「わたしたち、あなたの記憶をまもります」あやかしから溺愛されるメンヘラ先生、猫かぶり既婚者キラー医師と業務結婚する

KUMANOMORI(くまのもり)

それじゃ、結婚しましょう

1

「初めまして、橘川美景さん。それじゃ、結婚しましょうか」

 目の前の男がテーブルの上に三つ折りにされた婚姻届けを出してくる。怜悧な印象の端正な顔立ちの男だ。

長い指で婚姻届けを広げて見せて、私の方へと寄せてきた。どこか日本人離れした顔立ちをしており、色素の薄い瞳が私をとらえる。

ただし、視線を合わせるときには気をつけなければいけない。引っ張られたら「あやとり」されてしまう。


 本局からの指示があったので、私はホテルのラウンジで待ち合わせをしていた。ただし待ち合わせ相手に関する情報は、相手の名前と年齢、スクールの卒業年度だけだ。

ラウンジに行き人待ち顔で立っていたところ、おもむろに近づいてきた高身長のスーツ姿の男性に、

「橘川美景さんですか?」と声をかけられる。うなずけば、出し抜けに先の言葉をかけられた。


――――正気なの?

テーブルを挟んで対面に座る彼の顔を、じっとうかがってしまった。

「あの、こんな指令はお互いに困りませんか?そちらも恋人がいらっしゃるとか?」

「別れて来ました。当然ですよね、我々からすればこちらが本業ですし」

 ジャケットのポケットからキーホルダーを取りだし、くるくると弄んでみせる。

「愛玩物ですか?」

 と尋ねたら彼はうなずいた。思い入れのあるアイテムのことを挑文師界隈では愛玩物という。

彼は「こちらが本業」と言うが、ほとんど稼働していなかったこともあり私からすれば裏稼業だ。

 本局から久しぶりに裏稼業に関する連絡が来たかと思えば、【急遽、結婚せよ】とのメッセージが届き、目を疑った。

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