第三十話 初のSランクダンジョンと修行の日々②

「案の定ですが足手纏いにしかならないことがわかりましたから、わたしが少しはマシに躾けて差し上げます。貴方がたに一切の拒否権はありません。いいですね?」


 刺々しく吐き捨てるような言葉。

 言うが早いか、彼女は早速スパルタな修行を開始した。


「武器を捨てなさい。そんな重たいものは不要です」


「えっ……!? それじゃあどうやって」


「感覚を研ぎ澄ませ、その身一つで戦ってみれば自然とコツが掴めるというものですよ」


 素手で戦う冒険者なんて、彼女以外では見たことも聞いたこともない。剣や斧がほとんどで、素手でモンスターに挑んだ日には死が確定しているも同然。

 しかもアンデット系は急所を一撃しなければならないという制約があるというのに。


 俺たちから武器を奪い取るようにしてダンジョンに地面に横たえると、「行きますよ」とさっさとダンジョンの奥へ歩き出す彼女。

 ……果たして彼女の後を追って、生きて帰れるだろうか。三人揃って素手だぞ素手。


「とりあえず五体以上倒したら及第点としましょう。それができなければ今回の取り分も全てわたしということで」


 不安はあるし無理だと反論したいものの、光留が嬉々としてついていくので迷っている暇もない。

 第一俺たちに拒否権はないようなので何を言っても無駄だっただろうが。


『ロリ冒険者ちゃん厳しすぎw w』

『ひかるんはかなりいい師匠を引き当てたかも知れんね』

『ガンバレ!』


 コメントの声援に励まされつつ、アンデット系モンスターと拳一つで戦わされる俺たち。

 苦戦を強いられまくって逃げ出したくなったし、何度も何度もゾンビの鉤爪の餌食になりかけた。引っ掻かれてもゾンビ映画のようにゾンビ化はしないが、たとえ万能薬を使ったとしても傷跡の治りが遅いのが特徴で、できればやられたくない相手だ。

 寸手のところで何度も何度も、呆れながら園花帆に助けられた。


「邪魔な武器がない分、小回りがきくはずでしょう。もっと柔軟な身のこなしをするべきです」


「小回りがきくのは君がチビだからじゃ…………」


 ないのか、と口にする前に人でも殺せそうな目つきで睨まれた。というか実際拳を向けてきた。怖い。

 でもチビだからこそサッと移動もできるわけで、俺としては羨ましく思わないでもないかも知れない。いや、さすがにここまでの低身長は嫌だな。


「チビなわたしは大きいお兄さんの力になるなんてできませんので、あとはお好きにどうぞ」


「……すみませんでした」


 死ぬのは嫌なので謝るしかなかった。




 彼女の指導が的確だったのだろう。

 小回りはあまり聞かないものの、いかに素手でモンスターを倒していくかを考えることによって短時間で戦闘力が格段にアップしていた。


 特に光留など、早速回し蹴りと跳び蹴りを習得してしまって、その成長ぶりに舌を巻かずにはいられない。

 ダンジョンの途中にてアンデットへの必殺技となるアイテム『聖なる魔石』を見つけたが、もはや使う必要がないので売り払うことに決めたくらいだ。

 俺と光留でそれぞれ目標の五体も無事倒したので、取り分ゼロという最悪の事態は無事に回避している。


 これでもまだ園花帆には到底敵いはしなかったけれど。


「さて、ついにダンジョンボス戦となりますが、貴方がたが相手をすれば吹き飛ぶ可能性があるので、わたしの行動を目に焼きつけてでもおくといいです」


 彼女の言葉に従い、光留は観戦、俺は配信に徹することに。

 現れたボスは黄泉の国から現れたようなおぞましい死の女王。デスブレスと呼ばれる息を吐くことで、浴びせた相手を速攻死に至らしめるというとんでもない化け物だ。


 SランクダンジョンのボスVS超上級冒険者。

 暗闇の中で懐中電灯の光にぼんやりと映し出されるその光景に期待度が最高潮に達しようとするコメント欄だったが――やはりというかなんというか、実況できなかった。


 放たれるデスブレスをかわしたあと、華麗なる手刀でボスの頭部を打ち砕くことで瞬殺してしまったので。


「相手に行動させる前に倒す。どんな系統のモンスターであれ、これは鉄則です。覚えておくように」


『うわぁ、まさかもう終わりかよ』

『マジであり得ん』

『あっという間すぎて草』

『目と耳を疑った 。ここ、Sランクだよな?』

『ボスとどっちが化け物なのかわからないレベルw』

『そりゃSランクのボスなんて超上級者にとっては雑魚同然に決まってるだろって感じ』

『ロリ師匠が強いのはもうわかったからさ、早くひかるたんの活躍見せてくれ!!』

『ヒカルたんはこのレベルを目指して頑張らなきゃいけないわけか……』


 ボスが倒れてしばらく、次々と書き込まれるコメントに目を向けていると、溢れ出す眩い光にあたりが照らし出される。

 Sランクの踏破の証だ。その約四分の一を分けてくれた。


「ありがとう!!」


「そんなにあからさまに喜ぶと品がないですよ。貴方、貪欲なのですね」


 嫌味をまるで気にせずに「だって、Sランクの財宝は換金すれば結構な値がつくって有名だから」と光留はにこにこ笑っていた。

 俺としても配信はそこそこ伸びたし、地獄のような思いはしたが、今回のダンジョンはかなり実りがあったと思う。


 でも当然ながら修行は一回こっきりというわけにはいかない。積み重ねて実力に繋がるというものだ。

 渋りまくる園花帆をなんとか説得して、翌週にまた潜ることになったのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 修行、修行、ひたすら修行の日々を送る。

 と言ってもダンジョンに潜って修行するのは一週間に一度だが、その裏で二人で運動部に入って毎日のように鍛え始めていた。


 光留は日雇い労働をやめなければならなかったが、定期的にSランク踏破の財宝を得られれば代わりとして充分に足りる額になるとかで、大丈夫らしい。


 入部するのを思いついたのは、園花帆の言葉からだった。

 「師匠はどうしてそんなに強いの?」と問いかけた光留に、あっさりと答えられたのである。


「どうしてと問われましても。特別な理由や信念があるがあるのか、という意味でしたら特にそういうものはありませんよ。部活に勤しんでいたら最強になっていただけです」


 輝かしい記録の数々を持つ彼女は、有り余る力を持て余し……見つけた発散先がダンジョン。ただそれだけだったという。

 ただ部活をするだけで超上級者になれるのはかなり異常だと思うが、効率よく体力と瞬発力、パワーなどあらゆる力をつけられるのは確かだと、実際にやってみてよくわかる。


 真冬だというのに汗水垂らしながら必死でグラウンドを駆け回り、あるいは剣道部で木刀を振るう。

 ダンジョン内では戦いはするものの、おそらく冒険者向きではない俺はひぃこら言わずにはいられなかったが、光留はというと嬉々として訓練していた。


「部活は大変だけど、超上級者になるためならこれくらい全然努力でも何でもないし、同時に高校生らしい青春を謳歌できるって最高じゃない? 私、一生部活なんて入れないだろうなぁって思ってたのに」


「……俺も光留と一緒に部活できて楽しいよ」


「卒業まであと何ヶ月かしかないけど、いい思い出になりそう。部活に入るきっかけをくれた師匠には感謝しないとね」


 平日でも休日でもお構いなしに、学校の授業中以外のほとんどを修行に費やす。

 さてそんな毎日をどれほど過ごしたか……二月の中旬に差し掛かる頃、初めて目に見えての成果が上がった。


 園花帆の助力がありつつも、光留がSランクダンジョンのボスを仕留めることに成功したのである。


 ――それすなわち。


「よくやりました、と褒めてあげましょうか。貴方は上級者になるための試験に参加できる条件を達しました」


 Sランクダンジョン踏破。

 それを果たした光留は、冒険者としての階段を一歩登る資格を得たのだった。

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