熟達しているのか、ぺけ丸は機敏に動く。リリィの追撃も軽く避けられてしまった。


「いやいや、二対一だと殴り合いは辛いね。というわけで、恨まないで欲しいな」


 そう言うヤツの手には拳銃。一瞬のうちにインベントリから取りだしたらしい。なかなかの早業だ。


「罪のない一般市民に対してなんて物を向けるんだ」

「いや、殴りかかってきた時点で罪はあるから」

「にしたって、大人げないだろ。こっちはフライパンだぞ?」

「残念。襲撃には発砲で対処するのがギャングタウンのルールなんだよね。つまり、これは正当な防衛行動ってことさ」


 無力アピールをしてみたが、ぺけ丸は拳銃を引っ込めるつもりはないようだ。まあ、あわよくばと思っただけで、こちらとしても予想通り。


 こうなれば覚悟を決めるしかない。無抵抗で投降するなんて性分じゃないからな。


「仕方がない。来いよ」


 勝ち筋は、ヤツの攻撃をやりすごしたあとにフライパンで頭部に痛打をお見舞いするってところか。問題となるのは銃弾への対処。この距離で外すとは考えにくいので、俺自身が防御なり回避なりをする必要がある。当然ながら、発射されたあとに動いても間に合わない。ヤツの動きを見極め、タイミングを予測しなければならないわけだ。


 些細な動きも見落とさないよう、ぺけ丸をじっと見据える。頼りになるのは己の反射神経と手にしたフライパンのみだ。


「もしかして、それで弾くつもりかな? GTBにはそんなシステムないよ」


 ぺけ丸が心底愉快だという風に笑う。残念ながらアシストによって銃弾を弾くとかいうシステムはないらしい。まあ、問題はない。別にそんなものに期待をしていたわけじゃないから。物理演算システムがちゃんとしていればいいんだ。フライパンをうまくぶつければ、弾くことはできるはず。もちろん、相当分の悪い賭けではあるが。


「別に見逃してくれてもいいんだけどな」

「いやいや、こんなに楽しいのは久しぶりだからね。ちゃんと歓迎してあげるよ。GTBへ、ようこそ!」


 言葉の途中で、ぺけ丸が発砲する。だが、俺はその動きを見逃さなかった。


 勘に任せてフライパンで腹部を庇う。手には痺れるような衝撃。だが、それこそが銃弾を防ぎきった証だ。甲高い音が何度か響き、そして――――


「うぐっ!?」


 ぺけ丸から零れるくぐもった声。反撃も忘れてヤツの様子を確認すると、何故か腹部から血を流していた。


「……何故?」

「いや、こっちの台詞なんだけど!」


 意味がわからず、俺とぺけ丸は困惑の表情で顔を見合わせる。ただ、リリィだけは理解しているらしく、興奮した様子で話し始めた。


「リリィは見たのです! ダーリンがはじいた銃弾がひょんと壁に当たって、当たって、そして、ソイツに当たったのです!」

「ソイツ扱いは酷いな。それはともかく、まさか跳弾とはね。偶然なんだろうけど、凄い確率だね」


 真相を聞いたペケ丸は苦笑いを浮かべている。あまりに不運な偶然だと考えているのだろう。


 だが、果たして偶然だろうか。確かに、俺はフライパンで銃弾を防ごうと思っていた。が、それが跳弾でぺけ丸に傷を与えるっていうのは出来過ぎな気がする。


 本当に……本当に偶然なのか?

 まさか、俺の体質が原因で……いやいや、まさか。一発ならば偶然だ。そうに違いない。


 どうにか自分を納得させることができたのだが、空気を読まないぺけ丸が銃を構える。


「でも、残念だけど、そうそう幸運は続かないよ!」


 放たれる銃弾。思わずフライパンで体を庇ってしまった。まるで繰り返しのように、弾丸はフライパンで弾かれ、壁に跳ね返る。そして最初から終点が決まっていたかのようにぺけ丸の腹部に突き刺さった。


 一度ならば偶然だが、二度ならどうだ?

 流石に考えざるを得ない。これ、やっぱり、俺の体質が原因じゃないの、と。


「馬鹿ぁ! お前が撃つから!」

「なんで、俺が怒られるんだよ!?」


 俺が責めると、ぺけ丸が驚きと怒りが半々といった表情で抗議してくる。


 まあ、我ながら理不尽だと思う。だが、俺だって理不尽と戦っているんだ。ゲームの不具合という理不尽とな。いや、これは不具合と言っていいのかはわからないが。


「何だか、散々だな。だけど、今度こそ!」


 懲りないぺけ丸が、再び銃を構えようとする。だが――――


「やらせないぞ!」


 偶然として片付けるには二度が限度だ。流石に三度目は言い逃れができない。断固阻止するつもりでいた俺は神懸かった速さでフライパンをぺけ丸に叩きつけた。


「あっ……」


 気の抜けた呟きをこぼしたあと、ぺけ丸の体から力が抜ける。二度の跳弾で体力を削られてすでに瀕死状態だったのだろう。フライパンでの強打がとどめとなったらしい。


 よし!

 これならばギリギリ、辛うじて、偶然と言えなくはないだろう。


 一応、アピールしておくか。もしかしたら、ぺけ丸がリスポーンせずに、死亡画面でこっちの状況を見ているかもしれないからな。


「まさか、二度も跳弾でダメージが入るとは! 流石に三度目はないだろうから、撃たれる前に倒せてよかった!」

「たぶん、三度目も……いや、何でもないのです!」


 何かを言いかけたリリィにニッコリと微笑みかけると、慌てた様子で口を噤んだ。


 うんうん。余計なことは言わなくていいんだ。懸命な判断だぞ。

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