第三十六話 ついにSSランクへ

 自分の配信での稼ぎが何十万単位になっているのを見た時はさすがに驚いた。

 機械人形の回の配信の再生回数が凄まじ過ぎる。もはやバズったどころの話ではないだろう。


 こうなると開業届が必要になる。そのために手続きはどうしても未成年の俺一人ではできなかった。


 この時初めて両親に配信バレし、「最近、一体どこをほっつき歩いてるんだと思ってたら……」と特大のため息を吐かれた。

 だけれども。


 ――そこまで行ったんだったら好きなだけやりなさい。ただし親不孝になるのだけは許さないから。


 そんな風に応援してくれたのは本当にありがたい。

 もし禁止されたらどうやって続ければいいだろうかとヒヤヒヤしていたので。


 さて、俺はプロの配信者とでも呼ぶべきものになったわけだ。

 実感が湧かないながらもなんだか少し誇らしいような気がするが、大っぴらに自慢したりはしない。知らせたのは光留と花帆以外に、姫川だけだった。


「カズくんすごいじゃん!! アタシなんてこの間に一万フォロー記念配信したところなのに、マジパネェ! 超レア級モンスターに人生で二回も遭遇するのも超ヤバ過ぎだし、なんか強運持ってるっしょ絶対。その運アタシにもちょこっとでいいから分けてちょーだいよー」


「姫川、さんは……」


「あれれ、アタシの配信見てくれてないんだー? アタシはもうすぐ上級試験受けられるかなぁってレベル。いつかヒカルちゃん追い越すつもりだよ。もちろんカズくんたちのこともガチで応援してるけどねっ!」


 姫川はどうやら思い通りにはいっていないらしい。

 彼女からライバル意識が感じられたが、果たして独りで俺たちを超えるには相当の苦労が必要なのではなかろうかと思う。ぜひとも頑張ってほしいところである。


 ……ライバル、か。

 当然、開業届を出している職業・ダンジョン配信者は俺の他にもいて、上には上がいる。


 主にレアアイテム集めを目的とする、中級冒険者雇いの配信者。

 ホームレス故にダンジョン内で暮らしてダンジョンサバイバルをする変わり者や、謎解き好きが高じて仕掛けをひたすら解いて配信する上級者。

 そして――――超上級者の中でも最強と名高い、登録者数二十万人の超有名配信者などだ。


 彼らをライバルと思う日が、いつか来るのかも知れない。

 それより先に自分たちの実力を上げなくては。


 そう考えていた俺は、まるで想像もしなかった。


 俺が配信を始めようと思ったきっかけであり、雑談配信でおすすめと紹介した彼女と出会すことになるなんて。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「『聖なる魔弾』とバットと適度に併用すれば、攻撃力は大きく変わります。何せ貴方は男性のくせにあまり屈強とは言えない体つきでもそれなりには戦えるようになるでしょう。……では、そろそろ次の段階に移りましょうか」


「次の段階って、もしかして」


「SSランクです。今の貴方がたなら滅多なことで死にはしないとわたしは判断しました」


 いつも通り駅で落ち合った花帆にそう言われ、俺と光留は揃って息を呑んだ。

 機械人形レベルまでとはいかずとも、普通に出現するモンスターですら倒すのが困難とされるのがSSランクであり、もはや踏破できる冒険者が幻レベルでしか存在しないSSSランクを除けば、実質の最上位。

 調子に乗って挑んだ上級者が年間十人は死んでいるとされる魔境である。


 その代わりに、アイテムの出現率も踏破の財宝の値打ちも高い。主に超上級者向けとされている。

 だからこそ危険だと知っていてもSSランクに挑む者が後を断たないのだった。


 花帆に導かれるまま、そんなところに俺たちも来てしまった。


 標高が国内有数を誇る、とある山。

 登山道のはずれのひっそりとした場所にダンジョンへの入り口はあるという。


 人気の場所とだけあって道の整備は行き届いているが、少し逸れるだけで雰囲気はがらりと変わって寂しげなものになる。

 響き渡るのは、野鳥のものと思わしき甲高い鳴き声ばかり。


 ついにSSランクデビュー。緊張と興奮の中で小さく呼吸を繰り返す。

 怖い。とんでもなく、怖い。胸中の不安が掻き立てられて、まだ辿り着いていないのに身震いしてしまいそうなくらいだった。


「いい歳をしているくせに怖いんですか?」


 怖いのなら勝手に帰ってもいいですけど、と、花帆に冷めた目を向けられた。……うん、これもこれで怖い。

 俺は激しくかぶりを振りながら自分に言い聞かせるように答える。


「大丈夫だ」


「本当? 加寿貴さん、私が前に出て戦うから無理しないでね」


 剣を腰から抜きながらの光留の気遣うような笑顔と優しさが心に染みる。花帆とは真反対だ。


「配信の手前、格好悪いところは見せられないし。それに俺、こう見えてもプロだから平気平気」


「たかが広告収入で胸を張れるとはお気楽なものですね」


 などと言葉を交わしているうちに、細く続いていた獣道がぷつりと途切れた場所に出た。


「さあ、着きました。つまらない虚勢を張っていないで――」


 行きますよ、とでも言おうとしたのだろうか。

 先頭を歩いていた花帆、彼女の足が言葉と同時にぴたりと止まる。


「どうした?」


「――前方に誰かいます」


 誰か、いる?


 もしかすると登山客だろうか。休日なので、充分あり得る。

 それならば見つかってしまう前に早く入った方がいい。ダンジョンに興味のない一般人は意外に厄介で、要らぬお節介や面倒ごとに繋がる可能性が高い。絡まれると面倒だ。


 そう考えたと同時。

 はきはきとして聞き取りやすい女性の声がした。


「見渡す限りの大自然ですねー。都会の喧騒から離れて聞く野鳥の鳴き声はなんと心地良いのでしょう。原点回帰してたまには山の中のダンジョンというのもいいんじゃないかと思ってやって参りました」


 まるで誰かに、否、画面の向こうに喋りかけているかのよう。

 こんなところで一体何を――?と首を捻りそうになって、けれどすぐに理解に至った。思案を巡らせるまでもなく、俺たちと同じに決まっているではないか。


「……まさか」


 呟いたのは花帆か光留か、はたまた俺か。混乱で鈍る脳ではわからない。

 その間に、おそらく一般人ではないのだろうと思われる女性が、春の日差しのごとき朗らかさでとんでもない名乗りを上げた。


「皆さんこんにちは! MOEです」


 と。

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