第2話 誰かを守るためには力が必要だ

 新しい人生が始まった次の朝。


 次の朝!?

 なんで昨日もたもたしていたかというと、ブラック企業で働いていた俺も流石に転生には驚かざるを得なかった。

 家に戻ると、過去の悪行三昧の記憶が次々に甦り、その業をこれから背負っていくのかと思うと、体調が悪くなってきて、朝までぐっすりと寝てしまったわけである。


 明日できることは明日やればいいんだよ! と言い訳しておく。

 しかし、体調が戻った今、俺は推しのミクリアたんの為に人生を捧げることを今一度誓う。


 彼女を守るため、彼女に貢ぐため、救えなかった分まで俺の第二の人生を捧げる物語が始まったのだ。

 ちなみに前世でも、ミクリアたんには随分と貢いだものだ。ミクリアたんのグッズは全て購入するのは当たり前として、全て3点以上所持する熱狂ぶり。展示用、布教用、使用用である。


 転売ヤーは強敵だった。ラスボスダンジョンの敵よりも強かった記憶がある。転売ヤーとの壮絶な戦いを詳細に説明すると一個の壮大なストーリーが出来上がってしまうので、割愛しておく。結果だけ言うと、転売ヤーの汚れた手からミクリアたんを何度も守ってきた。


 そんな俺ですら守れなかったミクリアたんの運命を、今度こそ守る。

 彼女を守るためには、何としても強くならねばならない。

 どんなに厳しくとも、俺は諦めない。今度こそ、絶対に彼女を守ると誓ったのだから。


「ゴードン! ゴードンはいないか!」

 朝から屋敷に轟く声をあげる。

 昨日、俺の暴力を平然と見届けていた(おそらく同じカス)である執事を呼び寄せる。

 ずっと俺に仕えて来た、有能な男だ。

 ナイトメア家はカスの家系なのだが、使用人は非常に優秀と来ている。


 それもそのはず。

 ナイトメア家は王国の建国から続く由緒正しき家系で、領地を持ち、しかも領内からエーテライトの鉱山が見つかる程の豪運を有した一家なのだ。エーテライトは魔法の発達した王国において、非常に幅広く使われている魔法鉱石である。その需要は、建国以来一度として途絶えたことのないレベルだ。

 ナイトメア家は建国時、敵方を裏切って今の王家に寝返ったカスだということも一応記載しておく。

 建国以来の由緒正しきカス一家なのだ。


 そんなわけで、諸々の事情により死ぬほど金がある。

 金があれば優秀な人材が集まるという訳だ。悲しいかな、カス一家にも人望がなくとも金さえあれば集まってくる。


 ゴードンもその一人。

無茶な呼び方だったが、すぐに姿が見えた。

 綺麗な仕草で、しかしそれでいて恐ろしい早さでゴードンは俺の傍までやってきた。


「おはようございます。要件はなんでしょう、レイヴン様」

「ゴードン、俺は強くなりたい」

 唐突な申し出に、ゴードンはその切れ長の目を瞬いた。驚いたのだろう。

 今まで怠惰な生活を送り、弱者をいたぶって、金に物を言わせて全て解決してきた俺だ。


 努力、という概念のかけらもない男だった。


「強くなるのは、簡単なことではありません。非常につらく、厳しい道のりです。レイヴン様が気分を害することになるやもしれませぬ」

「構わない」

 決意に満ちた視線を、ゴードンに送った。


 彼は最初に少し驚いた表情を見せたが、すぐに普段の冷静さを取り戻していた。


「そうですか。では、まずは適正から調べましょう」

 話を進めてくれるようだが、その顔はどうやら俺は信用したわけではなさそうだった。

 どうせすぐに飽きるだろう、という予想のもと子供の遊びに付き合っているのだろう。


 子供、といえばそう。

 どうやら、俺はゲーム内のストーリーの3年前にやって来たみたいだ。

 レイヴン・ナイトメア、12歳。まだあどけなさが残るお年頃。カスを形作る頃合いで、あと3年で正真正銘のカスになっていただろう年齢だ。


 そんな少年のお遊びに数日付き合うくらいならばと、ゴードンは父親に相談することもなく行動に移してくれたみたいだ。

 伯爵家で俺の世話係執事をこなしているゴードンの権力は大きい。国家魔法師の大物を呼び寄せることも可能なレベルで。

 いずれはそんな大物を頼んでみよう。俺の修行に必要そうだ。


 その前に、今は俺の本気度をゴードンに示す時だ。

 彼から与えられた試練を全てこなすとしよう。


「魔法の道に進むにしろ、奇跡の道に進むにしろ、剣の道でも、どんな道に行こうともとにかく、その人の適性を知らなくてはなりません」

 当然のことだ。

 どうやらゴードンは俺の行動を本気とはみなしていないものの、ちゃんと指導してくれるみたいだ。


 しかし、この段階は飛ばしてもいい気がする。

 なにせ、俺は『オデッセイの秘宝』をやり尽くした男だ。当然、レイヴンこと俺の適正も知っている。


 レイヴンの適性はそう。魔法だ。更に細分化すると、炎魔法に適性がある。その才能は恐ろしく、ゲーム内で5本の指に入る程の実力があると言われていた。努力するタイプとも思えないので、真剣に頑張ればおそらくもっと凄い領域まで行ける可能性すらある。


 俺はこれから推しを守るために最強を目指すので、死ぬほど努力するつもりだ。生活の全てを捧げて、3年間で出来るところまで強くなってみせる。

 そうしたら、この体のポテンシャルはどこまで伸びるのか……。自分でも恐ろしくなってくる。


 そういう訳で適性検査は必要なかったが、いきなりゴードンの行動を拒否すると子供の気まぐれだと思われかねないので、一応やっておいた。一応ね。


 水を満杯に入れた『賢者の聖杯』が俺の室内に持ち込まれる。

 本来は大きな教会に一つしかないようなかなりのレアものでも、我が家には当然のようにある。このレベルのレアものを腐らせている宝物庫があるのだ。勿体な。今度漁って、良いものがあったら俺のものにしておこう。


賢者の聖杯には、自身の魔力を少し垂れ流すだけで良い。

聖杯の中の水の変化で、その人の適性を測るのだ。


指示通り、丁寧に魔力を流し入れ、俺は聖杯からの回答を待った。

聖杯の色が2色に輝く。

片方は黒く、しかし少し白が混ざったような濃いグレー。

半分に割れたもう一方は、なんと黄金色に輝き始めた。液体が透明度が消え去り、黄金と見間違うほど濃く染まった。


「……恐ろしい。なんて結果だ」

なに!?

変なことが起きたの?


賢者の聖杯はゲーム中でも出るが、こんな反応は見たことがなかった。


「適性を申し上げます。私の経験則でランク分けするとしたら、魔法適正はA。その年の魔法使いで1,2を争うほどの才能でしょう」

よっしゃー!!思わず拳を握った。


やっぱりそうだ。レイヴンは才能だけで言うと、とんでもないものを持っているのだ。それを確かなものだと再確認できただけでも、やはりゴードンの適性検査を受ける価値はあったかもしれない。


この世界は、間違いなくゲームと同じ設定だ。


「ただし……」

「ただし?」

何か制約があったりする? とか?

やめて、やめて。怖いよ。


「奇跡の適性はS。いや、Sなんてものじゃない。こんな適性は見たことがない!」

語気を荒げて、ゴードンが言ってのけた。

ゴードンが冷静さを欠いたのを始めてみたかもしれない。


非道な行動を取ってきた過去の俺の所業を見て来たが、全て冷静さを欠かなかった彼が、今は目を見開いて、汗まで流して動揺している。


「奇跡の適性……」

俺は思わぬ展開に、少し困ってしまった。






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