第12話「実技試験・序」

 更衣室で学校から支給された体操服に身を包んだ誠たちは、教室に戻った。


 男女で別れた更衣室で、誠は4人の他の男子と顔合わせすることになった。


 妙にキザっぽい印象の優男ながら、どこか油断ならない印象の那須なす義隆よしたか


 赤黒い髪に着崩した制服と右手に数珠を巻いているヤンキーな外見の黒相こくそう時守ときもり


 どこか自身なさげながらも目はやる気に満ち溢れている肥満体の大柄な体つきをしている震轟しんごう伝之助でんのすけ


 如何にも草食系男子と言われそうな細身の体格に垂れ目という特徴の勝山かつやま蓮司れんじ


“話題が、話題が見つからない……!”


 話題を切り出しにくく、着替え中でもなんて話しかけたらいいのかわからなかったので、あえて話しかけたりしなかった。


 誠自身、自分は(一応)基本的に誰とも喋ることが出来る人間だと自負していたのだが、思った以上に話題が出てこなかった。


 そうやって教室に戻ってくれば6人いる女子生徒たちが各々で談笑している。相馬そうま皐月さつきは一人で机に座っていて、なにやら険しい顔をしていた。


「おい、皐月。そんなに張り詰めていると、後々から怠いぞ。少しは体の力を抜いたらどうだ」


 だが、そんな皐月に時守が声をかけて言った。


「それは余計なお世話よ。もうちょっとしたら実技テストが始まる。結果次第では、今後3年間がどのようなものになるか決まるのかもしれないのだから、気は抜けないわ」


 だが、そんな時守に対して皐月は鋭い目つきと雰囲気のままそう言った。


「そうかよ。小生は別に構わねえが、んなことばっかやっていると潰れるぞ」


「貴方に言われずとも。余計なお節介です。私の心配をするより、ご自身の心配をしては? 黒相殿」


「ふん、小生もお前に言われるとも、常に自分の心配をしている。自分の立場、よく考えておけよ」


「ええ。忠告、感謝します」


 そのようなやり取りをしながら、時守は皐月から離れて言った。


「んー。黒相くんと相馬さんは昔馴染みの知り合いだったりするのかな?」


 その様子を遠目で見ていた義隆はそんなことを言った。


「確かに……。なんとなく、あの感じは入学して初めて知り合ったという風には見えないな……。ドライだけどお互いの考えていることというか、気持ちが通じ合っているようにも見えるというか……」


 誠は時守と皐月に対して似た感想を抱いた。

 ただ、2人のやり取りが昔馴染みのように見えて、どこか他人行儀にすら見える。時守の荒っぽい口調でそう見えるが、その距離感は近くも見える。


「黒相に、相馬……。何かで聞いたことはあるけど、なんだったかな。特に相馬って言えば―――――」


「あの!」


 義隆がその先を何か言おうとした時、それに割り込むように一人のカールの髪型とそばかすが特徴の女子、道盛みちもり沙耶香さやかが声をかけた。


「ん? えっと、道盛さんだよね。オレになにか?」


「あの……! 那須くんって、もしかしてあの扇義ヨイチですよね!?」


「え?」


 沙耶香の言葉に誠を含め、教室内の何人かがそんな声を上げた。


「扇義ヨイチって……。確か、5年前の歴史ドラマ『遮那王・千本桜』で主演して、主演男優賞を受賞した、扇義ヨイチくん!?」


 そこに根っからのドラマや映画が好きな彩羽が声を上げた。


「いやぁ、バレちゃったかなぁ。もしかして、オレのファンだったり、する?」


「え、マジでそうなのか」


 否定もしない義隆の様子に誠は真顔で言ってしまった。


“そうか。見たことがあると思ったら本当に扇義ヨイチなんだ。あれ、でも確か突然引退したって言っていたような……”


「は、はい! わたし、『遮那王・千本桜』とかその前の『夕暮れに恋した』のファンで……! あの、良ければ後でサインをくれませんか!?」


 沙耶香はかなり興奮した様子で頼み込んでいた。

「遮那王・千本桜」とは平安時代末期に存在した英雄「源義経」の人生を描いた歴史ドラマだ。「大崩壊」前にも何度か歴史ドラマ化されたり、演劇、歌舞伎、浄瑠璃など、ありとあらゆる演芸のお題目として扱われてきた。


 沙耶香の言葉の中で出てきた「扇義ヨイチ」とは、その「遮那王・千本桜」の主人公、源義経の幼少期である「牛若丸」を演じた天才子役だ。源義経に兵法を教えたとされる「鞍馬天狗」との修行シーンなどを始めとした殺陣の演技力などを評され、主演男優賞を受賞するほどの人気を博したという。


 だが、その「遮那王・千本桜」が終了したのと同時に突然、芸能界を引退し、姿を消してしまい、その後彼がどうなったのかはわからない状態になっていた。


“その主演男優賞レベルの元天才子役が、まさか同じヒーロー志望の同期生ってどういう偶然なんだよ!?”


 そんな有名人が同期生という事実に誠は少し困惑して、顔を引きつらせた。


「―――――うん、いいよ。でも、今のオレはもう扇義ヨイチじゃない。だから、良ければ本名でいいかな?」


「……!」


 一瞬、義隆の目から光が消え、薄暗いものになった瞬間を誠は見逃さなかった。


 それがサインをねだる沙耶香に向けられたものなのか、どうなのかの区別はつかなかったが、それでも義隆のそれは思わず誠が敏感に反応してしまうほどだった。


“声”は特には聞こえない。“眼”は開いていなかったので“炎”は見えない。


 ……彼のその笑顔が本物なのか、疑わしく思ってしまう。


「はい! 全然大丈夫です! よろしくお願いします!


 沙耶香はそんな義隆の様子には気づいていない様子で、どこから出したのか色紙を取り出しサインをお願いした。


「ありがとう。ほら、ちょちょいのちょいっと」


 受け取った色紙を手に取り、油性ペンで手慣れたようにサインを書いていった。


「やったぁ! ありがとう、那須君!」


 そう言うと、沙耶香はそれを大事そうにファイルにしまい込んだ。


「みんな、準備は出来たか? 時間がおしているからな。行くぞ」


 三郎が教室に顔を出して言った。


「あ、先生が呼んでいるみたい。行こう」


 緊張感を解すために誠は他の同期生たちに声をかけ、三郎を追いかけ、教室を出た。



 ◇◆◇



 異能専校の教習棟から離れ、誠たちは東部にある「東実技演習場」と小さな市街地を模した場所に来た。


 それなりに広く、激しい戦闘をすることが多いヒーローたちでも十分に動き回ることが出来る広さであり、もしも街中でメトゥスと遭遇した時の状況を想定して作られたものだとわかる。


「6人1組のグループ作って対戦形式で現時点でのお前たちの実力を見させてもらうぞ。今からここにお邪魔キャラとして、演習用の式神を召喚するからな。それをお前たちが臨機応変に対応してもらいつつ、全力で殴り合ってもらうそれと……」


 東実技演習場入り口で三郎はそのように説明し、指をパチンと鳴らした。


 すると、三郎の後ろからどこからともなく、首に注連縄のような飾りをつけた巨大な白い蛇が五芒星の光と共に現れた。


「すごい……。あれ、召喚術か?」


 誠は初めて見る召喚術に驚いた。三郎の言う通り、彼の背後にいるのは彼の式神なのだろう。


「コイツには臨時のカメラマンをやってもらう。今回は今後の参考のため、そして各ヒーロー事務所へのプレゼン資料として撮影する」


“蛇の頭にカメラって、なんかシュール……”


 よく見ると、三郎が召喚した蛇の頭をよく見るとカメラが括りつけられていた。今までに見たことのない絵面に誠は難しい顔をする。


「各ヒーロー事務所へのプレゼン資料……?」


 彩羽がプレゼン資料という言葉に首を傾げる。


「ヒーロー業界に限らず、メトゥスから社会を守るために異能者メイガスたちの世界は基本的に人手不足だ。故に今の内に各ヒーロー事務所の人たちは先に候補生であるお前たちを事前にリサーチしたいと思っているし、事前にスカウト候補を見繕うためでもある。つまり、お前たちがこれから注目されるかどうか、最初のこの実技テストにかかっているってことだ」


「マジかよ……。じゃあ、ここで少しでも良い所見せないと、今後に影響が出るってことじゃん。趣味ワル……」


「うげぇ……。アタシの異能ミュトスとは相性が悪い……。大丈夫かな……」


 三郎の言葉に蓮司は緊張感と共に顔が青ざめ、幽子は頭を抱えた。


「大丈夫だろ。今回、6人1組での対戦形式。単独で殴り合うよりは十分マシだ。それに、これは早くも小生たちの力を示すチャンスでもある」


 時守はそう言いながら、指を鳴らし気合十分といった様子を見せる。


「そうね。私たちの力が今の段階でどれぐらいやれるのかを見せる機会よ。存分にやってみせましょう」


 皐月も同じように、気合を入れて言った。


「……これ、俺大丈夫なのかなぁ……?」


 2人のようにかなりやる気に満ちている者もいるが、中には不安になっている者もいる。


 恐らくではあるが、大半は戦闘経験がない者ばかりで自分がどれぐらい出来るのかわからない者の方が当然多いだろう。誠は武道の心得があるとはいえ、戦闘経験なんてないし、メトゥスを倒したのも偶然の産物だ。


 今回は現時点での実力を見るためとはいえ、チーム戦という形のでのテストだ。対戦形式ならいざ知らず、誠にとっても未知の体験になる。


“与えられたチャンスを、無下にしないようにしなければ……”


 誠は気持ちを切り替え、気合を入れなおした。


「それじゃ、今からくじ引きでチーム分けするので、せーのでくじを引いてくれ」


「そこくじ引きなの!?」


 まさかのくじ引きによるチーム分けに誠は思わずツッコミを入れるのだった。

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