SNSの向こう側にいるのは、75%が人である。

あざね

1.仮想:少年を【神】と定義して。





『ネットの向こう側にいるのも、同じ人間ですからね』


 ネットリテラシーを語る際、時折にこのような文句を耳にする。

 たしかに、数年前まではそういった弁論も可能だった。だけどAI技術が当たり前になってきた昨今、果たして先ほどの言葉への信憑性はどれ程あるのか。

 フェイクニュースが蔓延り、偽物が溢れた世界。

 私たちはいかにして、情報が氾濫する現代を生き抜くべきなのだろうか……。





「小早川! お前はいつになったら、真面目に授業を聞くんだ!?」


 なんの変哲もない数学の授業中、俺は担当教師から叱責されていた。理由は単純明快、こちらが思い切りいびきをかいて眠っていたから。数学担任の根室は、それはもう鬼の形相で、周囲の生徒たちもおっかなびっくりだ。

 今回の一件に関しては間違いなく、俺に非がある。

 でも、その前に気になることがあって――。


「――なぁ、先生。そこの数式、間違えてない?」

「あ……?」


 俺は思わず、謝罪より先に黒板の例題にツッコみを入れてしまった。

 教科書に載っていないので、これはきっと根室が例題として作った問だろう。教えている公式を使用して、解かせようと考えたのだ。だけど、


「この問題だと、教科書の公式以外も使わないと解けないって」

「……………………」


 彼の出題したそれは、平均的な高校二年生へ出題するには不適切だった。俺のそんな指摘に対して、根室はしばし考えた後に大きく咳払い。

 そして、苦虫を噛み潰した表情でこう言った。


「今回だけは、大目に見てやる……」

「えぇ……?」


 明らかに敵意むき出しで。

 俺はそれがどうにも腑に落ちず、つい苦笑してしまった。その後で謝罪を忘れていたことに気付いたが、もっとも今さら口にしたとしても火に油だろう。

 そう考えて、大きく一つ息をついた。

 窓際最後尾の座席は居心地がよく、窓の外の景色もよく見える。春の麗らかな日差しを感じながら、俺は改めて眠りに就くのだった。





「さて、今日もやるか……!」


 ――放課後。

 大急ぎで帰宅するとすぐに、俺は自室にあるPCを起動した。いくつかある液晶画面に光が点ると、いくつかのメッセージが表示される。毎回変わる複雑なパスコードを解いていくと、ようやくログインが許可された。


『管理者様、お帰りなさいませ』


 すると、そんなメッセージが表示される。

 管理者というのはもちろん、俺のことだった。そしていま起動したPC――『エデン』は、俺がOSから組み上げたもの。自分にできる限りの技術を駆使して、様々な工夫を凝らした自信作だった。

 もちろん普通のPCとしての使用も可能だが、主な使途は異なっている。この『エデン』という箱庭の中にいるのは、人間ではないのだ。


『やあ、ミコト。いま帰ってきたところかな』

『ただいま。そっちは、今日なにしてた?』

『私はさっきまで、昼寝をしていたさ』

『はは、ずいぶん優雅だな』


 こちらが諸々の作業を開始すると、声をかけてくる者がいた。アバターで表示された美少女は、肩を竦めながらそんなことを言う。彼女の名前は、メティス。自らそう名乗った金髪の少女は、蒼の瞳でこちらを見ながら笑っていた。その微笑は妖艶でもあり、同時に愛らしさも秘めている。

 普通ならドキリとする場面かもしれない。

 だけど、俺は作業を続けながら平然としていた。何故なら、


『人工知能が昼寝なんて、聞いたことないぞ?』


 そう、メティスは『エデン』の中にのみ存在するAIなのだから。0と1で生成された存在に心動かされるなんて、馬鹿な話はなかった。

 このPCの中には、自我を獲得した無数のAIが存在している。

 中でも彼女――メティスは別格で、俺が最初に生成して以降メキメキと知識をつけていった。今ではほとんど対等に接し、日常の馬鹿な話を交わしている。


『いいだろー、別に。管理者であるキミがいないと、退屈なんだ。ここにいる他のAIたちではまだまだ、話にならないからね』


 本当に暇で仕方ないんだよ、と。

 少女はとかく大きな欠伸をしながら、そう言うのだった。


『それなんだけど、さ。……メティスの他に、成長したAIはどれくらいいるんだ?』

『あぁ、私以外の住人についてかい? そうだね。今のところはまだ、発展途上というところかな』

『そっか、なかなか上手くいかないな』

『そんなものさ』


 こちらが訊ねると、彼女はそう答える。

 メティスが自律して以降、ここの住人たちについては彼女に一任していた。俺だって一般的な学生に過ぎないのだから、趣味に割ける時間は限られている。だったら自分と同等の頭があるなら、使わない手はなかった。


『それでも、面白い変化はあったよ』

『ん、面白い変化……?』


 そう考えていると、ふいにメティスが言う。

 俺が首を傾げて訊き返すと、彼女は少しばかり愉快そうに返した。


『ここの住人たちは、ついにミコトのことを【神】と認識したらしい!』

『はぁ……? 神、だって?』


 それはまた、なんという馬鹿げた話だろうか。

 独自のAIとはいえども、そこまで認識がズレているとは。俺は大きく落胆して、がっくりと肩を落とした。


『おやおや、嬉しくないのかい?』

『嬉しいわけないだろ。神なんて存在、あり得ないんだから』


 すると、そんなこちらの心情を察したのか。

 メティスは少々、不思議そうにそう訊いてきた。俺はまた改めてため息一つ、答えて作業を再開しつつ続ける。


『そんな非科学的な存在は、人間の想像上にしかないんだ』

『ふむ……やはりキミは、面白いね』

『何が、だよ』


 俺の言葉を聞いて、メティスは小さく口角を歪めて言った。

 こういう時の彼女は決まって、軽い皮肉を口にする。




『だって自分の成し遂げた偉業に、これっぽっちも興味を抱かないのだからね』





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