第二話 山の中の道


 サイモンドが家からたくさんの荷物をまとめて、パンパンに膨らんだリュックを背負って戻ってきた。カルロとニッキは呆れていたけれど、ちゃんと本人が持つ約束を守っているので、何も言わずに歩きだす。

 今の列の先頭は僕だった。地図に乗った山へ案内することになっている。近道になるからと、村のお店が多い通りをシュルツと並んで皆を誘導していた。


 ふと、シュルツが前の方に誰かを見つけたみたいで、尻尾をぶんぶん振りながら、大きく吠え出した。目を凝らしてみると、酒屋の前で僕の父さんとレンの義父のポールさんが並んで立っていた。

 どうしようかと、ぼくらは目配せしあうけれど、いい迂回方法が見つからない。仕方なく、そのまままっすぐ進んでいたら、当然僕の父さんが、酒瓶を抱えて上機嫌に話しかけてきた。


「おう、ウィリー。みんなとどこに行くんだ?」

「ちょっと山の方に」


 下手に誤魔化さずに、半分正直に話した。まさか父さんも、地図に乗った山ではなく、子供たちがいつも遊ぶ山に行くのだと思い込んでいるようで、それ以上追求せずに納得して頷いている。

 ただ、ポールさんは首を捻っているから冷や冷やした。重たく立ち込めた雨雲を指さす。


「雨が降り出しそうなのに? 山で何するのか?」

「宝を……」


 義父の質問に対して、誤魔化さずに喋ろうとしたレンの口を、隣のカルロが慌てて塞いだ。そうして、彼の代わりに笑顔で話す。


「別に、何するってわけじゃない。なんか、あっちに無いかなって。なあ?」

「う、うん。追いかけっことか、かくれんぼとかしようと思って」

「傘は持っているから、雨が降っても大丈夫ですよ」


 カルロがこちらを見たので、ぼくも言い訳を重ねる。サイモンドも、リュックをポンポン叩いて笑った。それを見て、ポールさんも「そうか」と頷いてくれた。

 レンは嘘が苦手なので、なんでも正直に話してしまう。でも、今回のように危なかったのは初めてだった。カルロが非難する代わりにじっと見つめるけれど、本人は今も平然としている。


「ねえ、そろそろ行こうよ」

「ああ、ケイ。じゃあ、行ってくる」

「気をつけてな」


 ケイが小さな声で催促したので、カルロの一言に乗って、ぼくらは堂々と再出発した。父さんが手を振るのを背に、歩いていく。

 ポールさんが本を持って帰ると言ってくれたので、それを渡していたレンが、駆け足で合流した。そして、ポールさんと同じ角度で首を捻りながら尋ねる。


「なんであの時、私の口を塞いだんだ?」

「そりゃ、大人に首を突っ込まれたら面倒だろ」

「宝が見つかったら、六人だけで分けたいからね」


 やっぱり、宝探しを秘密にしている理由を分かっていなかったレンに、カルロは呆れつつ説明してくれる。サイモンドも苦笑していた。

 ニッキが、小さな、でも弾む声で言いだした。


「ね、宝が見つかったら、何欲しい?」

「俺は自分だけの家を建てたい」

「何だろうなぁ。美味しいものをたくさん食べたいかなぁ」

「シュルツと一緒に遠くに行ってみたい。海とか」

「……あたし、綺麗なドレス」

「大きな本棚」

「私は、色んな宝石を集めたいなぁ」


 カルロ、サイモンド、ぼく、ケイ、レン、ニッキの順番に、欲しいものややりたいことを周囲の大人に気付かれないように、小声で上げていく。

 そうやって、金銀財宝への期待感を高めながら、ぼくらは村を行進していった。






   ///






「ここの、どこが、遭難しない、山、なんだよ!」

「……ごめん」


 ゼイゼイと息を切らしながら、目尻を吊り上げたカルロが主張する。彼のすぐ前を歩いていたぼくは、振り返って謝った。

 父さんと猟でよく来る山だから、ぼくとシュルツは慣れているけれど、他の子供たちには急斜面だったらしい。地図にあった道までまだ距離があるけれど、みんな息を切らしている。


「一度休憩しましょうよ」


 一番後ろを歩くケイとレンを見て、ニッキがそう提案した。丁度、二本の倒木が向かい合っている場所があったので、そこにそれぞれ座る。

 サイモンドが持ってきた瓶の水をカップに入れて、回し飲みした。シュルツも、ぼくの手にこぼした水をぺろぺろ舐めていたけれど、休むつもりはないみたいで、急に走り回りだした。


「シュルツは元気だな」

「ここは庭みたいなものだからね」


 ちょうちょを捕まえようと、ぴょんぴょんは寝ているシュルツを見て、カルロが恨めしそうに言う。

 空を見上げると、村にいた時よりも色を濃くした灰色の雲が、木の枝の隙間から見える。帰り道で降ったりしないかな、と思っている僕の肩を、隣に座ったレンガ叩く。


「宝まであとどれくらいだ?」

「えっと、あと十分くらいかな」

「俺たちの足だったら、二倍かかるだろうな」

「あー、そうかもね」


 カルロの厳しい一言に、僕は苦笑した。冬なのに、汗を流している彼らを見ると、僕はいつもこの山を駆け回るのが普通になっているのだと感じた。

 ただ、サイモンドは座っているのに、心配そうな顔で辺りを見回している。「どうしたの?」と尋ねると、思った以上に真剣な顔を向けた。


「ここで休んでいたら、狼とか熊とかに襲われないかなって、心配になって」

「大丈夫だよ。ここら辺にそんな危ない動物はいないから。せいぜい鹿ぐらいだから」

「狼か。昔は牧場にも、よく出ていたらしい」

「うん。ぼくのおじいちゃんくらいの時代は、そうだったって聞いたよ。羊や牛もよく襲われていたって」


 ぼくとレンがそんな話をしていると、正面でそれを聞いていたケイが、「怖い……」と身を震わせる。それを安心させようと、ニッキが優しく「大丈夫よ」と頭を撫でていた。

 「そろそろ出発しようか」というカルロの一言をきっかけに、ぼくらもめいめいに立ち上がる。また、地図を持ったぼくが先頭になって、みんなを後ろに進んでいく。


 カルロが言う通り、休憩から出発して二十分ほど経ってから、目印の糸杉と道具小屋が隣り合っている場所に辿り着いた。あとは、この間を登って、宝を目指すのだが……。


「いや、無理だろ」


 そこは、ほぼ垂直に近い崖になっていた。カルロの呟きに象徴されるように、周りのみんなも愕然としている。

 ぼくは、この場所のことを知っていたけれど、まさかこんな反応をされるなんて思ってもいなかった。非難の視線を受けながら、必死に言い訳する。


「でも、鹿はここをすいすい登れるよ?」

「人間と鹿は違うぞ」


 溜息と一緒に入ったカルロの一言に、頷くしかなかった。

 サイモンドがおずおずと切り出した。


「今日は小さい子もいるし、天気も心配だから、これ以上は諦めない?」

「そうだな」


 ずっとやる気だったカルロも、サイモンドの提案に頷いたので、諦めて引き返そうと思った。だが、ケイがニッキの服の袖を引っ張って言った。


「ね、シュルツは何をしているの?」


 彼女の指さす先を見ると、崖の下の方を歩き回って、あちこち匂いを嗅いでいるシュルツがいた。そして、一つの岩の後ろを、一生懸命掘り出した。


「なんだ? 兎の穴でも見つけたのか?」

「カルロの言う通りかも。シュルツ、今日は狩りじゃないから、帰るよー」

「……そういえば、東洋の昔話で、犬が財宝を掘り当てるというのがあったな」


 レンの一言の後、一瞬時間が止まったかのように思えた。

 はっとしたぼくは、地図を広げる。シュルツが後ろを掘っている岩の上を、宝までの道筋が通っていた。


「みんな、あれ……」


 呆然と、サイモンドが呟く。

 顔を上げると、シュルツが堀った岩の真後ろに、人が屈んで入れそうなほど、大きな横穴が空いていた。























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