天と地のラグランジュ

キツネ丸。

第1話 始まり

儚げな少女の命は、今まさに尽きようとしていた。

全身を締め付ける圧力は、か細い少女の身体を徐々に徐々に潰していく。

全身を潰される痛みに大きく開いた口からは絶叫と血の泡が溢れ出す。

それでも、少女の瞳には強い希望の光が満ちていた。

これから訪れる自らの死が、閉ざされ壊されていく世界を、そして本当はずっと寄り添ってあげたかった少年の道を紡ぐ事が出来るから。

両手に掴んだネックレスヘッドを強く握りしめ、切に願う。

「・・・あなたに・・・道を・・・」


数時間前


爽やかな風が吹き抜けていく丘陵の中腹。

眼下には所々に点在する大きい豪華な屋敷が、更に下には少し小さな屋敷が並び、その奥には綺麗に造成された街並みが広がっていた。

街は丘から遠ざかるにつれ、小さく質素な物になっている。

遠くに見える海に向けて張り出した桟橋には幾艘かの豪華な船と、大量の漁船らしきものが見えた。

多くの人々の顔には笑顔があり、快適に生活出来ている様子が伺える。

父親に肩車された少女が自分と同じ両側の髪を結んだ人形を嬉しそうに持ち上げて満面の笑みを浮かべていた。

その横では母親が娘の姿を嬉しそうに見つめているよくある幸せな光景。

風に乗った鳥が甲高く鳴きながら、丘に沿って空に高く舞い上がっていく。

丘の上には荘厳さを感じさせる巨大な建築物があった。

あらゆる建造物に素晴らしい彫刻が施されていて、格調高く存在を誇示している。

建築物に続く広い石段を学生らしき姿の男女が談笑しながら向かっていた。

階段を上がり切った先には、大きく繊細な彫刻を施された門がある。

門の先には立派な庭園が広がり、綺麗に整備された石畳みが真っ直ぐに中世の城を彷彿させる建物に続いていた。

立派な建物は、学園という事になるのだろうか?

城とは言ったが一部高く伸びたその形は、船の艦橋のようだ。

仄かに潮の香りを含んだ風が丘陵の草木を巻き込み高く、高く、空に舞い上がっていく。

透き通るような青空に多少の雲、響き渡る若者達の喧騒。

当たり前の風景に妙な違和感がある。

空は定期的に振動しているかのように見えた。

その振動に合わせて強い風が吹き、多くの鳥が飛び立った。

空の一部が黒に染まる程、一斉に。


〇学園内エントランスホール


学園とは思えない程の豪華な作りで正面に見える二階に続く階段は美しい赤いカーペットが敷き詰められていた。

円形上のホールは非常に広く、多数の生徒達で溢れている。

生徒達は皆どこか気品があり、所作に優雅さが感じられた。

社交界のパーティーの様な雰囲気の中、ホール中央で雷の如き怒声が響く。


【気の強そうな女生徒】「このグズ!!」

【臆病な少年】「ご・・・ごめんなさい」


弱弱しい少年の怯えた声が、小さく追随する。

ホールいる生徒達は、小声で囁きあう。


【女生徒A】「ほら、またいつもの」

【男子生徒A】「まったく、飽きないよな、毎度毎度」


ホールの中央で、赤い髪の女生徒が蹲る小柄の少年を叱咤していた。

赤毛の女生徒は端正な顔立ちに勝ち気がはっきりとわかる顔立ち、家のエンブレムらしい金糸の刺繍が豪華に縫い込まれた制服からは格の高い家柄と分かる。

怒り顔も美しいと感じられる美少女ではある。

小柄の少年の方は、大きなゴーグルのような眼鏡を大きな帽子の上に置き、いかにも気弱で軟弱な雰囲気を纏っていた。

少女や他の生徒達に比べて薄汚れた感があり、明らかに格下な存在だと分かる。


【赤髪の少女】「ほんっと使えない!!

あなたが魔法も使えないグズなのは勝手だけど、主である私にまで恥をかかせるのは許せないの!!」

【臆病な少年】「そ・・・そんなつもりは・・・」

【赤髪の少女】「また、そういう言い訳を!」


赤髪の少女が高く手を振り上げた時、横から少年を庇うように抱きしめる人影があった。


赤髪「!!」


振り上げた手は行き所を無くして、わなわなと震えながら降ろされた。

少年を庇った少女をきつく睨みつける。


【赤髪の少女】「どういうつもり?ヨアン」

【ヨアン】「こ・・・こんな大勢の前で・・・や・・・やめて下さい。

      リーデルさん」


たどたどしい舌っ足らずの口調で溢れる涙を必死に堪えながらヨアンと呼ばれた少女は、ぎゅっと少年を抱きしめた。

神秘的な薄紫の瞳がほぼ隠れる程伸ばした前髪、小さな口からは歯の根が合わないカチカチという音がしている。

弱弱しいが、守ってあげたくなる可憐さを秘めていた。


【リーデル】「様・・・が抜けてるわよ」

【ヨアン】「こ・・・この学園の生徒は・・・学園内において、み・・・身分、立場関係なく軍の階級によって平等に・・・あ・・・扱われる筈・・・です」


リーデルは、その言葉を鼻で笑うと乱れた髪を払いのけ、びくっとヨアンは目を閉じて身を強張らせた。

少年はただオドオドと様子を見守っている。


【リーデル】「だから何よ?

       この学園も私の領地にあるし、当然この学園も私の出資で成り立ってるの   

       あなた達と立場が違うのよ」

【ヨアン】「で・・・でも、軍紀で決まって・・・」

【リーデル】「ヨアン・・・「予言者」だから大目に見て来たけど・・・

       それ以上は許さないわ

       私の物を私がどう扱おうと、文句を言われる筋合いは無いわ」


ヨアンの肩に、そっと小柄な少年は手を添えて身を引き離す。

不安気にヨアンが見つめ、小さく頷く少年の顔も不安気だ。


【ヨアン】「ライト君・・・」

【ライト】「ありがとう・・・でも、リーデル様の言う通りだから・・・」


少し怯えた表情で、優しく庇ってくれるヨアンに弱弱しく微笑む。


【ヨアン】「で・・・でも・・・」


ライトに差し出した手をリーデルが強く叩き落とす乾いた音がホールに響き渡る。

成り行きを見守っていた生徒達も身を震わせざわつき始めた。

表情を強張らせながらも必死に涙が滲む目でリーデルを見つめる。


【ライト】「や・・・やめてください」


見た物を射殺すかのような視線を二人に向ける。


【リーデル】「まだ自分の立場が分かっていないようね!」


リーデルの目に赤い光が宿り、振り上げた手の平の上には赤い炎が渦巻き始めている。


【???】「またあなたですか、リーデル」


ホールに響き渡る凛とした声。

長い深紺の髪を束ね、少し大きめの軍帽らしき物に押し込めている。

髪と同じ深紺色の瞳には強い意思と使命を感じさせる光が見て取れた。

少し細身だが均整の取れた体にピシッと制服を着こみ、全ての生徒の模範的な存在に見える。

リーデルが強気なお嬢様とするなら、この少女は強い意志と法を順守する鉄の女のようだ。


【リーデル】「また小うるさいのが来たわね、風紀委員長」


ホールの皆の視線が風紀委員長と呼ばれた少女に集まり、ゆっくりと靴音を響かせながら2階の通路から中央の階段を下っていく。


【アナスタシア】「いい加減、名前で呼んで頂けますか?私の名前はアナスタシア=F=エスカトロイです」

【リーデル】「いちいち小うるさいあんたには、役職名の方が合ってんのよ」

【アナスタシア】「あなたこそ、何度も同じような事で風紀を乱して、家名が泣きますよ」


その言葉にリーデルの顔が怒りに歪み瞳には強力な赤い光が宿る。

他をひれ伏せさせる威圧感が広がり、生徒達は震えあがるがアナスタシアは平然と受け流す。


【リーデル】「あんた、私の領地の居候の癖に、随分な口をきいてくれるじゃない」


リーデルの強い怒気に反応し、アナスタシアの全身に蒼い光が宿る。


【アナスタシア】「この学園内において、家名の立場は関係無いと何度言えば分かってもらえるのかしら?」

【リーデル】「はん、ここは私の領地よ

       ここにある物は全て全て全て私の所有物なの?

       理解出来たかしら?」


アナスタシアは目頭を押さえて、深くため息を漏らした。


【アナスタシア】「ええ、あなたが学習能力の乏しい愚か者だとは分かりました」


リーデルの手の平に集められた炎が一斉にアナスタシアに向かって放たれた。

赤い軌跡を描きながら高速で目標を貫く。

しかし、アナスタシアの前に炎は音もなく消え、ひらひらと雪の結晶が舞う。


【アナスタシア】「学園内で人に向けての攻撃魔法は校則違反です」

【リーデル】「自分の領地で何をしようとも、わたしの勝手よ」

【??】「そういう訳にはいかんな、リーデル」


いつの間にかホールの階段の一番上に白を基調とした軍服を肩に引っ掛けた金髪の女性が手摺に腰かけてキセルをふかしていた。

スラリとした長身で、大きな胸は存在を誇示するかのように張り出すスタイルの良さ。

切れ長の瞳に独特の凄みを宿してはいるが、異性を引き付ける独特の雰囲気を纏っていた。

見つめている男子生徒の頬が紅潮しているのを見て、一部の女生徒が不機嫌になる。

リーデルは、苦虫を嚙み潰したような顔で俯いた。


【アナスタシア】「エメルダ司令・・・」


視線だけで二人をゆっくりと見定めると、長いキセルを口から離し長く煙を吐き出す。


【エメルダ】「軍事行動中でなければ、私はただの学園長だ」


その言葉が終わった瞬間、エメルダはリーデルの前に立っていた。

二人の距離は二階と一階で距離もかなり開いていた筈だった。

だが、気が付くとエメルダはそこに立っていた。


【エメルダ】「例え、ここが枢機卿の領地であったとしても、軍事関連は治外法権だと決まっている。

 お分かりか?」

【リーデル】「・・・」


キッとエメルダを睨みつけ踵を返して学園の奥へと消えていった。

その後ろ姿を見て煙を吐き出すと少し口元を綻ばせる。


【エメルダ】「若いねぇ」

【アナスタシア】「司令・・・」

【エメルダ】「学園長」

【アナスタシア】「では、学園長」

【エメルダ】「何かな?」

【アナスタシア】「学園内は禁煙です」


エメルダは無言で表情を強張らせ冷や汗を一筋流した。

騒動が収まった後、ヨアンが心配そうにライトを見つめる。


【ヨアン】「ラ・・・ライト」

【ライト】「大丈夫だった?ヨアン」


ヨアンは小さく何回も頷いた。

緊張を解いて、力なく微笑む。


【ライト】「よ・・・よかったぁ、ヨアンに怪我でもって思ったら、僕」

【ヨアン】「そ・・・それは。わ・・・わたしの台詞・・・・です」


二人ははっと見つめ合って、顔を真っ赤にすると顔を伏せてどぎまぎしている。

ヨアンはチラッとライトの表情を見ると、小さく微笑んだ。


【ヨアン】「わ・・・わたしは、あなたを導く為に・・・ここにいます」


ライトは言葉の意味が分からず、困惑した表情でヨアンを見つめた。

魔法の才能が無く、リーデルのお付きとして学園生になっているだけの学園きっての落ちこぼれがライトだった。

リーデルは、逆にそこが気に入ってライトをお付きに選んでいた。

従う以外に何の取り柄も無い所が、自分という存在が特別であるのだと満足させるのである。

当然、学園の他の生徒達も魔法の才能を見出され、選抜されたエリート貴族達。

ライトは嘲笑の的となり、いつも小さくなっていた。


『魔法』この世界において、全ての根幹になるエネルギー。

世界が存在する事によって生まれるエネルギー「マナ」、生命が活動する事で生まれるエネルギー「オド」。

この二つのエネルギーを融合させる事によって、「魔法」というエネルギーを顕現する事が出来る。

「マナ」を体内に取り込む為には、独自の器官である「魔術器官」が必要で、この魔術器官の強さは生まれつきの才能として知られている。

「マナ」と「オド」の融合比率により魔法のエネルギーは多種多様に変化し「因子」によってあらゆる属性を魔法として発現する。

「因子」は血統として受け継がれたり、アイテムとして存在する。

「マナ」と「オド」の融合割合と「因子」による変化により無限とも言える魔法が存在していた。

だが、ライトは尋常ならざるオドを秘めていながら魔術器官が未熟な為、魔法を顕現させる事がほぼ出来なかった。

マナを僅かしか取り込めない為に、体内にある異常な量のオドとの融合が出来ないのである。

ライトが出来る事は、オドを込めた物体を作り出すだけの「錬金」しか出来なかった。

「錬金」は、この世界の人間なら子供にも出来る程度の物で魔法としては分類されていなかった。


【ライト】「こんな僕を導く・・・そんな事・・・」


ヨアンから目を逸らし、俯こうとするライトの顔を両手で包み、自分と目が合うように引き上げる。


【ヨアン】「ほ・・・他の誰が・・・なんと言おうと・・・わたしが信じる導き手は・・・ライト・・・あなただけ」

【ライト】「ヨアン・・・」


ぎゅっと強く唇を噛みしめ、弱弱しく握られた拳は小さく震えた。

この世界には「予言者」と呼ばれる能力を持った者達がいる。

「魔法」とは別の才能で、未だ解明されていない。

ただ、世界をより良い方向に導く為に存在し「予言者」に選ばれた者は世界を導く運命を担う。

それ故、「予言者」は権力者に優遇され、担い手として選ばれようとあの手この手を尽くす。

リーデルがヨアンを優遇する理由もそこにあった。


【ライト】「僕は・・・僕はそんなんじゃないよ」

【ヨアン】「ラ・・・ライト・・・」

【ライト】「僕は・・・僕は・・・僕が嫌いだ!

      魔法も使えないし・・・出来る事といったら粘土遊び程度・・・こんな僕が「予言者」のヨアンに・・・認めて貰える筈がないじゃないか!」


堪えきれず零れる涙を見つめながら、ヨアンは小さく首を横に振る。

誰しもが憧れる「予言者」からの選抜・・・しかし、ライトにとっては抱えきれない程のプレッシャーになっていた。

ヨアンが大好きだから、初めて出来た友達で、淡い恋心を抱いた人だから期待には応えてあげたい。

だけど、そう思えばそう思う程、何も出来ない自分が惨めで情けなくなっていた。

ヨアンは、そっとライトの震える拳の上に手を置いた。


【ヨアン】「ま・・・魔法の凄さだけが・・・そ・・・それだけが全てではありません

     わ・・・わたしは・・・命を懸けて・・・あなただから・・・優しいライト・・・だ・・・だから導くの・・・です」


その言葉にぐいっと涙を拭うと、ヨアンに背を向ける。

その後ろ姿は小刻みに震えていた。


【ライト】「でもでも・・・僕はリーデル様みたいな凄い火の魔法なんて使えない・・・アナスタシア様みたいな氷の魔法も使えない・・・世界を担うなんて僕に出来っこないよ」

【エメルダ】「少年」


キセルを取られ、右手を寂しそうにプラプラさせているエメルダが、やり取りを聞いてた上で口を開く。


【エメルダ】「予言者の導きは、どのような査定で選抜されるかは分かっていない」


チラッとアナスタシアを横目で取られたキセルを見ると、キッ睨みつけられ残念そうに肩を落とす。


【エメルダ】「運命ってのは、分からんもんだ。

       死んで当たり前の者が生き残り、生きていなければならない者が簡単に命を落とす

      今の自分が嫌いでも、未来の自分がどんなものか何て分からんぞ」

【ライト】「未来の・・・僕・・・」


すっとライトの手をヨアンは両手で包み込む。


【ヨアン】「ラ・・・ライトを導くのは・・・弱さを知っているから・・・」

【ライト】「弱さ?」


ヨアンは小さく頷く。


【ヨアン】「こ・・・これから・・・信じられない程の困難が・・・怒りが・・・悲しみが・・・絶望が・・・ライトに降りかかる・・・」


皆が「予言者」の言葉に息を飲んだ。

空気が変わっていく。

荘厳で清らかでありながら、絶対的に逆らう事が許されない聖域の如き存在感。


【ヨアン】「あ・・・あなたは一人では無力・・・で・・・でも、弱さを知るあなたは、多くの人と共にある時・・・その力は目覚める・・・

      ライトが作った・・・きょ・・・巨人」


一同の目がライトに注がれる。


【ライト】「で・・・でも、あれは僕のオドを詰め込んだ鉄の塊で・・・」

【ヨアン】「あ・・・あなたは・・・あなたこそが・・・わ・・・わたしが導く者」


誰もが認める弱虫で才能の欠片も無い少年が・・・導かれる者・・・。

嫌疑と侮蔑の視線が集まりライトは俯こうとした。


【エメルダ】「俯くな、少年‼」


ホール響く一喝。


【エメルダ】「少年、女がここまで言ってるんだ。

       応えてやるのが男ってもんだろ。」


ホールがざわつく・・・だが、その時激しい振動がホールを激しく揺らす。

天井を支える柱が軋み、小さな破片が降り注ぐ。

思わず転倒してしまった生徒達もいた。


【エメルダ】「何事だ!」

【兵士A】「報告します!」


ホールの奥より慌てて走り込んできた兵士がエメルダに敬礼しながら報告を行う。


【兵士A】「海洋沖に展開していた対遺骸用防御結解が破壊されそうです」

【アナスタシア】「そんな!」

【エメルダ】「なぜここまで発見が遅れた?」

【兵士A】「分かりません・・・一切が不明でして・・・」

【エメルダ】「第一級戦闘態勢に移行

       出撃可能な兵士達はフル装備の上、港に展開!

       住民の避難誘導を行いつつ、遺骸を迎撃!」


兵士は敬礼を素早く行うと、来た道を大急ぎで戻っていった。


【エメルダ】「アナスタシア、「船」の準備をしろ」

【アナスタシア】「「船」ですか?

         ですが、襲撃は過去にもありましたが・・・そこまでは・・・」

【エメルダ】「今までとは何かが違う・・・

       準備はするべきだ・・・これより、副官として行動し速やかに実行せよ」


アナスタシアも敬礼を行うと学園の奥へと走り去った。

急転直下の状況におろおろしているライトをヨアンはじっと見つめていた。


【ヨアン】「ライト・・・」

【ライト】「ヨアン・・・?」

【ヨアン】「ど・・・どんなに馬鹿にされようと・・・あ・・・あなたが作り出したアレは世界の切り札になる・・・」

【ライト】「・・・あんな・・・物が?

      ただの趣味で作った人形だよ・・・」

【ヨアン】「あ・・・あなたはまだ分かっていない・・・の

      この世界を・・・いえ、もっと大きなモノを・・・い・・・いずれ分かる・・・」


ヨアンには分かっていた。

強者のみが生き残り、弱者を駆逐してきた過去の大戦のように。

新たな、そしてこれまでにない大きな動乱の幕開けを。

そして・・・その中心で必死に戦い抜くライトの隣に自分はいられない事も。

ヨアンの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。


【ヨアン】「いって・・・ください・・・ライト・・・あなたの巨人の元へ」


そっとライトの胸を押し送り出す。

何度も振り返りながらも、光刺す扉を走り抜けていく後ろ姿を見送る。


【ヨアン】「さようなら・・・ライト」


再度激しく揺れるホールの中を少女は一人、たどたどしい足取りで街の方へと向かっていった。

首から下げられたネックレスをぎゅっと掴みながら。


〇学園内教室


横開きの扉から入ると中央の壁一杯に大きなスクリーンのような物があり、その中央には教壇らしき机が置かれている。

生徒の席は教壇から半円の同心円状に広がり、後ろに行くほど高くなっていく講堂のような造り。

生徒達が好き好きに集まり雑談に講じていた。

一番高い席にはリーデルが不満たらたらの表情で隣の女生徒と会話をしていた。


【リーデル】「あ~~~むかつく!何なの偉そうにしてさ」

【タリア】「実際偉いんだから、しょうがないじゃん」


タリアはリーデルの母親の妹の娘で、親戚にあたる。

少々褐色な肌と引き締まった体、緑かかったショートカットの髪とくりくりと動く大きな少し釣り目気味の瞳は健康的な魅力に溢れていた。

リーデルとは同じ年で、幼馴染のタリアは気の置けない存在としてよく一緒に活動していた。

タリアは風系統の魔法を使った近接戦闘を得意としており、よくリーデルと組んで戦闘では良い成績を上げていた。


【タリア】「それに、いい加減ライトなんて拘るなよ

      あんたの父親のお情けって事で使ってやってるだけの無能だろ?」

【リーデル】「ええ、そうよ

       だからこそ、そんなゴミの事で私がこんな目に合うなんて・・・」

【タリア】「だったらほっときゃいいじゃん」

【リーデル】「分かってないわね

       あんなゴミでも見捨てず養ってやるっていうのが支配者の度量ってやつじゃない

      これは姉さん達にも出来ない事よ」

【タリア】「で・た・よ、姉さんライバル宣言」


タリアは小さく肩を竦めた。


【タリア】「家族なんだから、もっと素直に仲良くやっていけばいいじゃん」

【リーデル】「・・・あんたには分からないわよ」


気落ちしているのか怒っているのか分からない微妙な表情のリーデルを見て何か言葉をかけようとした時、教室全体を激しい揺れが襲った。

何人かの生徒が机の上から転げ落ち、悲鳴を上げた女生徒達が抱き合い震えていた。


【リーデル】「な・・・何?」


教室が赤色に染まり、緊急事態を喚起する警報が響き渡る。

教室内の空間から声が響く。


【放送】「第一級戦闘態勢が発令されました

     各員はAコンテナ装備で配置について下さい・・・繰り返します・・・・」


二人は顔を見合わせると、教室を飛び出した。


〇学園内廊下


【タリア】「いきなり第一級となれば・・・遺骸が来たのか・・・でも、突然過ぎるぞ」

【リーデル】「ふざけんな!ここは私がお父様から任された領地

       遺骸なんかに踏み荒らされてたまるか!」

【タリア】「あんたの姉さんは来れないのか?」


タリアを強く睨みつける。

一瞬にして、やばい話題を振ったことを察して目を逸らす。


【リーデル】「姉さんが居なくても問題はないわ

       だって、私が居るもの!」

【タリア】「そうだったな、まぁ今はそんな事言ってる場合でも無いしな」

【リーデル】「タリア、私は街の護衛に出る

       あんたは準備を整えて来て」

【タリア】「バカ!装備無しで行くのは自殺行為だ

      まず装備を・・・」

【リーデル】「その間に、どれだけの犠牲が出るか分からない!

       魔導装備が無くても、私なら魔法だけで抑える事が出来るもの」

【タリア】「ったく、言いだしたら聞かないからな

      分かった、装備を整えて仲間を連れていくから、それまで死ぬなよ」

【リーデル】「誰に言ってるのよ

       私は七英雄の一人、炎のカサンドラの直系よ!

       皆に私の偉大さを焼き付けてやるわ!」


拳を打ち合わせた後、頷いてから二手に分かれて走り抜けていった。


〇沖合の港町


港の波止場は衝撃の為に大きく強い波が激しく打ち付けていた。

定期的に激しい衝撃波が街全体を揺らす。

そして、何かが割れるような不吉な音が響き渡る。

青い空に亀裂が入り、崩れるように黒い靄が侵入してきた。

何かが裂ける音、割れる音、様々な破壊を象徴する音が響き渡り、そこから黒い靄を全身に纏った巨大な人型の遺骸が現れた。


「遺骸」

先の大戦辺りで現れ始めた生けとし生きる者全ての災害。

どの様にして発生するのか?何故、生き物に対し襲い掛かるのか?

人型もいれば、動物、植物、生物ならば殆どが「遺骸」として確認されている。

意思疎通は不可能と言われており、生物とみるや襲い掛かり喰らう。

二人組がいた場合、高い確率で片方に向かう傾向があり、何らかの法則性はあると言われているが解明はされていない。

前大戦は遺骸の出現により、いがみ合う二つの勢力は七英雄の元に集い、遺骸の進行を食い止める戦いに変わった。

大元と思われていた遺骸の王を倒し遺骸災害は解決したと思われたが、その後も散発的に遺骸の出現は続いており、被害は収まらなかった。

何よりこの戦いで七英雄の勇者とその仲間が数人死亡、生き残った英雄達もそれぞれの道へと散っていった。

人類にとって遺骸とは、何よりも恐れねばならない脅威そのものであった。


割れて崩れ落ちる結界の隙間より、流れ出てくる大量の遺骸、遺骸、遺骸。

空を飛ぶ遺骸、海に落ちて驚異的なスピードで港町に向かう遺骸、人型の遺骸は墜落し潰れた音と何かが砕ける音を響かせながらも起き上がり、歪な動きで走り出す。

割れた結界の下には黒い霧が立ち昇り、凄まじき勢いで港町の方へ広がっていく。


【町人A】「い・・・遺骸・・・遺骸だぁぁ‼」

【町人B】「いやぁぁ、誰か助けてぇ!」

【町人子供】「うわあぁぁぁぁあん」


パニックが住民達を支配する。

恐怖に竦み泣き叫ぶ子供の上を鳥型の遺骸が急降下した。

何かが千切れる音、ぐちゃりと潰れる音、消える子供の泣き声。

急上昇をする以外の口には赤黒い何かが咥えられていて、直ぐにかみ砕きごくりと飲み込んだ。

音もなく崩れ落ちた体には、他の遺骸が一斉に襲い掛かり湿った咀嚼音が響く。

泣き叫びながら駆け寄ろうとした女も、直ぐに黒い霧に包まれ湿った音を響かせた。


【町人Ⅽ】「ば・・・化け物がぁ!」


近くにあった棒を拾い上げて、夢中で喰らう遺骸に振り下ろす。

渾身の一撃、確かに人型遺骸の首をへし折った。


【町人Ⅽ】「ざまぁ・・・ひっ」


しかし、折れた首のまま頭だけが町人に向くと一気に太ももに噛み付き、固い物が砕ける音と共に引き千切る。

声に成らない悲鳴を上げる暇もなく遺骸の群れが一斉に襲い掛かる。

身体の部位と言う部位を無残な歯型が埋めていく。

餌にありつけなかった遺骸達は、それぞれの速度で徐々に街中へと移動し始めていた。

人々は引き攣りながら、遺骸とは逆方向へと逃げ惑う。

背後に短い悲鳴と何かを咀嚼する湿った音に目を瞑り、必死にただ必死に足を動かす。

小さい子供が泣いていても、それを気にする余裕は無かった。

むしろ囮になってくれるかもと甘い考えを巡らせるが、泣く子供を無視して遺骸達は、その男に襲い掛かる。

全身に激しい痛みと血を失う感覚に視界がぼやけていく。

男が最後に見たのは、その泣く子供も遺骸に群がられていく様であった。

遺骸達の通った後には、食い荒らされた無残な肉塊と赤黒い水溜りが出来上がるだけである。

遺骸の群れの後から地響きと共に結界を破壊した巨大な遺骸が迫ってきていた。

高さは20mもあろうか・・・。

他の遺骸同様、黒い霧に覆われて細部は分からないが人型である事ははっきりと分かる。

大気を震わせる雄叫びと共に棍棒のような腕が振り下ろされ、一帯を灰燼と化した。

巻き込まれた人々は徐々に人の形を失い、消えていく。

逃げ惑う人々が去った後に、遺骸の群れの前に立ち塞がる人影があった。

身体にぴたりと合ったスーツと頭部を完全に覆うヘルメット、身体の様々な部位に機械的な装備を多数身に着けていた。


【町人Ⅾ】「軍だ・・・軍が来てくれたぞ!」

【町人F】「頼む・・・奴等をぶっ殺してくれ!」

【町人G】「お願い・・・子供の・・・子供の仇を・・・」


口々に遺骸への憎しみを、ヒーローの到着への歓声を受け止め、兵士の一人が群衆に向けて振り返る。


【兵士】「ここは引き受けます!

     皆は学園の方へ避難をお願いします!

     道が分からない場合は、道中の兵士達に問合せ下さい」

【兵士B】「来るぞ、構えろ」


遺骸の群れは目の前に迫っていた。

兵士の装備に光の筋が走り、各装備が一斉に輝きを増す。


【兵士C】「パーティーの始まりは、俺が頂くぜ!」


群れに向かって延ばされた両腕から青白い光が溢れて空間が白く染める。

大気が引き裂かれる音が光の後に響き渡る。

閃光が収まった時、群れの先頭の一団が黒い炭となって崩れ落ちた。


【兵士C】「どうよ、俺の雷撃は」

【兵士】「別にお前のって訳ではないだろ

     前大戦からの画期的な発明「魔導」兵器のお陰だろ」


「魔導」

魔法を主に扱う世界において革新的な発明。

魔法は個人の才能や技術等により威力や効果に個人差が大きく生じる。

七英雄達の中には、魔法だけで奇跡ともいえる大魔法を使う者もいたが、戦略的な観点で見た場合は一部の特出した戦力より、多数の強力な戦力が必要であった。

一人の天才が「魔導」を発明する。

「魔法」のエネルギーを「機械」によりブーストさせる事により、一般的な魔法でも強力な魔法へと変貌させる事が可能になった。

その革新的な発明はあらゆる方面において適用され、人々の生活は飛躍的に向上し、今や魔導はこの世界において切っても切れないものとなった。

そして、軍の装備や兵器も強力な物へと変貌していった。

武器としての魔導兵器は、取り扱いが難しく一定の資格を経て使用可能となる。


【兵士B】「そら、次が来てるぞ」


炭となった屍を踏み砕きながら、遺骸の群れは進み続ける。

強い殺気を漲らせて唸り声うめき声が強くなる。

遺骸の叫びがサイレンのように大気を震わせ、心弱い者は恐怖に捕らわれ、その場にへたりこんでしまう。

だが、遺骸の群れは蹲る町人に目もくれず、兵士達に向かい黒い津波となって襲い掛かる。

隊列を整え、一斉に装備によりブーストされた魔法攻撃を放つ。

崩れ落ちる遺骸を踏みつぶしながら、狂気じみた赤い目をぎらつかせて迫ってくる。


【兵士C】「けっ!ならもう一発喰らいやがれ!」


両手を群に向けて伸ばす。

グジュ・・・

湿った音が聞こえ、伸ばした腕には鳥型の遺骸が嘴を深く突きさしていた。


【兵士Ⅽ】「て・・・てめぇ!」

【兵士】「動くなよ!」


鳥を取り除こうと横に回った時、無数の腕が兵士を捕らえ黒い波の中に引きずり込まれた。

悲鳴は、助けを求めるものから痛みを伝えるものに変わり、そして空気以外が漏れ出す音へと変わる。


【兵士Ⅽ】「くそったれぇがぁ!」


鳥の遺骸を付けたまま、両手に魔導の光が集まる。

ゴンっと鈍い音がした。

頭に兵士の食い散らかされた頭が投げつけられ、兵士Ⅽの頭は半分潰れ、音もなく崩れ落ち、あっという間に群れに飲み込また。

町人達の悲鳴は、徐々に兵士達の悲鳴へと推移していく。

爆発音と悲鳴が入り混じる戦場は、相手の攻撃を一切気にせず突撃してくる遺骸の群れに支配されつつあった。


【リーデル】「なんて・・・事なの・・・」


加速魔法で港町前まで到着したリーデルの眼前には、少し前まで美しく波穏やかに人々が自らの政治に満足して笑って過ごせていた自慢の場所が、今では赤黒い炎が至る所で乱立し、爆発と悲鳴、逃げ惑う人々、大事な人を助けてと叫びながら致命傷を負っていた為そのまま倒れる人、町人を助ける為に先行してきた遺骸に組み付かれ必死に抵抗している兵士。

両方の髪を束ねた人形が、頭の半分を失い血溜まりに倒れていた。

少し前の穏やかな時間は一変し地獄と化していた。

何故、接近に気がつけなかった?マーカーは他の街より多く設置していた筈なのに・・・

頭を廻る疑問に全身が硬直し、父親や姉達の顔が浮かんで冷たい汗が流れ落ちた。

兵士の頭を食いつぶした遺骸が、リーデルに向けて飛び掛かってきていた。

瞬間、リーデルの赤い髪が鮮やかに輝き、遺骸は炎に包まれリーデルの前で炭となり、塵も残さず燃え尽きた。


【リーデル】「随分と人の街で好き勝手やってくれるじゃない・・・

       落とし前はきっちりつけさせてやる」


姉達ならどうするだろう?そんな考えが頭をよぎる。

それと同時に、頼って縋りつきたいという感情と姉達に負けたくないという想いが入り混じって例えようもない焦燥感へと繋がっていく。

音が出る程、歯を食いしばり自らの頬を強く叩く。


【リーデル】「へたれてるんじゃないわよ、リーデル

       ここはわたしが任されている領地・・・姉達ではなく、この私!」


全身から怒りを漲らせて、少女は先に進んでいった。

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