第21話 証拠は文明の利器に
田代くんは経緯を少しずつ話し始めた。肝試しをするために学校に忍び込んだこと。図書室で本を読んだら友達が消えていたこと。すぐに探したけれど見つけられなかったこと。
「――は、いつも一緒だったんだ。家に帰る時も学校でも。肝試しも俺が怖いって言ったらついてきてくれて」
「どんな子なの? お兄ちゃんに教えて欲しいな」
「おとなしいやつだよ。図書室に来たのは、――が行きたいって言ったから。本を読むと眠くなる。歴史の漫画あるでしょ。あれくらいしか読んだことないんだ」
「へぇ。読んだ本はどんな本なんだ?」
「……分かんない。俺はちょっとしか見てないから。でも――は、ずっと読んでたよ。早く帰ろ、って。俺、怖くてさ。振り返ったらいなかったんだ」
「へぇ。夜の学校怖かったんだ? じゃあなんでわざわざ肝試しを? なんでそんなことをする必要がある?」
健斗の言葉の端々には少々棘がある。
というか毒である。
なにをそんなに疑っているのか。子ども相手に大人げがないぞ、と健斗の顔を見ると声が聞こえた。
――早く帰りたい。
――幽霊ね。そういう気配しないけど。
――あいつ、嘘をついているかもしれないな。
そういえば健斗の心の声が聞こえる。いつもならば雑音が混じる。そもそも健斗の声が聞こえないのは健斗の声にたくさんの声が重なっているからだ。
健斗に取り憑いているモノがいない?
「馬鹿にされたから」
「誰に?」
「前田と話してたら、俺がまだ一人で寝れないことを馬鹿にされて。それで、一人で夜の学校に忍び込んでみろって。ホラゲーのゲーム実況ってあるじゃん。俺は怖くて見たことないけど。それみたいにカメラを持って学校を探索しろって」
「ゲーム実況」
ジェネレーションギャップである。
「現代だね」
大学生と小学生の差。
俺が小学生の時はスマートフォンが普及し始めたばかりだった。田代くんの手には最新型スマートフォン。遠距離にいても電子情報を交わし連絡を取り合うことができる現代最大の革命機器。
かつては通信技術も、伝えられる情報量も限られていたものの、今では気軽に画面を通して全世界と繋がることができる。
文字でのチャット、通話、動画。
某動画サイトではゲームをプレイしながら、プレイ画面を実況する『ゲーム実況』が人気である。
あれ。そういうことは?
「動画、撮ってるの? 見させてもらうことってできる?」
田代くんは手に持っていたスマートフォンを指で操作し、フォトの動画を開く。録画時間はおよそ十五分だ。
彼がどこに行ってしまったのか、――分かるかも。
「いいけど、馬鹿にするなよ?」
田代くんは疑うような視線を向ける。
なにが? と言いたげな周りと、読心が可能な俺。
「怯えてるところ? 大丈夫だよ、もし笑いやがったら俺があとで殴っとくから」
こそりと耳打ちをすると、田代くんは驚いた表情を半分、どうして分かったのと疑う表情を半分。ああ、こういう時。心が読めるこの能力が役に立ったと実感する。話されない本心を知る時。言語化できないそれをくみ取るにはもってこいの能力なのだ。
「再生するよ」
横倒しになった三角マークを指でタップすると、音声と画面が動き始める。夜の学校。普段見ている校舎ではあるものの日の光も消え、暗く誰もいない廊下がやけに怖かったのはなぜなのだろう。映っていた校舎は俺が小学校の時に通っていた校舎とは年期がまるで違う。新設されたばかりの校舎は俺が小学生だった時に体感した階段の軋みや、埃っぽい多目的室はないだろう。
「そういえば、ふたりで行ったんだよね? 動画を撮って来いと言った子は?」
「前田は塾があるからって来なかったよ」
――消えてしまった子はどこに映っているのだろう。
「田代くん。もう一度聞くけど」
『大丈夫、怖くない怖くない怖くない……』
この動画を見ている誰もが気付いた。
永沼先輩の戸惑ったような顔が見えた。神田先輩は嬉しそうに頬を高揚させる。健斗の顔はなぜか見たくなかった。
俺はこの動画を観れば消えた友達がどこに行ったのかが分かると思っていた。写真よりも鮮明にことを映し出す、動画という完全なる証拠に事実が遺されていると思っていた。けれどそれは思い上がりだったのではないか。
永沼先輩や周りの先生たちが田代くんのことを信じることができなかったのは、ただ子どもの戯言と聞き流したわけではなく、本当にそう至る証拠がなかったからなのでは。
意地悪ではなく、本当に。
「この動画、俺たちに見せるのが初めてじゃないだろう。先生にも見せたんだよね」
「うん。でも」
「信じてもらえなかった。だって、」
今日は健斗の心の声が手に取るように分かる。
なに隔てるものもなく、邪魔をするものがない。
「「初めからその動画には、君の声しか入っていないから」」
健斗のギョッとした顔はなかなかに面白い。健斗が嫌そうにこちらを覗く。心を読んで台詞を重ねてくるな、と、――いつもはこんなに聞こえてこないからこそ。
「どういうこと?」
けれど、田代くんにとってこの顛末は嬉しいものではないのではないか。むしろ残酷でどうしようもないもの。
きちんと話すべきなのか、それとも誤魔化すべきなのか。
「聞く?」
「おい、健斗」
俺の声を遮って、健斗は田代くんの前に出る。不機嫌な声をそのままに、健斗はぶっきらぼうにこう言った。
「本当に知りたいのなら教えてやる。でも、条件がある」
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