第13話

「大丈夫ですか何だか顔色悪そうですけど?」


鈴原が読んでいた本から顔を上げ心配そうな表情で訪ねてくる。


「この前話してた男子生徒たちからの殺意の視線が日が経つほどにだんだんと強くなっていってどうしようかと考えてるんですけどなかなかいいのが浮かばなくて。


本当は昨日俺に恐怖の記憶を植え付けた1人にあってしまって恐怖に怯えてしまい上手く寝れなかったというのが真実なんだがわざわざ言って心配させる必要はないだろう。


それに男子生徒たちの視線に困っていて眠るまでその問題をどうするか考えていたのは本当だ。


「あの何かありました?」


いきなりのその言葉に俺はドキッとしてしまう。


「すいません変なことを聞いてしまって」


「何かあったっていうのはどういうことでしょうか?」


「特に何か理由があるわけじゃないんですけど篠崎さんが別のことで悩んでいる表情をしているような気がしたので」


「私の勘違いだったらすいません」


「気にしないでください」


自分ではいつも通りを装っているつもりだったが、やはり昨日のことをまだ心のどこかで引きずってしまっているのか?


同じ小学校の女子生徒俺にいじめという恐怖を植え付けた1人。


忘れ去ろうとしていた記憶が奥深くから蘇ってくる。


バカにした時の嘲笑う声、何もできない俺を高くから見下ろし余裕を含んだ声。


忘れ去ろうとしていた記憶が昨日のたった1日で全て蘇ってくる。


思い出したくないのにあの時の記憶が次々と頭の中で再生されていく。


「篠崎さん…」


無機質な声が聞こえてくる。


下を向いていた顔を少し上げてみるとそこには鈴原の顔がある。


鈴原が俺の手を優しく包み込み自分の方に少し寄せる。


「篠崎さんが私の悩みを聞いてもその先を追求せずただ聞いてくれた時のように」


「私も無理に何があったのかを聞くつもりはありません」


「ただ話したくなったら言ってください」


「こんな私に何ができるのかは分かりませんけど話を聞くぐらいだったらできると思うので」


表情は変わらずそのままだがその口調はどこか恥ずかしがっているようにも聞こえる。


鈴原が目線を下に落としたところで無意識に俺の手を握っていたことに気づく。


「あのすいませんわざとじゃないんです!」


そう言って慌てて手を離す。


「大丈夫です気にしないでください!」


大丈夫ですとわざわざ言うのもそれわそれでどうなんだと口にした後思ったが今さら引っ込められない。


そんなどうしたらいいのかわからない沈黙の空気を破ったのは投稿してきた生徒たちの声だった。


「俺はそろそろクラスの方に戻りますね朝のホームルームが始まるので」


「そうですね私も自分のクラスの方に行かないと…」


お互い自分のクラスに向かう。



クラスの中に入るとこの前と同じように何人かの生徒たちから殺意の視線を向けられてはいるが、進藤が助けてくれたおかげなのかどうなのか顔を盗み見はするもののこの前のように俺の机を囲み色々と語ってくることはない。


これ以上同じことをされたらどうしようかと考えていたところだったので心の中で安堵のため息を漏らす。


自分の席に座りしばらくしたところで先生がクラスの中に入ってくる。


朝のホームルームを始めるぞと言って順番に出席を取っていく。


朝のホームルームが終わりすぐに2時間目の授業に入る。



授業を聞き淡々とすすめ授業を終える。



「篠崎くんいますか?」


ちょうど見計らったようなタイミングで紅葉がクラスの中に入ってきて俺の名前を呼ぶ。


当然殺意のこもった男子生徒たちからの視線が俺の方に向く。


しかも今までで一番すごい怒りを視線から感じる。



今にも冷や汗が出そうになるんじゃないかと思いながらその視線に気づかないふりをして答える。


「俺に何か用ですか?」


少し震えた声で尋ねる。


ここまで来ると全て計算ずくの上でやられてるような気もしてきてしまう。


もしかしてテレビでよくやっているドッキリかなんかなのか?


「あのその…」


恥ずかしそうに頬を赤らめながらチラチラとこっちを見てくる。


何なんだその視線は何かやっちゃいけないことでもしたか俺。


心当たりを探ってみるが全く何かをした覚えがない。


俺が気づかない間に何かしたとか。


必死に何かをやらかした記憶を奥深くから引っ張り出そうとしてみるがなかなか出てこない。


「篠崎くんがもしよかったらなんだけど…」


もじもじした様子でゆっくりと言葉を口にする。


「私と一緒にご飯を食べてくれない?」


紅葉の口からその言葉が発せられた瞬間周りで男女問わず俺たちのことを見ていた全員が耐えきれず一斉に驚きの声を上げる。


振り返らなくてもわかる今後ろにいる男子生徒たちが今まで見たことがないほどの般若のごとき形相で怒りにまみれた視線を俺にぶつけているということが。


だからと言ってここでこの誘いを断ればさらに周りからひどい視線を向けられることになるだろう。


俺にはこの誘いをことあるという選択肢は最初からない。


「分かりました」


短く返事を返すとクラスの生徒たち全員が再び驚きの声を上げる。


紅葉に言われるがままついていく。



連れて来られたのはグランドだった。


「あそこに座って一緒にご飯食べよう!」


嬉しそうに言って指さしたのは2人掛けのベンチ。


手を引かれ2人でベンチに座る。


紅葉が取り出したのは可愛らしい動物の目が書かれたお弁当箱。


「朝遅刻しそうで急いで作ったからうまく作れてるかどうかわかんないんだよね」


「それでも自分でお弁当を作るなんてすごいですよ」


「でも今日は本当に急いでて見られるのは少し恥ずかしいな」


と言いながらも弁当の蓋を開ける。


お弁当の中には花の形に切り取られた小さいハム、何のキャラクターかよくわからないがのりで小さいおにぎりに顔が作られている。


「すごいですね!」


自然と驚きの声が漏れる。


「いつもだったらもうちょっと凝ってるんだけど今日は時間がなかったからこのぐらいで終わっちゃった」


「っていうか学校に行くギリギリまでこんなの作ってないで支度をしろっていう話なんだけどね」


言いながら小さく笑う。


「だとしてもこれだけ作れるのはすごいですよ」


「そう言ってくれると嬉しい」


「それじゃあ食べようか」


「いただきます」


俺は学校に来る前に買ってきたパンを小さい鞄から取り出す。


「それだけで足りるの?」


不思議そうな表情を浮かべ訪ねてくる。


「そんなに普段食べる方じゃないので」


「常日頃動いてるわけでもありませんし」


「ダメだよ男の子なんだからちゃんと食べないと!」


理由になっているようでなってないことを言われる。


「そうだ私の弁当少しあげるよ」


「そんな悪いですよせっかく作ったものを!」


「気にしないでこれは私のお弁当を褒めてくれたお礼」


「でも…」


俺の言葉を待たずに少し強引に箸でつまみ何かを口に突っ込む。


少ししょっぱい。


何秒か遅れてそれがタコさんウインナーだと理解する。


「どう?」


笑顔で訪ねてくる。


「美味しいです」


飲み込んだ後言葉を返す。


「そう言ってくれてよかった」


「いつも自分で作るだけで満足しちゃって誰にも今まで食べさせてみたことなかったからそう言ってくれると嬉しい!」



こうして喋っていると言葉の端々に違和感を感じるのはなぜだろう。


そんな言葉の違和感よりも俺には気がかりなことがもう一つあった。


お弁当を食べ終わった後どうするかという問題だ。


このまま普通にクラスに戻るだけではクラスの男子生徒たちのほとんどから総攻撃を食らうだろう。


仕方がないこうなったら覚悟を決めるしかない!

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