第2話 東京学院大学探偵部。部員募集中。初心者大歓迎! アットホームな部室で、君も今日から探偵になろう!!
「は?」
「我が東京学院大学は優秀な学生が集まる名門国立大学だ。そりゃたくさんのサークルが存在する。で、そんな数あるサークルの中でこんな奇人変人しか集まらなそうな探偵部にわざわざ入ろうだなんて物好きはそうはいない」
机に手をつき演説されるは、なっがぁい探偵部の成り立ちであった。初代サークル長がなんだとか、解決してきた事件の数々、ゴシップ等々。
「――さて、次に語るのは……」
「ね、猫の失踪はもういい! 分かった! 分かったから!」
三毛猫失踪事件。黒猫失踪事件。虎猫失踪事件。猫、猫、猫猫猫猫猫猫……。と、猫を捜索し続けていることはよぉく分かった。というか、猫ってそんなにいなくなるものなのか。
「そんなこんなでこの辺じゃ有名で、学生の幅を超えて活動しているれっきとした公式サークルなんだけれど。毎年新入生の獲得には苦労してるみたいでさ。三年生になると就活が忙しくて来なくなる。というか幽霊を所属しているように見せかけているだけ……」
なにか聞き捨てならないことを聞いたような気が。
「だからこそ新入生は欲しい。ん、だ、け、ど」
ぐいっと顔を近づけられると逆に後ずさりしたくなる。
「悟を見た時に思ったんだ。――絶対に欲しい。即戦力になるから」
「いや、そ、そりゃ、心が読めたら探偵としてはチートだけど」
まず、信じるのか。なぜバレたのか。
「なんでバレた⁉」
「やっぱりそうか。本当は半信半疑だったんだけど。バレた、なんて言われたら、そうだと自白したのも同義じゃないか」
「えっ、あ」
「確信なんて持ってなかった。――悟はいま、自白した」
頭が混乱している。
八年ぶりに再会した幼馴染は、当時の雰囲気をそれとなく残した顔や声をしているのに、中身だけがそっくり別人になったようだった。
本当に別人ならば良かったのに、自分の認識は同一人物であると訴えている。ランドセルを背負って自分を追いかけてきたことも、取り巻きではなく自分だけを慕ってくれたことも。
お別れもせずに急にいなくなったことも。
「――お前、なにがあった」
会うことができなかった八年の間になにがあったんだろう。
いつもは流れるように読める心も、健斗だけは読めなかった。
どうして、健斗だけが、読めない。
「……ぇ」
「悟には是非とも、我が探偵部に入部してもらいたい」
「断れば?」
「悟のアパートを特定して、毎晩ドアノブをガチャガチャする」
「嫌がらせが悪趣味!」
「電話番号を特定して毎晩無言電話を入れる」
「地味に嫌だな」
「悟の部屋にあるテレビのリモコンと同じものを購入して、窓からチャンネルを変える」
「ネタが切れたの?」
健斗の顔は相変わらず真顔だ。
真面目に提案された嫌がらせの数々。どれもこれも子ども騙し、ホラー小説に出てくるようなものばかり。知らないで遭遇したらトラウマになりそうだが、事前に言われていてその通りされるとなると、怖さは半減する。
「お前ってこういう悪戯、思いつくの下手だったっけ」
「そんなことないけど。別に」
「下手、だった気がする。うん。下手だった」
あ、そういう照れる顔はなんだか見覚えがあるぞ。クラスの好きな女の子を聞いた時に見たその顔は朧げに記憶に残っている。
「とにかく! 絶対に入って! サイン! ほら、書け!」
「ちょっと、待て待て! 無理やり⁉」
「一週間だけ! お試し無料期間! 実施中!」
「通信販売かよ!」
先程の鋭い健斗はなんだったのか。
無理やりペンを握らされ、強引に文字を書くように強制する健斗に抵抗していると、ガラッと部室のドアが開かれた。
上級生、だろうか。
金髪で眼鏡をかけた男と、ショートヘアの女。
「健斗くん。新入生集め、捗ってる?」
「いま、入部届にサインをさせるところ」
「……ちょっ、俺は、あの!」
「わはっ、強引だなぁ。あれ? ちょっとちょっと。私の珈琲、飲んでないじゃん! 冷めちゃうよ、珈琲! ほら、飲んで飲んで。美味しいうちに飲んでもらわないと珈琲が泣いちゃうよ!」
「えっ、ちょっと、待っ」
まだ口がついていない珈琲カップ。
そういえば健斗は『佐々木さん』が淹れた珈琲だと言っていた。
この女性がその佐々木さんなのだろうか。
佐々木さん? はカップを掴み、口元に無理やり押し付ける。
「飲んで! ぬるくなっちゃってるから一息に、ゴー!」
「えっ、うぐ。……ッ」
無理やり口に流し込まれ、生ぬるい液体が口内を満たす。
ブラック珈琲は苦手だった。
ミルクと砂糖を入れないとピンと来ない子ども舌ゆえに、『ブラック? カッコいいけど厨二臭いよね』なんて馬鹿にしていた。
苦味はスッと消えて残らず、どことなく感じる柑橘類のフルーティな酸味。鼻腔をくすぐる芳醇な香り。
拙い語彙力では表し切れぬ。これまで飲んでいた珈琲は珈琲ではない、別の物を飲んでいたのではないかと脳髄を砕かれる衝撃。
今までこんなものを飲んだことがあっただろうか。
「……えぐっ……、なにこれ……なにこれ……」
涙が流れていた。初めて訪れた部室の真ん中で。
珈琲を喉に流し込まれ、生きてきた中で最上級の感激であった。
これ以上の感激はない。今ならばなにを聞かれても暴露しただろうし、どんなインチキだって信じただろう。悪魔との契約だって喜んで乗ったかも。それほど美味しかったのだ。この甘美なる美酒を生み出した天使、いや女神のことを崇め奉り信仰した。
ゆえに、問われた言葉を否定などできなかった。
「……探偵部入る? 新入生くん」
「はい!」
即答だった。パブロフの犬のごとく人生最速の署名であった。
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