第8話「問われる覚悟」

 管理人室を出た誠は、道場の真ん中に佇む響生と向き合う。


 当の響生は体を脱力させつつ、仁王立ちしている。防御の構えとか、攻撃の構えをしているような様子はどこにもない。


「ほら、来いよ、坊主。なんだったらいきなり異能ミュトスでも、魔術でも、なんでも使ったりしていいよ?」


 響生はそう言うと壁に立てかけられていた一本の木刀を握ると、不敵な笑みを浮かべて手招きをする。


“この人、手加減してまともに戦えるような人じゃない。言われた通り、魔術でやるしかない”


抜刀セット


 体内の構築魔術の術式を起動させ、手元に魔力で作った刀を手に取る。

 仮初の物質化によって作り出したとはいえ、誠の握る刀は文字通りの真剣。刃が潰れているとか、そのような都合の良いものではない。


 至極単純。この刀で斬られたら普通は重傷、最悪死ぬ。


 だが、異能者メイガスを教育する者としてなのか、または強者としての余裕が響生にはあり、自身は木刀を握って構えることすらせず、真っすぐに誠を見つめている。


「ふぅぅぅ……」


 正眼の構えで誠は身体能力を上げるための特殊な呼吸法「流道るどうの法」で呼吸を整え、響生に意識を向け、観察する。踏み込みやすいように事前に靴下を脱いで裸足になっていたこともあり、滑りもなくいざという時に動けるようになっている。


 剣術は師である末里に基礎を叩き込まれ続け、打ち込み合い、亡くなってからは兄弟子の銀司と共に鍛錬を続けてきた。日々の日課として刀の素振りや呼吸の鍛錬を繰り返し、同年代の中でもそれなりに強い自負はある。

 「剣の道を極めること」を目的として生きてきた誠にとってそれは当たり前のことで、強者に戦いを挑むことも剣の道を歩む者として当然のものだと考えていた。


 それ故に誠はある程度は相手の隙を伺ったりすることには慣れている。仮に同年代の相手とケンカになったとしても徒手空拳でそれなりに勝つことは出来るだろう。


 だが、それ故に、響生を観察してわかってしまったことがある。


“この人―――――まるで、隙が見えない……!!”


 刀を握る手、そして額に脂汗をかきながら、誠は内心焦っていた。


 自分が未だ未熟な剣士であることもわかる。勝てる相手ではないことはわかる。


 だが、構えてすらいない相手がこれっぽちも闘志を向けたり、異能ミュトスや魔術を行使している様子すらなく、ただそこに立っているだけなのに、どこにも隙が見えない。


「どうしたの? 来ないのかい?」


 飄々とした表情や余裕を崩さず、響生が挑発する。


「!!」


 誠はそれに対して反射的に踏み込み、刀を握り、響生に急接近する。


 研ぎ澄まされた神経、万全に整えた呼吸、それからの魔術による身体強化なしのスピード。傍から見ればそれは、電光石火の如き早さだと評する動き。


“加減したらこっちが間違いなくやられる。恐らくこの人に加減とか絶対に意味がない。なら―――――!”


 覚悟を決め、誠は響生の首を狙い、水平に刀を振るった。


 ―――――だが、その誠の決死の斬撃とも言うべき一太刀は阻まれる。


「へぇ。確かにアイツの弟子だねぇ。太刀筋は確かに悪くないし、これ並みの人間だったら簡単に首落ちるね」


「!?」


 誠は目の前で起きた現実に、目を見開く。


 防御されることは予想していた。一太刀なんかで攻撃を当てられるわけでもないことはわかっていた。


 それだけならいい。


 だが、魔術や異能ミュトスで強化されていないはずの、ただの木刀で亀裂すら入らず刃も通らない、片手のみの力で受け止めている状況をどう説明するのか―――――!。


「でもちょっと甘いよ。んじゃ、ちょっとだけ打ち込むね」


「――――――ぐぉ!?」


 その言葉と共に一瞬で刀が逸らされ、片手で振るわれた響生の木刀が胴体に叩き込まれ、道場の床を転がることになった。


「ごほっ! ごほっ!」


 肋骨に叩き込まれた木刀の一撃に激痛を感じ、咳き込みながら誠は何とか立ち上がる。


“なにがちょっとだ! わかってはいたけど、僕なんか足元にすら及ばないだろ、あれ……!”


 今さっきの打ち合いで互いの力量を理解してしまった。

 恐らくこのまま攻撃を続けたとしても、全て防がれる。魔力で作られた仮想物質の刀であるが故に、響生が今より少しでも本気を出せば刀そのもの簡単に砕かれる。その場合、作り直せばいいかもしれないがそれだと魔術発動のタイムラグで刀を作る前にやられる。


 そして厄介なのはもう一つ。


“剣士とは違う。打ち込まれる直前に感じたアレは……。ただ単純に、あの人が強いだけ”


 木刀で防いだのは剣術によるものではなく、ただの反射神経のみで攻撃を防いだだけ。


 今に至るまで多くの戦いを成し遂げ、培ってきた経験の数があまりにも違いすぎると誠が痛感するには十分すぎた。


「おや、随分と利口じゃない? 次はこっちから打ち込むよ」


 そう言って、僅かな踏み込みで目の前に来た響生は片手で木刀を握ったまま、振り下ろしてきた


「ぐっ!」


 誠はその一撃をギリギリの所で刀で防いだ。


「ほら、どんどんいくよ」


 そこからはただひたすら叩き込まれる木刀。魔術によって作られた刀で一撃一撃をいなし、弾くが反撃すら許されない状況に誠は更に焦りと共に神経が昂り続ける。

 「流動の法」による呼吸を繰り返しながらのそれは心臓に負荷をかけ、更に動き続けることで全身の血液が沸騰しそうなほどに熱くなる。


「ぐぁぁ!」


 しかし、心より先に刀の耐久力がもたず、砕けた。床に落ちた破片は白い魔力となって霧散する。


「刀、壊れちゃったね。どうする?」


「……! まだまだ! 選定セレクト抜刀セット!」


 今のでダメなら違うモノを。

 誠は短刀を作り出し、それで手数を増やして攻撃をすることにした。


「へぇ、君はそういう戦いをするってこと」


「な―――――」


 響生は何を思ったのか、木刀を床に投げ捨て、素手になる。


「坊主の戦い方は理解した。意思の強さもわかった。なら、次はお前さんに問わせてもらうよ」


「!」


 それを聞き、誠は身構える。


異能ミュトスってのはさ。ようは身体機能の延長線なんだよ。腕とか足とかを動かすのと同じなわけ。話を聞いたけど、坊主のそれは魔眼タイプの異能ミュトスなんだろ?」


「身体機能の、延長線……」


 異能ミュトスが身体機能の延長線のようなものであることは、銀司などからよく聞かされていたことだから誠もよく知っている。

 だがつい最近、自分の視界が時々おかしくなったりしていた要因が、前例のない魔眼型の異能ミュトスであることを昨日知ったばかりの誠にはわかりにくかった。


「俺たち、異能者メイガスはさ、シャバの人間からしたらその時、その時の状況次第でコロコロ見方が変わる存在なんだ。数も少ないし、だからといってメトゥスを倒すことができるのは俺たちだけ。俺たちの存在は、異能ミュトスを持たない奴らを守るためにあるんだよ」


 何度も聞かされたその言葉は責め苦のように、誠の心を突き刺す。

 そんなことわかっているし、何度も何度も自問自答を繰り返してきた。

 ヒーローは力を持たない人を守るためのものだと、それが夢物語であったとしても信じていたはずだった。

 だけど、、ヒーローへの道を見失った。


「お前さん、すごい悩みに悩んで、そうして立っているようで。こっちはそんな事情は知らんけどね。今、お前さんは見失った道の入り口に立っているんだよ。そこからどうするかは坊主次第だけど―――――、未練マシマシよりかは、もう一度歩いてみればいいんじゃない?」


「!」


 響生の言葉に、誠は頭の中の血液が全て沸騰しそうになった。


 同時に、彼の中に重くのしかかっていた、長い間燻り続けていたモノが崩れ落ちる。


「……いいんじゃない、じゃないよ。無責任にそういうのやめてよね」


 口調が崩れ、短刀を握る手を強め、目を見開き、響生を睨みつける。


“……雰囲気、変わったねぇ”


 響生はわずかながらに誠の雰囲気が変わったのを感じた。


「確かに、僕は憧れを見失って、剣の道を極めることしか考えていなかったし、ヒーローになるなんて気持ちなんてなかった。これからの自分の道なんて考えたことなんてなかったし、なにもわからなかった」


「じゃあ、ヒーロー、諦めるのかい?」


「違う。……僕は、


 言葉と共に、短刀を握る手に力が込められる。


 昨日、三郎に対して自分の口で言った言葉。それをもう一度噛み締め、真っすぐに響生を睨みつけるように見据える。


「ずっと、この“眼”で視えるモノとか声がイヤでしょうがなかったけど、この“眼”があったから、僕はあの時この手で守ることができた。あの行動が、犯罪として問われることになったとしても、あの選択だけは間違いだったなんて思わない」


 メトゥスによって肋骨が折れるほどの重傷を負い、彩羽が殺されそうになった時。

 誰も死なせたくなくて、誰も死んでほしくないと願った時に、都合よく“眼”の異能ミュトスが開花して、あのメトゥスを倒すことができた。彩羽を助けることができた。


「その選択が、いずれ君自身を苛み、苦しめることになったとしても?」


 ……当然、あの時のような選択が正しいわけでもない。


 知らなかったと言えど、法的には誠がやった異能ミュトスの無断使用は法令違反なのだろう。

 それがいつか、彼を咎める者が現れたとしても、罰を与えられる時が来たとしても。


「例えそうなったとしても。二度と引き返せなくなるとしても。僕は、僕がもう一度選んだ正しい道を歩くために、何度でも間違え続けます」


「―――――」


 短刀を強く握り、一気に響生の懐へと踏み込んでいき、突き出す。

 この攻撃が無駄だとしても、最後まで戦うという剣士としての意地ごと貫こうとする。


「なるほど。それが、坊主の選択というわけかい」


 突き出された短刀は、短刀を握る手ごと掴まれたことで終わった。


「はぁ……はぁ……」


 誠は荒い息を吐きながら、自分の剣が最後まで響生に届かなかったことに悔しさを覚え、未熟な自分を痛感し、短刀を消滅させた。


“……まぁ、言うだけ言ったんだ。後は運任せ、かな”


 だが自分なりの答えは示した。今の自分に出すことができる精一杯の考え。

 少しは悔いが残るかもしれないけど、これでいいと誠は思い、響生から聞かされるであろう答えを待つ。


「合格!」


「え」


 だが、返って来たのは誠の予想に反し、合格という言葉だった。


「まぁ、合格とは言ってもよ、あくまでこれはお前さんがちゃんとヒーローとしてやっていけるどうかを見極めるための面接でもあったからな。特待生の推薦枠ということで、こういう形を取らせてもらったよ、ハハ」


「え、えっと……。はい」


 先ほどまでの威圧感溢れる佇まいや雰囲気からでは想像が出来ない、最初の時のような飄々とした感じになって、誠は戸惑いながらも、小さな安堵感を覚えた。


「そして……ようこそ、異能専校東京校へ。俺はお前さんを歓迎するよ、式波誠」


 そう言って、響生は右手を差し出した。


「――――――はい。よろしく、お願いします」


 誠はそれに対して握手をした。

 握ったその手は、とても温かく、穏やかなぬくもりに満ちていたのだった。

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