第14話 ロビーの憂鬱
ロベルトは
第二王子という肩書は本当に単なる肩書に過ぎない。
実質、何の権限もない。
十四歳になるまで生きていられただけでも感謝しなくてはいけない身の上にあった。
ロベルトの母モニカは薄幸の人だった。
ロベルトは耳が痛くなるほどにそう聞かされてきた。
モニカ・ロシツキー。
ロシツキー家は特産品や鉱山もこれといってない平凡な子爵の家だった。
当主も夫人も飾るところのない気さくな人柄が取り柄という取り立てて、優れた能力を有している家ではなかった。
ただ、モニカが一際、目立つ美貌の持ち主だったのが不幸の始まりだったと言われている。
白銀の美しい髪と
ロベルトは母モニカの色を強く受け継いでいた。
モニカにとって、何よりも不運だったのは見初めた相手が
当時、既にディアナ様という正妃がいたドミニク・チェフ王太子はモニカを公妾という身分で迎え入れた。
子爵家の令嬢に過ぎないモニカに断ることなど、出来ようはずがない。
子爵家に過ぎないロシツキー家に申し出を断れようはずがない。
モニカはパネンカ侯爵夫人という称号と広大な敷地を有する屋敷や豪華な贈り物と寵愛を与えられた。
その頃には彼女は全てを諦めていた。
しかし、運命とはかくも過酷である。
生きたいと望んでいなかったモニカは
ロベルトは今は亡き母を思い出し、とても優しい人だったのだと考えていた。
生きる望みもなく、生きている。
生ける屍のような身でありながら、息子を生かそうとした母を思い涙した。
そして、ロベルトは母モニカの命を奪うようにして、この世に生を受ける。
国王となったドミニクは、愛する者を奪ったロベルトを憎んでいる。
ロベルトがそう感じるのも無理はなかった。
モニカの色を受け継いだロベルトを見るドミニクの眼差しには愛情の一欠片も感じられない。
(お母様の命を奪った僕のことを嫌いなんだろう……)
幼心にそうロベルトが思いつめたのも仕方のないことだった。
彼に手を差し伸べる者など、誰もいない。
そのまま、死んでもおかしくない状況だった。
そんなロベルトを引き取り、育てたのがミリアム・ネドヴェトである。
ミリアムとモニカは友人だった。
ただ、それだけの理由でロベルトに手を差し伸べ、助けた。
頼る者とて誰一人いなかった自分にも家族が出来た。
優しくて、頼りになる姉に囲まれ、ロベルトは幸せだった。
そして、
ロベルトにとって、アマーリエは小さく、弱々しい存在。
守ってあげたい大事な妹だった。
マルチナやユスティーナは確かに
確かにいい友人関係ではあったと確信を持って、答えられる。
どこか、他人行儀なところがあったのは誰も否定出来なかったからだ。
アマーリエにはそれがない。
ロベルトを本当の兄のように慕った。
ロベルトもまた、彼女のことを実の妹のように思っていた。
そんな関係がずっと続くと考えていた。
ロベルトもまだ、子供だった。
アマーリエから向けられる視線にいつしか熱が篭り、違うものになってもロベルトは気が付かない振りをし続けた。
もしもアマーリエの想いに応じたら、これまでの関係が終わってしまう。
そう考えたからだ。
それが間違いであるなどと彼は知らなかった……。
「どういうことなんだい?」
その時のロベルト自分でも分かるくらいに間抜けな顔をしていた自覚があった。
それだけ、彼――ユリアン・ポボルスキーの言葉が理解に苦しむ内容だったからである。
「ですから、このままでは取り返しのつかない事態になるんです。是非、御一考ください、殿下」
「しかし、それにしても変な話だとは思わないかい?」
ユリアンは真面目が服を着ているような人間だった。
あまり冗談を言うタイプではない。
そんな彼が真顔で言っているのだから、何か理由があるに違いない。
しかし、アマーリエと距離を置かないと彼女の命が危ないとはどういうことだろうか?
どうにも解せない話でもあった。
「僕を信じてください。この件に関しては妹にも協力を仰いでいます。ネドヴェト嬢と妹が同級生ですから、大丈夫です」
何が大丈夫なんだ? と聞きたいところだがユリアンのあまりに切羽詰まった様子に頷かざるを得なかった。
そのことを後悔することになろうとはこの時のロベルトは知らない……。
クッキーを断った時、アマーリエはどんな
いつも元気なあの子を悲しませるようなことをして、ロベルトは何をしているんだ! と己を責めずにはいられなかった。
アマーリエはあの日から、学園に来ていない。
マルチナやユスティーナに聞いても言葉を濁されるので事情も全く、分からない。
そんな中、アマーリエが久しぶりに登校した。
焦ったロベルトはユリアンとの約束を忘れ、彼女の教室に行ってしまった。
ロベルトはアマーリエを守ろうとして距離を置いたのに何をしているんだと思いながら、居ても立っても居られなかった。
まさか、アマーリエ本人に激しく、拒絶されるとは思っていなかっただけだ。
彼女の
それなのに彼女の心に自分が存在していないとでも言わんばかりに冷たい反応をされた。
(何てことだ。僕はエミーを傷つけてしまったんだ。どんなに後悔しても謝っても許してもらえないかもしれない)
後悔先に立たずとはよく言ったものだとロベルトはそこからの記憶が定かではない。
そこから、どうやって自分の教室に戻ったのかも覚えていなかった。
ふと我に返った時には剣術の授業を受けていた。
ユスティーナがいつも以上に荒れていた。
何に怒りを抱いているのかは分からないが、それを自分にぶつけようとしている。
それだけは確かだとロベルトは確信していた。
考えてみるとユスティーナはこんなにも自制の利かない人だったろうか?
幼い時から一緒だったが、違和感があるとも感じていた。
男勝りで「騎士にあたしはなる!」と棒切れを振り回し、野山を駆け回る元気過ぎる人ではあった。
だが、言い方がぶっきらぼうなだけで家族思いの優しい性格だと知っている。
今のユスティーナはまるでアマーリエのことを嫌っているどころか、憎んでいるようにさえ見えた。
贔屓目でそう見ているのではないとロベルトは考えていた。
そればかりではなく、自分自身をも憎んでいるように見えた。
どういうことだろうか。
(調べてみる必要がありそうだ)
ロベルトは密かに自分も動かなくてはならないと強く、決心するのだった。
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