第6話 side ライラは奇跡を目の当たりにする
ナイトメア家に来て、あっという間に1週間が過ぎていた。
ここに来る前、婚約破棄を撤回してもらうまで帰らないつもりでいたのに、話はすんなり通ってしまい……。
なんなら私は今、帰りたくないとすら思っている。
婚約を破棄され、ヴァーレリア家に戻った私は針のむしろ状態だった。期待に添えなかった私は、出来損ないの烙印を押され、毎日のように陰口を叩かれ、親戚からも邪険にされた。
全てを呪った。自分の運命。没落するヴァーレリア家。カスのナイトメア家。婚約破棄したレイヴンを。
毎夜毎夜泣いて、それでも変わらない現実に絶望した。
いよいよ腹を括って、全ての屈辱を飲み込んでレイヴンに婚約破棄の撤回をして貰うつもりだった。悔しいけど、無力な自分にはそれしかできない。
それなのに、どうしたことでしょう。
彼はすんなりと婚約破棄を撤回し、まるで別人のように優しい人になった。しかも、なんかすんごい素敵なのだ。
もともと顔は良いのだけれど、なんか今は内面まで素敵……。
毎日のようにキュンキュンさせられています。
今朝、食堂で顔を合わせた際「おはよう。今日もきれいだね。君の瞳は、どんな宝石よりも綺麗で、取り出して市場に並べたら一体どれほどの値段が付くんだろうね」
……びっくりしすぎて何も言葉を返せなかった。
その後ずっと、ナイトメア家の豪勢な朝食の味がわからなかった。ごめんなさい、料理長。なんか、わけがわからないままお腹に入れてしまいました。だって、あんなこと言われたの初めてで。
彼、本当にどうしたのでしょう。
以前はまるで猿のような印象だったのに、いつのまに紳士に。
男の子は成長が早いと聞いたことがありますが、果たしてそれで説明がつくのでしょうか。
でも、実際に別人のようになってるし……。
まあ良しとしましょう。
だって、今とても幸せなんですもの。
今日も彼の修行を眺める。夢中になっている彼の姿は、繰り返すようですけど、かなり素敵です。
珍しい奇跡の力の使い手。私は奇跡には一切の適性がなく、魔法適正は毒魔法にBの適性が出ました。
なかなかの才能ですが、彼のものと比べるとどうしても見劣りしてしまいます。
それに、なによりも……。
彼は必死に努力してる。それこそ寝る時間も惜しんで。けれど、その努力を努力とも考えず、楽し気に、そして使命に向かってひたすら歩き続けている。
彼の抱えている大きな使命が何かは知らない。
きっとそれはとんでもなく大きなことで、私なんかには理解出ないことなのかもしれない。
でも、彼がそうしたいなら、私はどこまでも応援してあげたい。たった一週間の滞在で、無我夢中になり修行する姿、そして毎朝素敵な言葉をかけてくれる彼に夢中になってしまっていた。
まさか、婚約者が初恋の人になろうとは。
「幸せ……」
でもなかなか構ってくれないので、なんとか話題を探してみた。
中庭で、奇跡の力を高めるために祈りをささげているレイヴンに、少し話しかけてみた。
「それだけ力があるのなら、奇跡の力を自分に使ってみてもいいかもしれないわ」
「自分に?」
「あら」
どうやら、彼はあの逸話を知らないらしかった。奇跡に関する知識は彼の方が遥かにあるので、私が助言できることなんてないと思っていた。だけれど、知識を披露できそうで私は鼻高々に教えてあげる。
「かつていた聖女様は、魔王軍との戦いにおいて、騎士様よりも先陣を駆けたらしいわよ」
「……馬鹿なのか?」
「そうじゃないわよ。聖女様はその奇跡の力を自身にもかけることにより、相手の攻撃よりも奇跡の力による再生が上回ったらしいわよ」
「え、まじか。てことは」
私からの情報がきっかけだった。
彼はまた変なスイッチが入ったかのように、ぶつぶつと一人で呟き始め、なにやら新しい修行を構築しはじめたのだ。
どうやら、それには私の協力も必要なようで彼はいろいろ注文してくる。
次の日からさっそく始まる、一風変わったトレーニング。
彼はなんと、巨大な丸太を横に背負って、スクワットという名のトレーニングで下半身を鍛え始めた。
執事のゴードンから体を壊すと注意されたが、彼は奇跡の力を自分に使うことを説明し、暫定的に許可を得ていた。
正直、どうなるかなんてわからない。けれど、彼の覚悟は本気のようだ。死でしまいそうな声を出しながら下半身を鍛え、限界が来たところで奇跡の力で自らを癒す。
休憩を少しはさみ、今度は自身の体を覆い尽くすサイズの丸太を背負って腕立て伏せをする。あらゆるトレーニングがあるみたいで、その全てに常人では考えられない負荷をかけ続ける。
体が壊れてもおかしくないそのトレーニングだが、彼はすぐに自身を回復させ、またトレーニングを再開する。
奇跡の力を利用した、高負荷、高頻度のトレーニングだ。
これを続けたら一体彼はどこまで……。想像すると怖くなるような強さになるんじゃないだろうか。
しかも、これでお終いではない。
午後になると、彼は私に毒魔法を使うように頼んできた。信じられない言葉だった。毒魔法なんて、簡単に他人に使っていいはずがない。王国の法律にも、魔法で他人に危害を加える行為は厳罰に処すという法律があるくらいだ。
毒魔法でなくても、非常に危険な行為だが、それでも彼はそれを求めた。
彼が求めるなら、私に拒否権はない。だって、彼を支える、それしか私にはできない気がしたからだ。惚れた者の弱みね。
このトレーニングにより、毒魔法への耐性だけでなく、魔力そのものへの耐性を得ることができるそうだ。
「この者に毒蛇の呪いを与え給え。ポイズン」
紫色の魔力の球が手から現れ、彼体に吸い込まれる。
「うっ!」
目を見開いて、苦しそうにもだえ苦しむ。
心配した私が駆け寄るが、彼が手で制した。
問題ないらしい。
しばらく気持ち悪そうにして、奇跡の力を行使した。
「ふー。死ぬかと思った。もう一回!」
「ええ……」
逆に私が泣きそうになりながら、彼の要求に従う。
何度も毒魔法を食らいながら、彼はそのうちもっともっとと要求する。マンネリした夫婦が過激なものを求めている感じ似てるかも? 知らないけれど。
「毒魔法を使うとき、毒魔法のシンボルである毒蛇をもっと具体的にイメージした方が良い。イメージが足りないら、我が家に資料がある。毒蛇は巨大で強力な個体がいい。それこそ、ドラゴン種であるヨルムンガンドなんて最高だな」
「レイヴンも奇跡の力を使う際に、何かイメージしてるの?」
「太陽のエネルギーをイメージしている」
よくわからないけれど、彼の話はとても壮大で、いままでにない概念が多かった。
私が彼に好意を寄せているからか、それとも単純に話が面白いからか。彼の話はずっと聞いていられるほど楽しかった。
そのアドバイスに従って、伝説のドラゴンヨルムンガンドをイメージしたら、本当に毒魔法の威力が高まった。不思議なことがあるものね。
その分、彼が苦しむのだけれど……。
「マゾなの?」
「ぐっ、それは違う……うっ」
ちなみに、私もサドではない。
私の言葉から突如始まった、かつてないトレーニング法だけれど、なんとその成果は1週間で出始めた。
朝、食堂にて彼を待っていると、扉を開けて彼が入ってきた。
それはいいのだが……扉の取っ手を持ったまま引っこ抜いてしまった。扉は開けるか閉めるかの二択だと思っていた私の固定概念に、彼は新しい常識を与えてくれた。
扉は引っこ抜けるのだ。
「ごめん。ただ開けただけなんだが?」
彼のトレーニングはどうやら、とんでもない成果を発揮し始めているみたいだ。
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