腐った悪徳王家と腐った貴族達

 この日、ヴィルヘルミナは憂鬱だった。

(ベンティンク家と彼らの派閥の貴族との晩餐会……正直行きたくないけれど、王太子妃という立場だから行かざるを得ないのよね……)

 ヴィルヘルミナは心の中でため息をつく。侍女サスキアがいるので表立ってため息はつけないのである。

「王太子妃殿下、そろそろお着替えの時間でございます。ドレスのご用意も出来ておりますわ」

 サスキアは妖艶で心を読ませないような笑みである。

「ええ、ありがとう、サスキア」

 ヴィルヘルミナも心を読ませまいと、品のいい笑みを浮かべる。

(サスキアがベンティンク家派閥なのか、それとも仕方なく王宮侍女をやっているのかは分からない。迂闊に顔には出せないわ)

 ヴィルヘルミナは流行にとらわれない上品なドレスを身にまとい、気を引き締めた。

「王太子妃殿下、緊張なさっておられるのですか?」

「え?」

 サスキアにそう問われ、ヴィルヘルミナはきょとんとした。

「少し王太子妃殿下のお体が硬くなっておられたので、もしかしたらと思ったのでございます」

 妖艶な笑みを浮かべるサスキア。

「いいえ、サスキア。緊張しているわけではないわ。大丈夫よ、ありがとう」

 ヴィルヘルミナは心を悟らせないよう、品の良い笑みを浮かべた。

(表情には絶対に出さないようにしていたけれど……それ以外にも注意しないといけないのね。それにしても、サスキアは……何者なの?)

 ヴィルヘルミナはサスキアへの警戒を強めた。






ーーーーーーーーーーーーーー






 目の前に並ぶ贅の限りを尽くした豪華な食事。欲望丸出しの下卑た笑みを浮かべているベンティンク家の者達や貴族達。

(苦しむ民達の血税がふんだんに使われた料理……)

 ヴィルヘルミナは反吐が出そうになっていた。しかし、それを悟られてはいけない。ヴィルヘルミナは常に気を張っている状態だ。

「国王陛下、我が領地にいる武器職人が新しい武器を開発したのですが、ご覧になります?」

「ほう、新たな武器か。では一週間後、持って来てもらおうか。例え値が張ろうが平民達から巻き上げればいい。奴らは税を搾り取る為の道具なのだから。それにウォーンリー王国に攻め入る準備も必要だ」

 国王アーレントは下品な笑みで豪華な食事を口にしている。

「まあ、アーレント様。税を搾り取る為の道具だなんて素晴らしい表現ですわね。彼らは謂わば私達の所有物。どのように扱っても良いのですわ」

 ホホホと笑う王妃フィロメナ。派手でゴテゴテした扇子を仰いでいる。

「ならば民達の税をまた上げてブレヒチェにドレスとアクセサリーを贈ろう」

 王太子ヨドークスは隣に座る愛妾ブレヒチェの手を握る。

「まあ、ヨドークス様、嬉しいですわ。貴方のお陰で私は世界一の幸せ者です」

 キャッとブレヒチェは喜ぶ。派手でゴテゴテしたドレスをまとう彼女。ヴィルヘルミナにとってはそれがより下品に見えた。

(民達のことを税を搾り取る為の道具だなんて……。それに、民達は戦争を望んでいないわ)

 血管を逆流してくるような怒りを覚えるヴィルヘルミナ。しかし、表情には出さなかった。

「しかし国王陛下、我々に不満を持つ下々の民達はどう対処しましょうか?」

 一人の貴族がそう問う。するとアーレントが声を出して下品に笑う。

「そんなもの、反逆者として処刑すれば良いのだ。ちっぽけな民草の命が消えようが、この世界は変わるまい」

「なるほど、流石は国王陛下ですな!」

 下卑た笑い声に包まれる。

(平民を人とも思わないなんて……ベンティンク家派閥は腐り切っているわね)

 ヴィルヘルミナはテーブルクロスの下で、拳を強く握り締めた。


「そうそう、王太子妃殿下、ご結婚なさってもう一年になりますが、お世継ぎまだお生まれにならないのですか?」

 突然貴族から話を振られたヴィルヘルミナ。しかし、慌てることはなかった。淑女教育の賜物である。

「ええ、それはおいおいと」

「侯爵、こんな魅力のない女とねやを共にしたいと思うか?」

 ヴィルヘルミナの答えはヨドークスに遮られた。卑俗な笑みである。

「まあそれは……好みの問題もありますか」

 侯爵はヨドークスとヴィルヘルミナを見て苦笑する。

「女として魅力があるのはブレヒチェだ。世継ぎならブレヒチェとの間に生まれた子供を引き取るさ。国王陛下父上王妃殿下母上、それで問題ないですよね?」

 下品に笑いながらヨドークスはアーレントとフィロメナに問いかける。

「ああ、問題ない。高貴な血筋も重要ではあるが、必要なのは忠誠心だ。エフモント公爵家よりもブレヒチェの生家フーイス男爵家や嫁ぎ先のリンデン侯爵家の忠誠心の方が高いからな。エフモント公爵家ももっと見習って欲しいところだ」

 尊大な態度のアーレント。

「好きにしなさい、ヨドークス。確かに、ブレヒチェの方が愛らしくて好きよ。可愛げのないヴィルヘルミナには仕事だけやらせておけば良いわ」

 フィロメナはヨドークスとブレヒチェに甘ったるい笑みを向け、ヴィルヘルミナには冷たい視線を向けた。

「ヴィルヘルミナ、お前からもエフモント公爵家へ呼びかけろ。もっと我々に協力しろと」

「その通りよヴィルヘルミナ。貴女は仕事くらいしか取り柄がないのだから」

 アーレントとフィロメナからそんな言葉を掛けられた。

「善処いたします」

 ヴィルヘルミナは呆れ返っていたが、上品な笑みを浮かべた。

(ヨドークスとの夜伽なんてこちらから願い下げよ。それに……)

 ヴィルヘルミナの脳裏にマレインの姿が思い浮かぶ。

(わたくしが愛する男性はただ一人……マレインお義兄にい様だけよ。こんな晩餐会なんか早く終わって欲しいわ。今はこんなことを思ってはいけないと分かっているけれど……早くマレインお義兄様に会いたい……。たとえこの気持ちがわたくしの一方通行だったとしても……)

 優しく、いつもヴィルヘルミナに寄り添ってくれるマレイン。自分を信じて味方でいてくれる頼もしさ。ヴィルヘルミナの中で、マレインへの想いがどんどん大きくなっていた。

 今回の晩餐会はベンティンク家の者達と招待された者達しか参加出来ない。護衛騎士などの付き添いは許されていなかった。

(でも、今はまだ駄目よ。マレインお義兄様に気持ちを伝えるのは、今ではないわ。革命を起こしてベンティンク家や、ベンティンク家派閥の腐った方々を始末してからよ)

 ヴィルヘルミナは自分の気持ちを今はひたすら堪えるのであった。

(エフモント公爵家の家族や、わたくしの実の両親……ヘルブラント国王陛下とエレオノーラ王妃殿下の為にも、絶対にベンティンク家からドレンダレン王国を取り戻さないと!)

 ヴィルヘルミナはタンザナイトの目をただ未来へと真っ直ぐ向けていた。

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