第26話 さすが、ロビーだわ

(あたし、エミーアマーリエ。なぜ、ポボルスキー伯爵家のお屋敷にいるの?)


 アマーリエの胸を去来するのはそんな思いである。

 恐らくは原因になったと思われる男二人ロベルトとユリアンを睨むと示し合わせたように視線をらした。

 「お泊りね」と何だか、嬉しそうな様子に見えるサーラは何も知らないのか、純粋に喜んでいるだけのようだった。

 まるで小動物のようにも見える彼女の様子は愛らしく、見ている者の心を癒す。

 だから、サーラは無罪で男二人ロベルトとユリアンが有罪なのだとアマーリエは半ば決めつけていた。

 二人があからさまに怪しい態度を取っているのも原因だったが、ロベルトとお喋りをしている間に気が付いたら、ポボルスキー伯爵邸に着いていたとしか思えない状況はアマーリエにそのような疑念を抱かせるのに十分だった。


(あたしも何を言っているのだか分かんないけど、とにかく気が付いたら、カブリオレはポボルスキーのタウンハウスに着いてた。どうなってるの!?)


 現在の状況に理解が追い付かず、混乱したアマーリエはとりとめのないことを考えていた。

 なぜ、こうなったのかを思い出そうとすれば、するほどに疑問が湧いてくる。


「エミー。もう日が落ちてきたから、先生を訪ねるのは失礼かもしれないよ」

「そうよね。さすが、ロビーだわ」


 あの時の自分はどうして納得をしたのか。

 それすらも思い出せないアマーリエは首を捻る。

 とにかく、エヴェリーナを連れて逃げることしか、考えていなかった。

 それだけで具体的な計画を何も立てていなかったのが、失敗であると気付いたのは今更のことだった。


 エヴェリーナを離宮に匿ってもらうのが最善だったが、なし崩し的にうまくいった。

 自分自身をどうするのかというところまで考えが及んでいなかった。

 それが問題だということに気付かないままに動いていた。


 そして、アマーリエはふと思いついた。

 ビカンに相談すれば、どうにかなるのではないかと……。

 何の根拠もないのになぜ、そんな考えに行き着いたのかはアマーリエにも分からず、不思議な思いだった。


 だから、ロビーに言われるまで気付いてなかった。

 アマーリエには自覚がなかったが、ビカンのことをいつの間にか頼りにしていたと……。


「エミーはサーラと友達だったよね?」

「ええ。そうよ。彼女とは友達になったの。とてもいい子だわ」

「それなら、ポボルスキー伯爵家はどうだろう?」

「え?」


 こうして、アマーリエが気が付いた時にはポボルスキー邸に着いていたのである。

 『うん。それでいいと思う』なんて、一言も言っていないのになぜこうなったのか、アマーリエには理解が出来なかった。




 ロベルトは空が暗くなる前に離宮へと帰った。

 いざ夜の帳が下りてしまえば、整備の行き届いていない道を馬車を走らせるのは危険だからだ。


 『明日、迎えに来るから』とだけ言い残すと名残惜しそうに去ったロベルトの様子が、気になったアマーリエだがそれを吐露することはない。

 ユリアンとも暫く、何かを話しているのを目撃し、その思いは強くなっていたが行動には決して移さなかった。

 何を話していたのかと気になって仕方がなく、内容が知りたい物のユリアンから、聞き出せるほどに親しい間柄ではない。


 サーラにそれとなく、聞いてもらうのも悪くないと考えるが、やがてそれも無理だと諦めた。

 サーラのいいところは何の邪念もないところである。

 彼女に片棒を担がせる真似をさせたくない。

 そんな思いがアマーリエの中にあった。


 そして、アマーリエはポボルスキー家の懐の深さに驚きを隠せないでいる。

 先触れもしていない急な来客であっても快く、ゲストルームに招くなど容易に出来ることではない。

 そればかりか、伯爵夫妻は家族団欒の場である夕食の席にアマーリエを招待した。

 とても楽しいひと時を過ごすことが出来たアマーリエには感謝の念しかなかった。


 サーラのほんわかとした雰囲気はこの家からこそ、育ったものに違いないとアマーリエは思った。

 ユリアンもかつて思ったような冷たい印象は受けなかったからだ。

 『淑女レディへの子守歌ララバイ』のユリアンは人を人と思わない冷徹な人間として、描かれていた。

 今のユリアンを見るとそんな風には見えなかった。


 それともあんな風に変わってしまうのには何か、強い理由があったのだろうか?

 アマーリエの中に浮かんだ新たな疑念である。


 その日、アマーリエはゲストルームで休む予定だった。

 しかし、サーラの『一緒に寝た方が楽しいよっ』という一言で予定が変更された。


 サーラと二人で彼女の部屋に向かおうとしたアマーリエにユリアンがそっと近づいくと彼女にだけ、聞こえる小さな声で『ロベルト殿下に必要以上に近付かないでください』と囁いた。

 脅そうとしたり、怖がらそうとしているようにはとても見えなかった。

 怯えたように震えた声はまるでアマーリエのことを心配してるとでも言わんばかりの様子だったからだ


 どういうことなのかと腑に落ちず、湧いては消える疑念にアマーリエの悩みの種が増えた。

 『淑女レディへの子守歌ララバイ』のことを知っているのが、自分だけというのは思い込みに過ぎないのではないか。

 そんな考えがアマーリエの中にふと湧いたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る