第六話 そのあとのこと

 ボスであるスライムを倒してもまだダンジョン内の雑魚モンスターは生きている。

 ナイフはスライム戦の場所にうっかり置いてきてしまったので、手元に武器は何もない。俺はできるだけエンカウントを回避し続け、うっかり出会えば即逃げるという方法でどうにか逃げ延びた。


「でもこのまま出口に行くわけにもいかないんだよな……」


 虫の息とはいかずとも、かなり危ない状態なのは確かだ。

 とりあえず応急処置しないといけない。


 強制強化キノコという代物を知らなかった俺だが、さすがにダンジョン入りに必要な最低限の知識は持っている。

 ダンジョン内で負った傷は科学的な解明が不能、呪いのようなもので普通の医療技術ではどんな手当てをしようと決して治らない。その代わりに傷を癒すもの、それが薬草と名付けられているものだった。


 薬草は大抵どのダンジョンにもあるというから、きっとどこかに生えているはず。

 ダンジョン内を彷徨い、探して探して探し回って――ようやく見つける。


 紅葉色の、形だけで言えば紫蘇のように見える草を千切り、細かくしてから、血だらけの光留の口に押し込む。

 どうやって嚥下させるべきか。必死で調べても方法がわからず、仕方なしに彼女を揺すり起こすしかなかった。


「……ぁ」


「これ飲んで」


 ごくん。

 どうにか飲み込んだあと、再び彼女は意識を飛ばした。


 これで本当に容態が良くなるかはわからない。しかしもうこれ以上俺にはどうすることもできないので信じるしかない。

 あとはひたすら出口を目指した。


 いくら配信が成功しても命あっての物種だ。無事に出口に辿り着いてようやく、張り詰めていた息を大きく吐いた。


 そのあとは冒険者の詰所――今まで一度も行ったことがなかったので屈強な冒険者たちに囲まれて内心ビクビクだった――に行き、光留の治療を任せる。詰所ならば薬草やそれ以上のダンジョン用治療薬もたんまりあるだろう。

 俺は名前と、そしてことのあらましなどをざっくりと話してから帰った。


 せっかく出会えた美少女とろくに言葉を交わすこともなく別れるのは惜しい。だが俺の目的はあくまでダンジョン配信。そして光留は、たまたま助けただけに過ぎないのだ。


「再生回数に貢献してくれたわけだし、それだけでも充分な報酬だよな」


 一回の配信だけでは全然ゲームが買えるほどの稼ぎではないので、もう少し配信者は続けていかなくてはならない。そのうちまた彼女とダンジョンで出くわす機会もあったりするかも知れない。


 ……もちろん、その確率はとてつもなく低いに違いないということくらいわかっている。


 それより次の配信だ。

 スマホを改めて確認すると、配信終了後に再生回数が伸びてもうすぐ五千を達しそうだし、フォロワーもなんと一千人を超えていた。


 初配信は予想外のアクシデントが凄まじかったおかげで成功を収めたが、今回のような無茶無謀をもう一度やるのは無理。俺もいっそのこと冒険者に転身すればソロでそれなりのところをクリアできるだろうが、そこまでの危険は冒したくないに決まっている。


「まあ、ぼちぼち考えるとするか」



 そんな風に呟く俺は考えもしなかった。

 これからたったの二日後、再び栗瀬光留に顔を合わせることになるだなんて。

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