第40話「地獄の終わり、極楽の始まり」

 試験が終わって三日が経った。

 今日は終業式で、明日から冬休みだ。

 センター試験や共通テストが控えている受験生は、追い込みの時期に入るが、就職・推薦組は楽しく過ごせる。


 現に、俺は勝手に早めの冬休みに入っていた。

 最終試験の反動で、頭も体も動かせず、ひたすら休養に努めていた。


「終業式くらい出た方が良かったかな……いや、三日休んだくらいでなにも言われないか……」


 枕に顔をうずめ、今の俺の状態を正当化する。

 結構な頻度で俺の携帯が鳴っているが、確認するのも億劫だ……。


「そろそろ、起きないと……休みすぎたし……な」


 言葉にしながら、再びウトウトとし、耐えきれずに夢路を辿った。



 ◇



「…………!」

「……………?」


「ん……?」


 一階から聞こえてくる騒がしい声に、目を覚ます。

 だいぶ楽になってきたので、ベットから起き上がると――


「あ、やっと起きた!おはよう?」

「……おはよう、居るなら起こしてくれても良かったのに」


 月音が俺のワークチェアに座りながら、嬉しそうに俺を見ていた。


「凪の寝顔ってレアじゃん、もう少し楽しみたくて」

「そこまでレアじゃないだろ」

「レアだよ~クリスマスの時も私より早く起きてたし」


 たしかに、他の人と比べると早起きかもしれない。


「もう、平気なの?」

「まだ、気怠いけど平気だよ、心配かけてごめん」

「ほんとだよ?連絡つかないしさ~桜ちゃんに聞いて、安心したけどさ」


 声音と表情で、本気で心配してくれたのが伝わってくる。

 月音は椅子から、ベットに座ってる俺の横に移動し、自分の太ももポンポンと叩く。


「まだ、ダルいんでしょ?」

「ダルいけど……その……大丈夫だよ」

「ふぅん?これが、最後のチャンスかもよ?」


 スカートの裾からのぞく健康的な太ももが妙に艶かしく、変な欲が湧いてくる。


(俺ってこんな節操無かったか……?疲れてるせいだな)


 あれこれ考えていたが――


「えいっ」


 月音は自身の太ももに俺を導く。

 フニッと枕と比べ物にならない、柔らかな感触が俺の頬に伝わる。

 正直……すごく心地いい。

 そんな、俺の心を読み取ったかのように――


「どう?」

「どうって……気持ちいい」

「ふふっ……えっち」

「どう答えるのが正解なんだよ……」


 人肌と感触はすごく名残惜しいが、ずっとこうしてもいられない。至福の時間は、ほんの数分だったが、ゆっくりと起き上がる


「もういいの?」

「もう十分だよ、ありがとう。また今度お願いするかも」

「また、どうぞ?」


 微笑みながら小首を傾げる姿に、ドギマギしながらも、月音を先に一階に向かわせた。

 俺も、寝間着から適当な服に着替え、リビングに向かう。

 ドアを開けるなり――


「あ、お寝坊さん~おはよ~」

「おはよう……久しぶり?」

「死んじゃってるのかと思って、心配したよ~」

「物騒なこと言うなよ、しっかり生きてる」


 佳奈は笑顔で怖いことを言う。


「よー凪、せめて終業式くらいでろよ」

「身体がダルかったんだよ」

「無断欠席なんて、不良になっちまったな~」

「お前の不良の基準低くないか?」


 まぁ、三日も無断で休めば、そう言われるのも無理はないか。

 コタツで暖をとっていた月音が、自分の横に座るようポンポンと叩いてアピールしてくるので、俺も大人しくコタツに入る。


「そういえば、みんな無事に合格したんだってね、おめでとう」

「出来れば~合格した日に聞きたかったな〜」

「ごめん、余裕がなかったから」

「うそうそ、冗談だよ~ありがとうね」


 桜が用意してくれた紅茶に口をつけ、ホッと一息つく。


「ところで、なんの話ししてたんだ?」

「お兄ちゃん忙しそうだったから、先に冬休みなにして遊ぶか相談してた!クリスマスとかね」

「そっか、みんな自由に遊べるのか」

「そう!あとあと、今年はみんなで年越しと初詣に行くことになったから!」


 それは初耳だった。俺が忙しくしてる間も、四人は集まってたみたいだし、そこで決めたんだう。


「受験で溜まった鬱憤を!この冬休みではらしてやる!!」

「わたしもめちゃくちゃストレス溜まったし!全部吐き出してやる!」


 二人して窓の外に向かって叫んでいる。

 おバカ二人組は相変わらず絶好調だ。


「みんなが~ヒィヒィ言って勉強してるなか……私たちは~至福の時間を過ごす……凄い優越感に浸れそうだね~」

「生徒会に在籍してるのが、不思議なくらい性格悪いな」


 佳奈に票を入れた生徒は、佳奈の纏うふわふわした空気に騙されて投票したに違いない。


「わたしはコタツの中に住みたい……」

「気持ちは分かるけど、風邪ひくぞ」


 話を聞けば、月音はコタツ初体験らしい。

 こうしてまた、コタツに魅了され、冬の間コタツ無しでは生きていけない人が増えてしまった。


「凪!雪上サッカーしようぜ!」

「良いけど……場所あるのか?」

「探してくる!」

「せめて、見つけてから誘えよ……」


 後日、家の近くに偶然サッカーグラウンドがあったらしい。

 おかげで、日が暮れるまでサッカーをする羽目になったが、それはまた別の話。



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 第四十話「地獄の終わり、極楽の始まり」

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