第三話・ごはんは直ぐに食べましょう

それから数日が経ち。

怒涛の日々も過ぎ去り落ち着いていた。

土日が終わり、月曜日になると制服に着替えて学校に通うわけだ。

俺は制服の上着を着て、カバン片手に玄関を出ると、見知った顔の人が待っていた。

「石城くん、おはよう」

「……おはよう。待っていたのか?」

外で待っているくらいなら、俺のスマホに連絡をしてほしいものだ。

女の子を待たせたくはないし、直ぐに出てくるのに。

「はい。これ」


ぽんっ。


氷室さんは、手に持っていた布袋をこちらに渡してくる。

中身はお弁当。

女の子が使っているタイプの可愛い二段のお弁当箱である。

なるほど、みゆさんに言われて俺の分のお弁当も用意してくれたらしい。

「ありがとう。……晩御飯だけならまだしも、お弁当まで用意してもらうのは流石に申し訳ないな」

「気にしなくていいわ。料理は元々好きだからね」

氷室さんの手料理は、母親であるみゆさんも娘は料理が得意と言っていたくらいに、とても美味しかった。

俺の部屋で出来立てを作ってくれたし、熱々の手料理の美味さを知ってしまった俺は感動した。

美味すぎて、即座に一ヶ月分の食費を納めたくらいだ。

美味すぎる。

それは、一食あたり数千円以上の価値がある。

冷めきったコンビニ弁当の日々には戻れないだろう。

温かいごはん。

手料理は、生きる為の命の源だ。

人が作ってくれた料理は、何よりも美味しく、生きる原動力になる。

みゆさんが言った通りである。

氷室さんは、自分の手料理を褒められ、喜んでいたみたいだ。

「ふふん。女の子なら簡単な料理くらい一人前に出来なさいって、ママに口煩く言われていたからね」

ふふんだって。

お姫様かな?

「へえ、女の子だな。俺は料理得意じゃないから、凄いと思うよ」

「別に、これくらい普通よ」

女の子にとっては料理出来ることは普通なのだろうが、それでも男からしたら凄いと思う。

晩飯に炒飯を作って、浮かれていた自分とは大違いである。


氷室さんが作ってくれた料理は、メイン一つに、副菜が二つ。

和風ハンバーグに和え物と小鉢。

野菜多めの献立に、消化のいい味付け。

栄養を重視したレシピは、まさしくママの味である。

愛情が入っている。

ママになれ!

晩ごはんを食べている最中は、みゆさんという、ママの顔がチラついたが、愛情を感じる料理ばかりだった。

しかし、美味しい料理には手間暇がかかるものらしい。

氷室さんは疲れた様子だった。

「私としては、副菜作るのも大変なんだけどね」

「副菜なら、出来合いで上手く誤魔化せばいいんじゃないのか? ほら、コンビニとかスーパーに売っているだろう?」

「石城くんって、現代っ子ね。ああいうの値段が高いのよ。……それに、月々のお金はママが管理しているのよ。下手に無駄遣いして、仕送りが減らされたら困るでしょ」

あの人の機嫌次第で、私の生活が苦しくなる。

母親を怒らせたら怖いのだ。

それを分かっていて、みゆさんは娘に対して無理難題を押し付けてくる。

母親、つええな。

それと、俺の世話をする分のお金も振り込んでもらっている手前、料理の手は抜けないらしい。

普通なら、料理が得意な氷室さんでも手は抜きたいが、それが出来ないらしい。

流石、氷室さんだけあって真面目である。

「ママからもそうだけど、石城くんからは食費をもらっているわけだし、ちゃんとしたもの出さないといけないわ」

「美味しいごはんを食べさせてもらってるんだから、お金を払うのは当たり前だけどな」

氷室さんが料理をする手間暇を考えたら、俺が渡している金額なんて少ないくらいだ。

スーパーで二人分も買い出しをして、わざわざ俺の為に部屋に出向いてまで作ってくれるのだから、感謝している。

俺からしたら、荷物持ちくらいするし、タッパーに入れて手渡しでも構わないんだがな。

「はあ、それじゃお弁当と変わらないでしょ」

氷室さん基準だと、作りたての熱々のものを食べることに意味がある。

それを手料理と言うらしい。

家族揃って同じ食卓を囲むことに意味がある。

氷室さんからしたら、母親の言葉は絶対だ。

食卓とは、美味しいものを食べるだけではなく、家族で会話する場所でもある。

他愛ない話でもいいから、一緒に食事をする。

それを続けていくことが、本当の意味での家庭であり、手料理なのだという。

言いたいことは理解出来る。

しかし、俺は氷室さんの家族ではないけど……。

「そんなの関係ないでしょ」

氷室さんは、強めに否定をする。

それは、俺の場合でも同じらしい。

みゆさんの娘だけあり、人としてしっかりしていた。

「そうだな」

「それにほら、石城くんって真面目なタイプでしょ。ママの前で誤魔化せるの?」

「……えっ、大丈夫だ。問題ない」

俺は顔に出るタイプではないから、完璧にこなせる自身がある。

親指を立ててアピールをする。

それなのに、氷室さんには溜息を吐き、呆れていた。

「はぁ、今ですら誤魔化せていないじゃない。石城くんって、生きるの不器用でしょ」

「そうか? 結構器用だと思うけど……」

「はいはい。石城くんの中ではそうなんでしょうね。じゃあ、私は先に学校に行っているからよろしくね」

お弁当を手渡したから、用事は終了らしい。

「あれ? 一緒に学校に行かないのか?」

別々に登校する意味とかあるのかな。

「一緒に登校して、変な噂になると困るでしょ?」

「いや、俺は困らないけど……」

別に噂されても気にしないし、困るような間柄ではない。

「石城くんは、他人からの評価とか、気にしなさ過ぎるわよ……」

「そうか?」

お隣さんだから一緒に登校してきたと言えば、クラスメートだって納得してくれるはずだ。

氷室さんは、他人に対して深く考え過ぎなのである。

ちゃんと説明すれば納得してくれる。

知り合いが居たら、一緒に登校することだってあるだろう。

何か言われたら、登校時間が被っただけと言えばいい。

男女で行動するのが気まずいからって、別々に登校するとか、そっちの方が気まずいじゃん。

「他人なんか関係ないだろう? それに、せっかく氷室さんと話せるようになったんだから、そっちの方が大切だ」

俺は、名前も知らない他人を気にするよりも、知った人との関係を優先したい。

自分と関わり合いがある、周りの人を大切に思うのが人間だ。

氷室さんとはせっかく繋がりが出来たのだ。

縁は大切にすべきだ。

それに、相手が氷室さんじゃなければ、俺も適度だったはずだ。

知らない人だったら、軽い相槌を打って流していただろうが、俺もみゆさんに氷室さんのことをお願いされている立場だ。

みゆさんに頭を下げられた手前、彼女のことを気にかけてしまう。

氷室さんは、先日の悩みを解決したことで元気そうだったが、それでも心の回復には時間がかかる。

元気そうにしていても、氷室さんを一人には出来ないものだ。

氷室さんは俺を気にかけてくれていたが、それと同じように俺も気にかけていた。

女の子との距離感は分からないけれど、母親からは大切な人なら側に居てあげなさいと言われている。

なら、俺が氷室さんを支えてあげるのは道理であろう。

「ふふ、どっちかと言うと、私よりも石城くんの方が見ていて心配だけどね」

えっ心配?

支えられているのは俺だった??

びっくりしていた俺を見て、氷室さんはまた笑っていた。

大きく口を開け、まるで太陽みたいな笑顔で笑うのだ。

いつもは冷たい人だけれど、笑う姿は可愛かった。

その美しさは、お姫様のように。

……なるほど。

惚れる男子が多い理由も分かる。

氷室さんは黒髪美人で、透き通るような瞳。

その制服姿も、学校の顔と呼べるほど似合っている。

彼女ほど完璧な人はいないだろう。

性格以外は、な。

しかし、笑っている姿を見ていると、俺まで同じ気持ちになってくる。

釣られて微笑してしまう。

「へえ。石城くんって笑うんだね」

「え、それくらいするだろ。俺だって人間だぞ?」

「普通はしないわよ、その返し」

彼女の笑いのツボにハマったのか、また笑われた。

なんだよもう。

俺が何をしたというのだ。

氷室さんと仲良くなったのはいいけど、関係性がおかしくないか?

遊ばれていた。

氷室さんは、困っている俺を見て笑う。

やっぱこの人、性格悪いな。

仲良くなっても、あくまでいけすかないお隣さんなのは変わらない。

……はあ、なんで俺達は出逢ってしまったのか。

悩みは絶えない。

しかし、お弁当で餌付けされた手前、文句は言えないのだった。

お昼ごはんが楽しみである。



神視点。

同日。

昼休みになると、姫乃の周りには可愛い女の子。

カースト上位の女子達が集まる。

綺麗な人は、友達も綺麗である。

そんなルールがあるかのように、同じような人種が集まるのだった。

氷室姫乃。

彼女からしたら、女の子が好きそうな美容や彼氏の話には興味がない。

そもそも、姫乃は自分から自分の話をするタイプでもなく、人付き合いも悪いから、他人の趣味嗜好を覚えるのもつらかった。

恋バナを楽しそうに話す気持ちが理解出来ない。

所詮は、学生恋愛だ。

結婚するほど愛している人ならまだしも、学生が好いた惚れたと言われても困るものだ。

姫乃が聞く話は恋バナばかりで、積極的に話したい内容ではなかったが、昼休みに一緒に食事をしてお話をしたいと慕ってくれているためか、無下には出来なかった。

姫乃は性格は悪いが、面は厚い。

皆が可愛いと言ってくれるその笑みで、相槌しながら話を合わせ、間を持たせる。

取り巻きの女子は、幸せそうに微笑む姫乃の気持ちなど露知らず、悪気なく話を振る。

話題としては、女の子ならありきたりなもの。

ハヤトが女子の人気ランキングを聞かれたように、姫乃も男子の人気ランキングを聞かされていた。

「……へえ、そういうのやっているのね」

姫乃からしたら興味がなさ過ぎたが、平然とした表情で否定しないようにした。

知らない男子がカッコイイとか言われても、イメージすら出来ないから適当に流しても罪悪感もない。

名もなき男子には悪いが、全く知らないで通せばいい。

現に、他のクラスのイケメンの名前を出されても分からないのだった。

まあ、元々姫乃は、勉強や運動に時間を費やしている人間だから、その手の話に疎くとも問題はない。

「そーそー。うちのクラスだと、石城くんが人気らしいよ」


身内!?

いや、身内ではないけれど。

姫乃は動揺し過ぎて、飲んでいたお茶を吹きかけた。

鼻の奥に入りそうだった。

周りには気付かれなかったようで、女子達は続けて話す。

「クラスの連中は、中学生気分のガキが多いけど、石城くんはいつも落ち着いているもんね」

「私、黒板消してもらうの手伝ってもらった! 石城くん、私のこと好きかも!!」

「それはアンタの背が低いから助けてくれただけでしょ」

飛び跳ねて黒板を消していたから、手伝っただけだ。

「……この前なんか、オタクの子が花瓶の水変えてたの手伝っていたし、石城くんが優しいのはアンタだけじゃないよ」

それ以外にも、男子が勝手に帰った放課後の掃除を手伝ってくれたり、プリントを運ぶのを手伝ってくれた。

普通に考えれば、ハヤトのしていることは褒められること。

男らしい行動だったが、姫乃からしたらイライラしてしまう。

それはそうだ。

自分のことを助けてくれた人間が、他人にも同じように助けていたら嫌だ。

姫乃の懐いていた感情は、嫉妬に近いが、それだけではない。

そもそも他人を気遣っている場合ではない人間が、他人を助けるな。

自分の幸せを第一に考えろ。

そう思っていたのだ。


ついこの前。

ハヤトの部屋に料理を作りに入った時のことだ。

引っ越して一月経つ男の子の部屋のはずが、病室並みに殺風景だった。

妹の未姫ですら、漫画やゲームくらい持っているのに、それすらなかった。

多分、石城くんは自分が生きることに興味がないのだろう。

あの性格は生来の部分もあるが、それだけではない。

最愛の家族を失った悲しみは、計り知れないのだ。

生物としてはかろうじて生きているが、精神は確実に死んでいた。

幼い頃の自分のように。

見ているだけで辛くなる。

だから、姫乃は精一杯、自分に出来ることをするしかなかったし、頑張って料理を振る舞った。

料理の手間がかかっても、美味しいものを食べてもらえるなら苦ではなかった。

今日、お弁当を持たせたのだって、心配だったからだ。


ハヤトは、女子から人気だというのに、ぼっち飯である。

無表情で姫乃が作ったお弁当を食べていた。

離れたところから見ると、それが格好良く、それでいてミステリアスに見えるのだからタチが悪い。

こいつは、無口ではない。

何も考えていないだけだ。


内情を知る姫乃は、無駄にイケメン扱いされて持て囃されている石城ハヤトに苛立ちを覚える。

「石城くんは、多分何も考えていないわ」


姫乃、キレる。

冷静な笑顔で、声色だけは怖いのだ。

他の女子達は、事情は知らないがカースト上位だ。

人間の機微には敏感だった。

察する。

お姫様が挨拶しても無表情だったことがある。

それを思い出して、ムッとしていたのだろうと。

「石城くんは女の子に興味ないだろうから、氷室さんが挨拶しても反応薄くても仕方ないわ」

「年上好きそうだし」

「あの落ち着きようだし、中学からずっと付き合っている彼女くらいいるでしょ」

それは姫乃に対する優しいフォローではあったが、的確に姫乃の精神にダメージを与えていた。

恋心を多少なりとも懐いていた。

そんな人の恋バナは致命傷だ。

姫乃は、自分の素性を知る者同士、ハヤトに対してみょうな親近感が湧いていたが、それでも他人なのである。

お隣さんだが、男女としての認識はされていない。

ハヤトからしたら、姫乃のことを女の子としては何とも思っていない。

困っていたから助けたに過ぎない。

その事実を知ると、悔しくなってくるのだ。

女子の一人は立ち上がり、提案する。

「石城くんを呼んできましょ。その方が分かりやすいわ」

好奇心は人を滅ぼす。

姫乃からしたら、石城ハヤトは見えた地雷だったが、同調圧力がある状態では止めることも難しい。


ハヤトは呼び出され、女子しかいないテーブルの空いた椅子に座るように促される。

真ん中に座る姫乃を一瞬見て、視線を元に戻す。

「はあ、何かようか?」

ハヤトは、女子相手に好かれる素振りも一切せず、椅子に座る。

あからさまに、面倒事に巻き込まれた表情をする。

それはそうだ。

お昼ごはんを美味しく食べている最中に話しかけ、食事を中断させるなんて、日本人としてはあるまじき行為である。

しかも、自分を話の種にして盛り上がる。

そんな、絶対に飯が不味くなる席で相席してほしいとか、普通では有り得ない。

明確な拒否をしてくるハヤトに、話を切り出せる者はそういないだろう。

女子達はカースト上位だとしても、文武両道である姫乃と比べたら顔だけしか取り柄がない。

ハヤトみたく、他人に興味がない人間からしたら、顔だけのステイタスなど評価対象にはなり得ない。

可愛い女の子なら男子は許してくれるでしょという顔をしているが、それを無視する。

ハヤトは優しい人という認識を全て吹き飛ばす。

いや、逆に優しい人間から嫌われているという事実に気付かされる。


姫乃は、流石に空気が悪くて嫌だったので、ハヤトに軽い話を振る。

「石城くん。こうしてお話するのは初めてだし、少しくらいはいいでしょう?」

「……そうだな」

女子達は、ハヤトが氷室さんに対しては大人しく従うのを見て、意中の相手が氷室さんなのではないかと感くぐる。

石城くんもやはり、綺麗な女の子がタイプの普通の男の子なのか。


「ああ。氷室さんと話すのは、これが初めてだもんな」

「ええ、そうね」


喧嘩してる?

二人の間には、不穏な空気が流れていた。

好きなの?

好きじゃないの??

どっちなんだい。

ハヤトが話を振る。

「んで、何の話をしていたんだ?」

自分が名指しで呼ばれたのだから、話の流れ的になにかあったはずだ。

そう問いかけると、女子達は説明してくれる。

「一年生の男子でカッコイイ人のランキングやってて、うちのクラスだと石城くんが人気って話をしていたのよ」

「俺が? 顔がいいやつなんてごまんといるだろうに……」

一年生が二百人以上いるとして、ハヤトの顔など数十位に入っていればいい方だ。

そもそも、あまり笑わない感情が薄い人間なんて、どう考えても魅力はない。

向日葵のように笑う女の子が可愛いように、笑顔でいて、幸せな人はそれだけで人の目を惹く。

氷室姫乃が綺麗なのは確かな魅力だが、それ以上に両親に愛されていて幸せな人だからこそ、みんなに好かれていた。

ハヤトにはそんな分かりやすい魅力はなかったし、他人に誇れるような部分はない。

ピンクのインナーカラーをしたギャルはどや顔をする。

「チッチ。……女の子は、顔だけじゃなく社会的立場や性格も加味して、カッコイイ人を選んでいるんだよ」

どやっ。

なんやこいつ。

アホみたいな髪色して。

お前が恋愛を語るな。

しかし、男の子がいる手前か黙っている女子達である。

「ほら、石城くんは色々助けてくれるから、女子からの評価が高いのよ」


「そうか? 困っている人がいたら助けるのは普通だろ?」


……その普通のことを、この場でサラッと言えるからイケメンなのだ。

格好付けず断言した。

女子達は、その男の子としての言動にキュンキュンしちゃう。

好感度が爆上がりである。

キスも余裕で出来るくらいに好き。

週末にデートの予定を入れたいくらい。

ゲシッ!

痛い。

ハヤトは、机の下から蹴りを入れられる。

なんで君は、蹴りを入れてくるの?

一番知った仲。

氷室姫乃は、石城ハヤトに対して苛ついていた。

イライラし過ぎて、無意識に足が出た。

その張本人は、知らぬ存ぜぬである。

「そうだ。男子も女子ランキングやってたんでしょ? 石城くんは誰に入れたの??」

足に蹴りを入れられた直後。

不意に話を振られた為か、ハヤトは素で答えてしまう。

「……一番可愛い女の子って言ってたから、氷室さんだが?」

馬鹿。

ハヤトは趣旨通りに一番可愛い女の子に投票しただけだったが、この場でそう答えたのは間違いであった。

それは、全ての人間に対する牽制だ。

石城くんは氷室さんが好きであり、その意思表示を教室全体、本人の目の前でした。

愛の告白。

そう捉えていた。

実際にはただの馬鹿だが、それを知るのはハヤトと付き合いがある姫乃だけしか知らない。

これ以上自体をややこしくするな。

ゲシッ!

もう一発、蹴りを入れる。

「なるほど」

可愛くてお淑やか。

お姫様と称されるだけあるのだから、もっと私のことを褒めろ。

そう言いたいのだろう。

なるほど。

お弁当の件もあるから、手伝ってあげるべきだろう。

ハヤトは、真逆の意味で納得していた。

「……彼女ほど綺麗な人は、この世に存在しないだろう。透き通るような目が綺麗な人だ」

芸術点を高めるな。

大和撫子の如く、氷室姫乃の黒い長髪と瞳は、綺麗だった。

それだけで、彼女は魅力的とも言えるほどだ。

初対面の人間が、可愛さを語る。

クラスメートからしたらそう思えるものだったが、ハヤトの言葉には姫乃に対する確かな信頼感があった。

姫乃のことを可愛いと言う男子は多いけれど、我が子を愛でるようにそう語るのだ。

みんな、カースト上位で集まっているだけに過ぎないグループかも知れないが、それでも姫乃のことが大好きだ。

お姫様に対して、憧れと尊敬を持っていたはずだ。

だから、そんな氷室姫乃に、意中の相手が出来て、隣に男の子がいるのは嫌だった。

「まあ、でも、石城くんならありかな~」

悩みに悩んだが。

女子達は自分を納得させた。

学校には、ハヤトとよりもイケメンの男子は多いが、彼女を任せられるような責任感がある男性はいない。

及第点だけど。

甘々採点だけど。

それでも、石城くんなら、氷室さんを大切にしてくれる確信があった。

クラスメート公認カップル誕生である。

なんて、いい話なのだろうか。

まるでそれは。

お姫様を守る騎士様。

涙を流しての拍手喝采だ。


「え、別に氷室さんのことは好きじゃないけど?」


「???」

「???」


女子達の頭がバグっていた。


「はぁ……」

姫乃は頭が痛くなってきた。

何故、こんなことになったのだ。

みんなは、ハヤトの天然っぷりに驚愕していた。

なんやこいつ。

正気か?

真顔で反論するなよ。

それが正しい反応だ。

しかし、姫乃は少なからず彼の本質を知っている。

ハヤトは学校での行動こそ、優等生であり無口で真面目だったが、どこか抜けている人間だ。

特に他人との距離感はバグっていた。


姫乃への評価もまた、あくまでそれは世間一般的な評価。

お姫様という外側からの評価をそのまま言っているだけだ。

ハヤトは、姫乃のことを異性として認識していない。

まあ、そういう人だし。


頭がピンクな女子は、テーブルを叩くように乗り出してくる。

「なんでよ! お姫様はめちゃくちゃ可愛いぢゃん!! 好きになってよ!!!」

学校で一番可愛い女の子である。

男子はみんなお姫様が好きなはずだ。

姫乃を選ぶのは当然だ。

異端なのは、彼である。

「……そう言われても。好きな人は顔で選ばないから。性格だから」

もしも顔で選んでいたとしても、この場で顔が好きとか言えるか。

男からしたら、顔や乳で女の子を選んだとしても、性格が好きって答えるものだよ。

「でも、姫ちゃん。性格もいいじゃない」

性格もいいじゃない。

性格もいいじゃない。

いいじゃない。

いいじゃない。

「……」


「そうだね」

「なんでリフレインしたの??」

ハヤトの脳内に溢れ出るは、今までの記憶。

姫乃と過ごした出来事を思い出す。

初めて出会ったこと。

それからのこと。

脳内時間で数刻が経過した。

いや、どう考えても、姫乃の性格は良くないだろう。

他人を巻き込むし、自分の美貌を有効活用して媚を売る。

いい性格をしているという意味では正しいが、この場合の言葉は違うだろう。

ハヤトなりに言いたいことはあったが、相手は氷室姫乃だ。

お姫様みたいな美しさ。

ヒロインの笑顔だ。

自然とみんなに好かれ。

自分の腹黒さを隠し切る外の面が厚い女に、真っ向から正論を言ったところで裁かれるのはハヤトである。

痛い女ほど、周りには良く見えるものだ。

女子達は、強調する。

「ほら、完璧な美少女だよ」

べべーん。

集中線。

いや、だから氷室さんは完璧ではないだろう。

ハヤトは、付き合い切れなくなる。

「まあ、そうなのかも知れないが、別に氷室さんだけではなく、他の人も同じくらい可愛いと思うけど……」

他の女子達だって、姫乃ほど華やかではないにせよ、普通に美人である。

学校やクラスが違えば、一番人気だったのは彼女達だろう。

なまじ口調や仕草は今どきのギャルらしく、やや女性としての品位には欠けるが、他人を下に見るような性悪な部分があるわけではない。

見た目に似合わず、真面目である。

ハヤトから見ても、普通に女の子として魅力的だ。

「じゃあ、アタシと付き合う!?」

じゃあってなんだ。

ハヤトは丁寧に断りを入れる。

「……いや、遠慮します」

彼氏が居ない系女子。

テーブルを乗り越えそうな勢いで、申し出てきたのは何なのだ。

徹頭徹尾、お世辞だよ。

クラスの女の子は普通に可愛いが、ハヤトはそれでも女の子に興味がなかった。

その理由は、目の前の氷室さんが嫉妬深く、殺す勢いでガン付けてきていたからではない。

他の人からは見えないからといえ、人間の見せる眼光ではなかった。

何故、殺されなければならないのか。

女とは、自分の男ではなくとも嫉妬深く、他人に取られるのが嫌いな醜い生き物である。

キスやエッチをしてあげる気もない女から向けられる恋愛感情ほど、男からしたら気持ち悪いものはない。

好きと言うならスパチャを寄越せ。

思いだけで好きと言われても困るのだ。

物理的なもので判断する。

男の子の恋愛はそういうものだ。


それはさておき。

ハヤトは、姫乃のことが怖いわけではなかった。

単純に、この女子達と深く関わり合いたくなかったのだ。

彼は、問題事を嫌う。

一年生の春から、問題を起こしたくない。

ゆっくり過ごしたい。


とはいえ、普通ならば、可愛い女の子とお話をして、嬉しくない男の子などいないのだ。

それ故に、無駄に嫌がるハヤトが特殊なだけなのである。

いや、違う。

「お昼ごはん食わせろや……」

女子達は盛り上がると。

ハヤトの昼休みが終わっていく。

自分の机に置いてきたお弁当箱には、半分以上ごはんが残ったままだった。

成長期の男の子。

そんな貴重な昼ごはんを止めさせた時点で、ハヤトからの好感度が上がることはないのだった。

飯の恨みより怖いものはない。

花より男子である。





おまけ。


新しく買ってもらったリュック。

その横には可愛いキーホルダー。

「ハヤちゃん待っててね」

妹ちゃん。

未姫ちゃんは、仲良しな二人のいる自宅に乗り込むのだった。



次回、いけ嫁。


第四話・いけすかないお隣さんの妹ちゃんはお泊りだった件。

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