【全9話の短編】修羅苦(シュラク)の渚(ナギサ)

パタパタ

第1話シュラクという冒険者の日常

 所詮、この世は修羅しゅら苦界くがいただよなぎさのよう。


 生と死の狭間で、寄せては返す繰り返し。





 かさりと服を着る音で目が覚める。

「もう起きたの、シュラク?

 今日は休むんでしょ、まだ寝てたらどう?」


 長い緑の髪を一本にくくり横に流し、穏やかな笑みを浮かべるナターシャはそうささやきながら、俺の黒い髪を優しく撫でた。


 昨晩は幼馴染で恋人のナターシャと夜を共に過ごし、情事の後がベッドに残るがナターシャはすでに服を着ている。


 大した才能も与えられることもなくこの世に生まれ出でて、どこにでもある小さな村から食い詰めて、幼馴染男女4人で近くの街に出て冒険者を始めて2年目。


 そろそろ中堅へとかかろうとしていた。

 何者にもなれず、どこにも行けず。

 夢を忘れるのに十分な時間が過ぎた。


 転生チートと呼ばれるものさえ選ばれた者だけの才能となんら変わらないことを知るのには十分すぎる時間が過ぎた。


 いっそそれなら抱えた記憶の方が重いほどだ。


「ああ、いや、装備のメンテナンスがあるからもう起きる。

 ……今日はサレドのパーティに参加してダンジョンに潜るのだったな」


 サレドのパーティは男剣士3人、女魔導士1人のパーティだ。

 サレドはそのリーダーを務める冒険者歴4年の精悍な剣士だ。


 弓使いのナターシャでバランスを取りたいらしく、臨時での参加をすることになったそうだ。


 普段はその4人での行動だが、他パーティとの交流に技術向上を兼ねて、それぞれがこうして時々、ソロで他のパーティに参加することがあった。


 予定は3日。

 2日はダンジョンに潜り、残る1日は……サレドとベッドの中にでも潜るのだろう。


「行ってくるわ」

「……気をつけてな」


 ナターシャは再度、微笑み俺の唇にキスを落とす。

 そうして部屋を出た。


 それから3日後。

 ナターシャを含むサレドのパーティが行方不明になったと知らせが入った。


 全滅したのだ。

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