メルディアは目論む~推しと推しをくっつけるために自分との婚約を破棄させる簡単なミッション~

香散見 羽弥

第1話 推しとは




「メルディア、貴女との婚約を破棄したい」


 幻想的げんそうてきな透き通った青い湖の真ん中。

 その上に建つ白い建物で、沈痛ちんつう面持おももちをした男がつぶやいた。


 私はその言葉に、ゆっくりと顔を上げた。


 すき通る水色の髪に、黄金の輝きを宿した瞳。


 彼は2大公爵家の片割かたわれ、マルティネス家の長男、エドモンド・マルティネス様。

 私の婚約者様だ。



 眉目秀麗びもくしゅうれい才色兼備さいしょくけんび

 この世の賛辞さんじの全ては彼のためにあるといっても過言かごんではない。


 性別が違えば、国の一つや二つ、がったがたと傾いていることだろう。

 それほどまでに美しい人だ。



 けれど今、所在なさげに揺れ動く瞳には陰りが見えた。



「……訳をお聞かせいただいてもよろしいですか?」



 私は声を荒げることも、悲壮感ひそうかんを漂わせることなく。

 ただ無難ぶなんな質問を口に出した。



 いや、理由などわかりきっているのだ。

 これは、いわばテンプレートなやり取りに他ならない。



(……ああ、やっとっ……!!)


 表情に出ないように、頬の内側を噛んだ。

 じんわりと広がる痛みが、現実なのだと告げてくる。


 はたから見たら「婚約破棄を言い渡されたけど、気丈きじょうに振舞おうとしている」みたいに見えてしまうだろう。


 残念。違います。

 そんないじらしい心掛けなど、私にはない。


 私のこれは、悲しみではなく、喜びからくるものだ。

 


(ああ、この瞬間をどれだけ待ちわびたことか……!!)



 私は間違いなく、心を躍らせていた。

 だって、自分の積年の努力がようやく実を結んだのだから。


 どうしてこんなにも喜んでいるのか。

 まずは、私の話を聞いてほしい。



 私には、人生をかけてもいいといえるしがいた。


 一人は婚約者であるエドモンド様。

 そしてもう一人は、アリストラ・ウェディン伯爵令嬢だ。


 私は、この二人のことが好きだ。

 大好きだ。


 というか、好きという言葉では収まりきらない。

 愛しているとも違う。


 ……いや愛してはいるのだが、ベクトルが違うと言えばよいのだろうか。

 もはや崇拝すうはいの対象だった。


 見た目も揃って美男美女。

 性格も地位を鼻にかけたりおごったりすることがない。

  

 そんなの、拝むしかないだろう。


 同じ空気を吸えているという奇跡。

 神に感謝。目の保養ほよう


 まあそれはさておき。



 そんな二人を見た瞬間、私の中にはある願いが生まれてきた。



 ――推し同士が絡んでいるところが見たい



 至極当然ともいえるこの願い。

 それは日に日に大きく強くなっていった。


 けれどもそうするには、自分がジャマだった。

 

 婚約者がいるのに、他の令嬢と二人きりで話をさせることはできない。

 体裁ていさいというものがあるし、良からぬ噂がたってしまってはお家の問題につながりかねない。


 だからこそ二人の絡みを見るには、私が間に入る必要があった。


(違うんですよぉお! 絡みが見たいのであって、そこには必要ないんです!!)


 私は頭を抱えた。

 それにこのままだと、学園を出れば自分とエドモンド様は結婚せざるを得ない。


 そうなれば推し同士の絡みなど、今後一切見られなくなってしまう。

 それは困る!!


 どうすれば穏便かつ最も近くで推し同士の絡みが見れるようになるか。

 いつだったか、友人に相談したことがある。

 

――じゃあ婚約を解消すればいいんじゃない?

――それだぁああ!!


 衝撃しょうげきを受けた。

 これしかないと思った。


 婚約を解消するには理由が必要。

 なら、推し同士好きあってもらえばいい。

 そして私はおとなしく身を引くのだ。


 そしたら万事ばんじ解決!

 お互いに納得した婚約解消ならば、波風もたたない! ……はず!


 そう思い立った日から、私は2人が行動を共にできる様にフォローを続けてきた。


 ある時は、昼食にアリストラ様を招待し。

 またある時は、委員会にエドモンド様を招待し。

 さらにはある時は、学外でお茶会を開いたり……etc.


 とにかくうまい具合に二人がかかわる時間を増やした。

 かつ、お互いの良いところ見せられるように努力を重ねてきた。



 ようやくそれらの努力が結ばれる時が来たのだ


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