堕としたい騎士と堕としたくない聖女は、今日も魔王そっちのけで【ぬい活】に精を出す。

ゆちば@「できそこないの魔女」漫画原作

(1)アレクサンダー①

「チハル。そろそろ食べないか? 料理が冷めてしまうぞ」

「大丈夫です。冷めても、あとでスタッフが美味しくいただきますから」


 ぐぅと腹の虫が鳴った俺は、目の前の骨付き肉とエールを眺めながら提案したが、隣に座る黒髪に黒い瞳の少女は柔和な笑みと共にそれを却下した。


(スタッフとは誰だ……⁉)


 俺の名は、アレクサンダー・フォン・ゴルドレッド。

 通称【焔炎の騎士】。魔法大国ロンドル王国の聖騎団長で、ゴルドレッド公爵家の嫡子。国一番の剣の使い手で、魔王を倒すため、聖女の護衛として旅を続けている。


 そして聖女というのは、隣にいるこの少女――チハル・ササキという名の17歳で、魔王討伐のために国の魔術師らに召喚された異世界人だ。この国でまず見られない黒い髪と瞳が美しく、清楚という言葉が似合う凛とした少女だ。

 ただし、黙っていたら、である。


 現在進行形で、チハルは清楚というより、寧ろパッション溢れる感じだった。


「今、自然光調整してて、大事なとこで――。あっ! この角度最高! アレク可愛いよ! 可愛すぎ! 異世界肉とのコラボレーション、合いすぎてヤバい! アレク可愛い!」


 チハルは「アレク可愛い」を連呼しながら、絵を切り取る魔法具――写し絵器のシャッターをパシャパシャと切り続ける。

 向かい合わせになると体が写し絵器に写りこんでしまうので、俺はチハルの隣から、黙って「ぬい撮り」なる撮影会の様子を見守っていた。


 そう。「アレク」とは俺アレクサンダーのことではない。

 彼女が夢中になって撮影をしているのは、手のひらサイズの小さなぬいぐるみ――「アレクぬい」だ。

 それは俺と同じ紅い髪に金色の瞳で、紅と銀の騎士装束に炎剣フランベルジュを携えている。マントにはゴルドレッド家の紋章が細かく刺繍されており、その再現度の高さには毎度目を見張らずにはいられない。

 俺との大きな違いと言えば、大きさと愛さらしさだろう。

 アレクぬいは、目がまん丸で、体は二頭身。こんな短い手足では抜剣も蹴り技もできないだろうというほどに、ちょこんとした手足がくっ付いている。

 チハルいわく、これは「デフォルメ」という状態らしく、この何もできなさそうなサイズ感が最高に可愛いらしい。


 そんなぬいぐるみを撮影することを「ぬい撮り」と呼ぶらしい。


「アレクサンダー様! ぬい撮りするんで、アレクに異世界肉を近づけていただいてもいいですか? アレクが食べてる感じにお願いします」

「食べてる感じ……?」


 彼女はハッとこちらを振り返り、謎のオーダーを口にした。

 そもそも「異世界肉」という言い方も引っかかっていた俺だが、それ以上にぬいぐるみに肉を食べさせる真似事をするというのが、もうなんとも……。


「俺がやらねばならんのか?」

「だって、アレクサンダー様、写し絵器の扱いド下手じゃないですか! いっつも逆光とか手ブレ写真ばっかりだし。アレクは動かないのに、ブレるってどういうことですか」

「わ……、分かった。分かったから落ち着いてくれ」


 これまで撮った写真が相当酷かったことを根に持たれていて、最近はもっぱら黒子役をさせられている俺である。

 天下無敵の騎士をアシスタントにする女など、大陸中捜してもチハルしかいないだろう。


 俺はやれやれと肩を竦めながら、骨付き肉をそっとアレクぬいの小さな口に近づけてやった。もちろん、口に肉を付着させてはならない。アレクぬいを汚しでもしたら、それこそチハルは大激怒するに違いない。


「あーーーっ! 美味しいねっ! アレク、異世界肉美味しいねっ!」

「…………」


 チハルは落ち着くどころが、さらにテンションを上げていた。いったいどれだけ撮るんだというくらい、写し絵器のシャッター音が鳴りまくる。

 元々、写し絵器は王族や貴族の肖像写真を撮るための高級魔法具だというのに、なんと豪快な使いっぷりか。聖女特権で王城から写し絵器を拝借してきたチハルが、まさかこんな使い方をしているとは、魔法具師は想像もしていないだろう。


「……チハル。いい加減そろそろ食べよう。肉が固くなる」

「あ、はい。いい絵が撮れたので食べましょうか! ご協力ありがとうございました」


 満足のいくぬい撮りができたようで、チハルはすっかり上機嫌だ。

 俺はようやく食事にありつけることと、周囲からの引き気味な視線が緩んだことに安堵しつつ、骨付き肉にかぶりつく。アレクぬいに見守られながら。


(ぬぅっ! アレクぬいめ! 俺を見るんじゃない……!)


 鼻歌を歌いながら肉をもぐもぐしているチハルが、意図的にそうしたかどうかは分からない。だが、アレクぬいはテーブルの真ん中にちょこんと腰掛け、俺を凝視してきていた。それはもう、じぃっと。


(食べづらい! 食べづらいぞ!)


 チハルは毎食、このアレクぬいを食卓に同席させる。写真を撮影してからの実食がルーティン化しており、アレクぬいはさも当然のようにテーブルに座っているのだ。

 この奇異なる状況を見て、ぎょっとする者は多い。というか、ほぼ全員が引いている。

 それでも俺が羞恥に耐え、チハルのぬい活(ぬいぐるみに関する活動をそう呼ぶらしい)に協力している理由は、ただ一つ。


(俺は、チハルに惚れてしまったんだ)

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