Chapter 3-2 僕が倒れてから

「くっ……!」


 ゲンは足を引きずりながら、倒れたきらめの元へと歩み寄る。そこには既に、きらめを守らんとして立ちはだかるウリボーの姿があった。なんとかそこへ合流したゲンへとアリッサが掌を向けるが、彼女はすぐにその手を下げた。


「……どうした」

「……いえ、ねぇ。この子がお世話になった方のようですしねぇ。一度くらいは見逃してあげてもいいかもしれないと、思っただけですよ」


 アリッサは顔を背け、あさっての方向を見やる。そちらは、きらめに叩きのめされたベルベットの飛んで行った方角だった。


「私は荷物を取りに行かないといけないしねぇ。ほうら、わかったらその子を連れてさっさと行きなさいな。私の気が変わらない内にねぇ」

「……リーゼを返せと言ったら?」


 ゲンの言葉に、アリッサは無表情に彼をねめつけた。


「二度は言わないわよ。分かったわね、ぼうや」


 黒く淀んだ瘴気が、アリッサの身体にまとわりつくかのようにあふれ始める。ゲンはきらめをかばうように身構えた。ウリボーが身震いしながらも声を上げて臨戦態勢を取る。


 そのまま数秒ほどにらみ合いになったが、やがてアリッサは瘴気を消した。


「まあ、いいわ。どうせ、その子はいつかこちら側に来る。あなたなら分かっているでしょう、鞘上弦一郎?」

「……ふぅーっ。俺をその名で呼ぶな。それは、もう死んだ男の名だ」


 怒気を孕ませるゲンの言葉に、アリッサは特に気にした風もなく「ふふっ」と薄く笑うと、


「それじゃあ、また会いましょうねぇ。そのときには、この子の身体、取り戻せるといいわねぇ」


 それだけを言い残し、アリッサはその場から立ち去って行った。


     ※     ※     ※


 ゲンはそれらの内容を、かいつまんで話した。するときらめはすぐに立ち上がろうとして、よろめく。


「きらめ!」

「……リーゼさんを、助けにいかないと」

「まだ動いちゃだめよーう!」

「でも、早くしないと……。リーゼさんが完全に瘴気に呑みこまれちゃったら……」


 もう、浄化しても助けられないかもしれない。


「――なぜそこまで助けたい?」


 え? とゲンに視線を向けると、彼は厳しく口元を引き結んできらめを見ていた。


「君はリーゼと昨日出会ったばかりだ。そこまでしなければならないほどの間柄か?」


 きらめはうつむく。


「……なんとなくですけど、わかっちゃったんです。リーゼさんが持ってたみかんの苗木が、瘴気の苗床にされてたんです。瘴気が少しでもなくなることを願っていたリーゼさんの行動も気持ちも、なにもかも利用されていたんです。そんなの……」


 ゲンの言いたいことも、なんとなくわかる。だが、それ以上に。


「そんなの、僕は許せない」


 自然と、ドラが離れた。


「――行きます」


 きらめは起き上がり、ベッドを降りた。


「待て。どうするつもりだ。どこにいるかもわからんだろう」

「大丈夫です。僕なら瘴気をたどれます」

「駄目だ。その力はあまり使うべきじゃない」

「なんでですか」


 きらめとゲンの視線が交錯する。にらみ合いにも似たそれをしばらく続けると、ゲンが深い息を吐いてから告げる。


「君が、誰よりも瘴気の影響を受けやすいからだ」

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