第38話「地獄の幕開け」

「君にはこれから最終試験を臨んでもらう」


 数分フリーズした後――


「最終試験……ですか?」

「そうだよ、内定通知に(仮)って記載されてたよね?」

「たしかに、されてましたが……」

「それで、早速だが……これ渡しとく」


 俺は一枚の書類を受け取る。

 目を通すと最終試験の概要が記載されていた。


『一ヶ月以内にテーマに沿ったキャライラストを提出すること』

『期間内であれば、合格するまで何度でも提出可能』

『期間内に合格できなかった又は辞退した場合は不採用』


 大まかにまとめるとこんな感じだ。

 要は、東洋ゲーマーズから課せられるテーマに沿った、キャライラストを描ければ問題ないと……。


 面接以上の緊張が俺に走る。

 夏休み前と後で意識は変わった。色んなものに触れ、自分の感性を成長させるよう努めた。

 ――だけど


(俺に……プロ達を納得させられるキャラを生み出せるのか……?)


「不安かい?」

「それはもう……不安です」

「それくらい、緊張感持った方が良いよ」


 普段の穏やかな表情ではなく、真剣で鋭い眼差しが俺を射抜く。


「今回君を含めて四人が、この採用試験を受ける」

「…………はい」

「君と同じくらい熱意のある子たちでね、それなりに経験がある」

「…………なるほど」

「君はこの会社に長くいるし、私たちとも面識はある。けど、忖度はしない。公平性は保つ」

「もちろん、わかっています」


 そのあと、他の説明を聞き会社を後にした。

 俺が面接以上に緊張している理由……それは――


「……聞き間違いかもしれん、もっかい言え……」

「イラストが……描けません……」


 最終試験を言い渡されて早くも一週間が経過した。未だにイラスト一枚どころか、アイディアすら浮かばない。

 このままでは、不採用を突きつけられてしまう。


 そこで、俺はとある人に連絡をとることにした。

 そのとある人である狼谷かみやさんは、俺の前でこめかみに手を当て、重苦しいため息をついている。


「アドバイスを頂きたく……その……」

「聞きたいことがあるっつーから、休み返上できてやったのに……まさか、カンニングのために呼んだのか」

「概要欄に『弊社の社員にアドバイスを貰うことは禁ずる』とはなかったので……」

「悪知恵が働くというか……頭が回るというか……」


 オレンジジュースをストローで啜りながら、ギロリと俺を見る。

 全面的に俺が悪いので、睨まれるのもしょうがない……。


「つか、お前自分で道具揃えてんだよな?なにしてたんだよ」

「模写を……ひたすら」

「はぁ!?こんだけ時間があって!模写をひたすらやってましたぁ??」


 ありえないとばかりに声を荒げる。

 オープンテラス席なので、店内のお客さんに迷惑にはならないが、通行人の注目を集めてしまった。本人は気にしていないが……。


「たしかに、模写は初心者の練習に最適だ。でも、それだけやっててもキャラクターを描けるようにならねぇよ」

「も、もちろんわかっています……一応、何枚か模写したキャラクターのデータ持ってきたんですが……」

「お?案外うめぇじゃん、特徴とか捉えられてるし」

「ただ……」


 俺はその模写に納得していないことを伝える。

 上手く描けているはずなのに、なにか納得していないこと……。これが、分からず次のステップに進めなかった。


「なるほどな、なんで納得できないか……教えてやろうか?」


 ニィッと意地悪な笑みを浮かべる。

 たった、数枚見ただけで分かったというのか……。


「ぜひ、教えて欲しいです」

「何で納得出来ないか……それは、気持ちが込もってねーからだよ」

「気持ち……?」

「そーだ、心に置き換えても良いな」


 技術的な問題じゃないのか?


「キャラデザやってる人は、自分の描いたキャラクターに愛着が湧くんだよ。どういうキャラクターになってほしいか、一つ一つ気持ちを込めながら描いてるからな」


「テーマが決まってるから、その通りに描くわけじゃ無いんですか……?」


「『キャラクターを生み出すこと』と『テーマに沿ってキャラクターを描くこと』は一緒じゃねぇよ」


「おまえは他人が生み出したものを真似して、できた気になってるだけだ。側を描いただけで、中身が無いんだよ」


 俺に足りなかったのはそれか。どうりで分からないわけだ。キャラクターだけ見ていて、生みの親の気持ちを考えていなかった。


「なるほど……。なるほど!」

「自分がいかに愚かなことをしていたか……気づいたか?」

「はい……」

「でも、模写ばっかしてるようじゃ、わかった気になってるだけだがな」


 再びオレンジジュースに口をつける。

 どうすればと聞こうとしたが、右手を前に突き出され、思わず口ごもる。


「後のことは、自分で考えろ。前も言ったろ、お前はもっと視野を増やせって」

「は、はい!ありがとうございます!」

「よし、これで私の役目は終わりだな。腹減ったしなにか食おーぜ」


 有益なアドバイスをもらい、活路を見出したところで、少し遅めの昼食を摂ることになった。

 せめてものお礼で、ここの支払いをしようと思ったが――


「うるせぇ、お前は黙って奢られろ」


 と、一蹴された。



 ◇



 家に戻り、パソコンを立ち上げながら、アドバイスを頭の中で反芻させる。


『一つ一つ気持ちが込もっている』

『生み出すこと』と『キャラを描く』ことは別

『生みの親の気持ちは、模写だけじゃ分からない』


「となると……自分でキャラクターを生み出さないと……」


 期間は残り三週間。

 模写と違って、自分のイメージをアウトプットする作業は、とてつもないエネルギーと時間を使う。


「当たり前だけど、悠長にやってられないな」


 これからイバラの道を歩くことになるとは、この時の俺は思っていなかった。



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 第三十八話 「地獄の幕開け」


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