虐げられフェレット伯爵令息は姫君のお気に入り 〜サクッと婚約破棄を終わらせた転生公爵令嬢、最愛のもふもふフェレットを溺愛します〜

柴野

前編

「ルクティア・ナウディット、お前との婚約を破棄する!」


 ホールに響いたその声に、公爵令嬢ルクティアは「わかりました」と静かに頷いた。


 普通、王子からの婚約破棄なんて平静ではいられないだろう。たとえどんな完璧な淑女であったとしても、困惑するか理由を問うかはするはずである。

 しかし彼女はそれを全くしなかった。ルクティアの胸にあった感情は一つ。ああ、やっと面倒ごとが終わってくれた、だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――自分が転生者だとルクティアが気づいたのは八歳の時だった。


 本当に何のきっかけもなく、ポンと幼い頃の記憶を思い出すような感じで前世の記憶を取り戻したルクティア。

 そしてそれと同時に知ったのは、生まれ変わったここが前世でちらっと読んだ流行りの――よく広告に出てくるような異世界恋愛漫画の世界であること。


 ナウディット公爵家長女。そして第二王子と同年代であり、かつ身分が釣り合うというだけの理由で婚約者にされ、王妃教育に日々励んできた甲斐もなく十八歳の時に婚約破棄され、追放される。

 しかし当然恋愛漫画だから恋はあるわけで、追放された先でスパダリに見初められるという内容だった気がするが、ヒーローが誰だったかよく覚えていない。


(……でもスパダリなヒーローって愛が重かったりするから嫌なのよね)


 かと言って、婚約者の第二王子との仲をどうにかするのも面倒くさい。すでに六歳で婚約は結んで何度か顔合わせしているから知っているが、彼は明らかにダメ男だ。自分より優秀なルクティアに嫉妬し、根も葉もない噂で貶めようとするし、彼に暴言を吐かれたことも多々ある。


 ダメ王子とだけは絶対にくっ付きたくない。

 ので、ルクティアは早々に決定した。


「よし、サクッと婚約破棄されてやりましょう」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 王妃にならないとわかっているから王妃教育はできる限り手を抜いたし、王子とのやり取りも「どうせ別れるのだし」と思ったら結構楽だった。

 原作通りピッタリ十年目に浮気相手を作った第二王子から婚約破棄を告げられたルクティアは、隣国へ向かうため馬車に乗り込みながら長年の計画がうまく行ったと微笑んだ。


 原作は追放であるが、ルクティアの場合「傷心を癒すため」国を離れることになっている。

 せっかく貴族に生まれたのに婚約破棄ごときで追放されてその地位を失うのは惜しい。そこで父である公爵のツテを使って隣国である帝国に別荘を買い込み、そこで過ごすことになったのである。

 もちろん隣国の皇帝にもすでに話は通してあり、歓迎するとのことだった。


 これから彼女を待ち受けているのは隣国での生活だ。

 たとえヒーローに見初められなくてもそれはそれで構わない。


(今度こそいい男を見つけてみせるんだから)


 前世、ヤンデレな彼氏に惨殺されたという凄惨な過去を持つ彼女は拳を作り、いつになく意気込んでいた。


 そしてそんな矢先、見つけたのだ。

 国境を越えて身一つで捨てられた後、これからの住居となる小さな屋敷へ行く道中、倒れていた少年を拾った。

 しかしその少年、ただの人間ではなかった。


 明らかに人間の頭部と違う、丸っこい耳のついた特徴的な頭部。

 この世界に獣人が存在したことは驚きだったが、服を着ているから間違いない。そしてルクティアをさらに驚愕させたのはその獣人の種類。

 ヒョロながい体、短い手足、目の周囲の茶色い毛。どう見ても――。


「フェレットじゃないの!」


 ルクティアは叫び、いつになく大興奮した。

 彼女、実は前世でもふもふ動物愛好家で、中でもフェレットが一番大好きだった。

 三匹ほど飼っていたこともある。八歳当時、記憶を取り戻した時は心配で心配で、あえて考えないようにしていたが、きっと今頃知人にでも引き取られて幸せに暮らしているだろう。


 人懐っこいところ、つぶらな瞳、一つ一つの仕草……。最高だ。可愛くないところがない。

 そう思ってしまうほど、ルクティアは大のフェレット好きだったのである。


 だから彼女は目の前で倒れ、苦しげに鳴いているこの獣人のことを見逃すことはできなかった。


「キューッ……キュー……」


 馬車を降り、フェレット獣人の少年に駆け寄る。

 ルクティアより頭四つぶんくらいは背が低く、ひどく痩せた彼の体には複数の打撲跡があった。どうして動物病院……いや、この場合は獣人病院に行った方がいいのか? ともかく、病院に連れて行かなかったのだと保護者に問い詰めたくなるほどひどい。


 迷ったのはほんの一瞬。

 ルクティアは覚悟を決めると、フェレット獣人を拾い上げていた。少年を保護することにしたのだ。


 そのまま馬車を走らせ、屋敷に彼を連れ込む。

 もしも彼が言葉を話せるなら、後でどれだけ文句を言われても構わない。今はとりあえず治療させることが最優先だった。

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