第19話 【雑談】緊急で動画をまわしています 1

 十七時になるとリンドヴルムさんが配信開始ボタンを押した。

 タブレットを見て配信が始まったことを確認し、リスナーさんに挨拶をしようと思ったらその前にリンドヴルムさんの声が聞こえた。


「リスナーの皆さんこんばんは。魔物系配信者の羊川です。そして飼い主の」


 そしてリンドヴルムさんはとても明るい声で私に話を振る。リンドヴルムさんは羊川ではないが、配信の空気を悪くしたくない。なので違うと口から出てきそうになった言葉をぐっとこらえる。


「こんばんは。羊川真白です。今日もありがとうございます」


 なるべく笑顔で挨拶を言いながらコメント欄を見た。


『こんばんは!』

『ばんわ~』

『ばんは』

『魔物系じゃなくて魔物』

『羊川?』

『羊川。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね』


 あっ。気付いてくれた人がいる。よし。ここで違うと言えば訂正


「はい。羊川です」


 出来なかった。私が言うよりも早くリンドヴルムさんが笑顔で答えた。次の訂正機会はないかな? 再びコメント欄へ視線を戻す。


『ちゃうやろ』

『自称が抜けてますよ』

『自称羊川ですよ』


 リスナーさんのコメントが強くて私の訂正が可愛く見えてくる。リンドヴルムさんはなんて返すのかな? そう思いながらリンドヴルムさんへ視線を移すとクスクスと笑っていた。ん?


「ふふっ。魔衛庁から真白のペットとして飼って貰う許可は出ています」


『羊川を名乗る許可は出てないだろう』

『やはり自称か』


「羊川を名乗る許可? 許可も何もペットは家族ですよ」


 そう言われるとそうかも知れないけど……ってそれ以前にリンドヴルムさんは私のペットじゃない。


「ただの同居人ですよ」


 人じゃないとか色々突っ込まれたら終わりだが、私にとってリンドヴルムさんは同居人。しょうがなく一緒に暮らしている。それ以上の存在ではない。


『距離置かれてて草』

『だってさ。同居人』

『人、なのか?』

『同居魔物でしょうか』

『語呂が悪い』


「ふふっ。強いて言えば同居竜ですね。そろそろ皆様から頂いた質問に答えましょうか」


 楽しそうに言った。竜。……竜? なんでこうも脈絡がないんだ。急いでコメントを見ると『ま?』や『竜?』『二択か』など一気に流れはじめる。


「リスナーさんで遊ばないで下さい」


 試すような言い方はあまり好きではない。そう伝えるとリンドヴルムさんが「ちゃんと答えます」と微笑みながら言い、カメラをじっと見た。


「真白の好感度が下がる前にそろそろ始めましょうか。っと、その前に一つだけお話があります。この配信はガードマンが撮影しています。なので、僕が言っちゃいけないことを言ったらカメラが止まり、配信は即終了です。リスナーの皆さん。僕にまずいことを言わせないで下さいね」


 相変わらず楽しそうな声だった。状況をわかっているのだろうか。そのせいですごく大事な話のはずなのに、緊張感が抜けてきそうだった。


『そっちこそ、勝手に言わないで下さいね』

『魔衛庁のエリートになにやらせてるんだ』

『配信が切れてなければセーフって…コト』

『真白ちゃんの好感度はこれ以上下がるの?』

『まさかの即終了』

『雑談なのに漂う緊張感が半端ない』


 やっぱりリスナーさん達も動揺しているようだ。『何もコメントをしない方が良い?』と言うコメントまで流れてしまった。このままにしておくのはまずい。私から説明しよう。


「今日話す内容は魔衛庁に確認して頂いてます。過度に気にする必要はありません。ただ魔物と配信するなんてことが初めてなので、不測の事態の際は配信を終了する可能性があります。予めご了承下さい」


『サンクス』

『りょ』

『真白ちゃん。説明たすかる』

『俺、魔物が配信しているの初めてみた』

『同じく』

『奇遇だな。俺もだ』


 コメント欄が先ほどよりも落ち着いた事を確認してから、リンドヴルムさんを見る。


「だからリスナーさんを困らせないで下さい」

「ふふっ。との事ですので、リスナーの皆さん。コメントがざわつくと真白に僕が怒られますので、ゆるく聞いて下さいね」


 リンドヴルムさんは悪びれずに笑いながら言った。ゆるくってなんだ。ゆるくって、つっこみたいがもう脱線はしたくないので、気にしないことにしてリンドヴルムさんの様子を見る。


『お前のせいだろ』

『人のせいにするな』

『怒られていて草』

『ゆるい、とは?』


「いつも通りで良いんですよ。まずは真白が僕の事をどう呼べば良いか困っていますし、僕の自己紹介からですね。僕はリンドヴルムと言います。人からは竜王とか日本橋ダンジョンの支配者なんて呼ばれているみたいです。僕としては真白のペットと呼ばれる方が嬉しいので、これからは真白のペットと呼んで下さい」


『まさかの竜王』

『竜王まじか』

『キングゴブリンをワンパン出来る魔物なんて限られているからな』

『ペット>竜王』

『竜王のプライドはないのか』

『所詮は人が勝手に王と呼んでいただけか』


 確かによくよく考えるとリンドヴルムさんは竜王と言う言葉に興味を示すことはなかった。だからと言って私のペットと自称して良いかは別の話だけど。


『真白ちゃん。絶対配信ではしない表情をしている』

『真白ちゃん。俺は一生竜王と呼ぶから安心してくれ』

『私も』

『竜王はただの同居竜』


 私の表情がカメラに写ってしまったらしい、リスナーさんのコメントが流れる。誤魔化すように笑いながら、カメラへ視線を移す。


「あ、ありがとうございます」

「僕が自分で思っていれば良いので、リスナーの皆さんが言わなくても気にしませんよ。ただ王は傲慢というイメージがありますからね。真白には従順。これだけは覚えて帰って下さい」


『真白ちゃんの言うこと聞くってことかな』

『多分』

『芸人みたい』

『話すたびにリンドヴルムのイメージが崩れるな』


「僕のイメージが崩れるって。僕は僕ですよ。それに今朝の七時くらいに質問フォームを確認したら、リンドヴルムと回答された方は百五十九人いたんですよ。僕をリンドヴルムとイメージしている人も少なからずいますよ」


 多いのか少ないのかわからない……って、質問フォームが解答欄にもなっていたんだ。それで今朝の苦い顔か。リンドヴルムさんも大変だったんだな。

 そのままリンドヴルムさんを見ているとリンドヴルムさんが言葉を続けた。


「と言っても真白以外にどう思われようが気にはならないんですがね。ではそろそろ質問に入りましょうか。まずはなんでスライムなのにスライムNGなの。ですね。リンドヴルムだからです」


『簡潔www』

『おい』

『俺、フォームになんでリンドヴルムが粘液の形をしていたか書いてくる』

『俺も』

『私も書いてきます』


 このままだと感想フォームに更に質問が増えそうだ。せっかくの感想が埋もれるのは良くないし、私が誘導しよう。


「大丈夫です。なんでスライムの形をしていたかも、ちゃんと許可を頂いています。ねっ。リンドヴルムさん」


 質問リストに書かれていたし私が振っても問題ないはずだ。リンドヴルムさんはカメラから私の方へ視線を移すと「そうですね」と言いながら微笑みかける。だがそれは一瞬ですぐにカメラの方を見ていた。


「ある程度力を持った魔物は姿を変えられるんですよ。他の眷属が犬や猫の形をしているのと同じです。なのでその時にあった形にしているんです」


『眷属を人の形に出来る』

『ほう』

『俺、これから冒険者を目指そうかな』

『通報しました』

『それはあかん』

『それならなんで、粘液だったの?』


「粘液? あの時は体を柔らかくして戦っていたんですよ」


『戦ってたんですか』

『竜のが強そう』

『粘液>竜』


 昨日、私と話していたときと同じ感想がコメントに流れてくる。思わず頷いていると『真白ちゃん「わかる」』と私に対してのコメントが流れる。少し恥ずかしいので、ポーカーフェイスを心がけてリンドヴルムさんを見る。


「あの姿は敵の魔力を吸収しやすいんです。単なる力勝負では厳しい時はあの姿で戦っています。僕が戦っていたのは結構しぶとい魔物で、偶然通りかかってくれた真白の協力で倒せました」


 本当に現実離れした話だ。実際リスナーさんも困惑しているようで、コメント欄にはずっとクエスチョンマークが流れている。


『粘液に襲われていたぞ』

『俺の記憶が間違っていなければ真白ちゃんは粘液に襲われていた』

『可笑しいな。俺の記憶も襲われていたぞ』


 やっぱり襲われていたよな。リンドヴルムさんは会話したかったと言っていたけど、人にとっては襲撃と同じ。少しは理解してくれると良いんだけどな。そう思うがリンドヴルムさんは特に気にする様子はなかった。


「襲うなんて人聞きの悪い。あれは真白の記憶を見ていたんです。真白は僕の命の恩人ですから、真白に好かれる方法を記憶から教えて貰っていたんです」


『失敗してるぞ』

『記憶?』

『一方的に強奪だろ』

『なるほどわからん』

『もしかして竜の言葉で話している?』


「竜の言葉? 今話しているのは人の言葉です。そもそも僕達は言葉を持っていないですからね。魔物は互いの感情を見て会話するんです。僕も真白とキスをしていた時も会話したつもりだったのですが、どうやら人は記憶を見せ合うことはないようですね」

「あれはキスじゃないですよ」


 あんなキスがあってたまるか。二度とあんな目には遭いたくないし、さりげなく否定する。


『否定大事』

『言語の違いというか文化の違いだったか』

『次元が違いすぎる』

『あれはキスと言うよりも寄生』

『寄生に一票』


「そうですね。文化の違いです。ただ僕は真白の記憶を見たのは事実です。なので真白の事は誰よりも知っていますよ。教えませんけど」


 爽やかな笑みで言う内容じゃない。出てきそうになるため息を飲み込みながらコメントを見る。コメント欄は相変わらず強火だった。


『それただのストーカーじゃん』

『寧ろ言うなよ』

『ってか、リンドヴルムと共闘出来るほど羊川さんって強いの?』


 ここはどう答えるんだろう。質問リストにもなかった。私がリンドヴルムさんの力を吸収したことは内緒にしたいのかもしれないし、何も言わずコメント欄を見る。


「真白に助けて貰ったと言うよりも共闘に近いかもしれませんね。あの時は真白がとどめを刺したんです」


 やっぱり内緒か。魔物に力を分けて貰うと聞いたら試してみる人も出てくるかもしれない。

 手っ取り早く強くなれるかもしれないけど、それ以上に危ない。リンドヴルムさんはどこまで考えているんだろう。コメント欄を読みながら思った。

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