第15話 事件の真相は歩く事故物件が知っている
「なぁ、安藤。俺、男からストーカーされてるんだけど、どうしよう」
「なに。ホモ?」
「……違うと、信じてる……」
カフェで向かい合って座っていた安藤の不審そうな顔が目に入る。サンドイッチを頬張る手を止めて、じっと様子を伺うような瞳に居た堪れなくなる。
「あ、そういうことじゃなくって! 多分、恋愛とかじゃないと思う。というかそういう趣味嗜好は別に良いと思うんだけ……ど。俺のこと心配、いやでもちょっと度が過ぎてる……」
「なにが言いたいんだ?」
「心配だから、下の部屋に住むってどう?」
「警察呼ぶ?」
安藤はスマートフォンに指をかけた。
「大丈夫だと思うんだけど」
「俺は深読みしないけど、本当にヤバかったら相談乗るよ。助けてもらったし。杏奈、確かに様子がおかしかったけど、まさか俺が浮気していると思って俺を殺そうとしてたとは思わなくてさ」
「う、うん」
「なにかに取り憑かれていたようだった、だよな?」
「暁さんはあの後どう?」
「調子は良いみたいだよ。でも、話を聞くのは後にしてくれ。まー、そもそもあんまり覚えていないみたいでさ。悪いけど詳細なことは聞けないかも」
暁さんに呼び出されてから二日が経っていた。
結論から言うと安藤は浮気をしてはいなかった。
けれど、暁は安藤を疑っていた。それは真実であるらしい。火のないところに煙は立たぬ。そう思われてしまう原因はあったわけだ。
「杏奈。ちょっと嫉妬深いよなぁ。俺が女の子と一緒にいたからーって浮気って。あれはさぁ、杏奈の誕生日プレゼントを妹と一緒に探してただけだったのにさ」
「別れるの?」
「いや! 別れない。俺は好きだし。ほら、あの勘違いも俺のことが好きだから、でしょ」
安藤は気づいていない。異性と喋っていたから浮気とだと疑った、彼女の行動を嫉妬深いと愚痴っている。だがしかし、自分だって彼女が健斗と喋っていたことを嫉妬し、怒気を隠せずにいた。
要するにお互い様なのだ。
「なんだよ、その目は」
「いや」
けれど巻き込まれて要らぬ迷惑を被った。それは確かにそうなので。
「そういえば、レポートを書かなきゃいけなくて。安藤の話を使っても良い? プライバシーは考慮するから。いい、ね?」
「そんなのあったっけ?」
探偵部の課題はこれを題材にすることにしよう。
「俺にだけ出てるやつ」
「なんだそれ」
それと気になることをそれとなく聞いてみる。
ワイシャツの襟で隠した首筋。
俺を呼び出した彼女は、――いったい誰だったのか。
「安藤ってさ、暁さんが初めての彼女? 前の大学に彼女いたの?」
「え? 杏奈が初めてだよ。なんで?」
「じゃあ、安藤のことが好きだった人とか、いたのかなって」
安藤の顔をじっと見つめると安藤はしばらく考える。うんうん唸るだけで答えは返ってこない。本当に心当たりがないらしい。
「ストーカー、とかも?」
「ストーカー? 杏奈のところには去年あったけど。なんか脅迫みたいのが、って。でも俺、杏奈が『かなたくんには絶対に見せない』って言ってたから内容は見てないんだよな……」
「じゃあ、質問を変えよう。――安藤の知り合い、でさ。最近、亡くなった人いる?」
あまり聞きたくない質問だ。
安藤は首をひねった後、なにかを思いついたようだった。
「そういえば、」
「いるの?」
「う、うん。……俺はあんまり知らないんだけど、高校の時の同級の女子が、前の大学に入学してたらしくて、今年の春に電車に飛び込んで自殺をしたんだ」
「――自殺」
「そ。俺、彼女が同じ大学に入学してたのも知らなかったし、ボランティア部にいたのも知らなかったんだ。ほらちょうど一か月前にうちの大学の最寄りで人身事故があったじゃん? あれ」
「自殺ということは、遺書があったの?」
「いや。遺書はなかったらしい。でも、杏奈が聞いた話によると自殺だって」
「――へぇ。そう」
安藤に関しては解決した。安藤は『わるい、杏奈から連絡だ』と言い、幸せそうにスマートフォンの画面を眺めている。カフェの入り口で手を振っている彼女は恋人を待ち侘びる。
嬉しそうに駆け寄る安藤と、嬉しそうな暁を眺め珈琲を啜る。
杏奈の目がこちらを向いた時、怯えた目をしていた。
俺はそれを見て、スマートフォンに浮かび上がる『あんな』のアイコンを削除する。もう関わることはないだろう。
――自殺、ね。
『ワタシガ、ナンデ、殺サレナキャ、イケナイノ?』
「なるほど。彼氏にだけは、自分の罪を気付かれたくなかったんだ」
昼過ぎの自分のアパート。
住めば都を体現するかのような、無骨で昭和なごくごくありふれたアパートだ。鉄の階段は歩くたびに軋む。インターホンのチープな音が不協和音を奏でる。
とりあえず安いところ。できればお風呂と洗面台が別。事故物件じゃないところがいいな! と思って選んだ小さくとも快適な我が城。
ただ、歩く事故物件が下に住んでいることから、最後の項目はどうやら希望通りにはならなかったらしい。
「さ、悟?」
「健斗。俺、お前の上の部屋に住んでるんだけど、知ってた?」
インターホンを鳴らすと、ボサボサ髪の健斗が顔を出した。佐々木に聞いて、健斗が今日の講義に来なかったことは知っていた。『なんかねぇ、たまーに健斗くんってこうやって休むんだよねぇ』と、佐々木は言っていた。今までもこうして同じ理由で、休むことがあったということだ。
「……なん、で?」
驚いて見開かれた瞳。そうだろうな。
隠していたんだ。
「……しら、ない」
「嘘つけ。これを見てもシラを切るつもりなら、このまま部屋に押し入るぞ」
俺はワイシャツの襟で隠していたそれを見せる。
そこには生々しく鬱血痕が残っている。これを見たものは思うだろう、人間によって首を絞められたのだと。
けれど、健斗はおそらく別の見方をするのではないか。
「お前は、これを見てもシラを切るのか?」
「ごめん。俺のせいで」
あの男と同じ声色に身震いがした。セリフも声のトーンもなにもかも同じ。
「俺が欲しいのは謝罪じゃない」
安藤に関しては解決した。あれはただの恋人の痴話喧嘩。恋人同士の軽い騒動。誰にでも起こりうる可愛い事件だ。
ただ、その単なる痴話喧嘩に紛れ込んでしまった要因がある。
俺が睨むにそれは、健斗が知っている。
「話、聞くからな」
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