終幕に向けて

 近づくことすら難しかった敵が突然止まったことに守人は戸惑った。最初は次の攻撃の前触れかと警戒していたが、一向に動く気配がない。


 困り果てた守人がそのままPJに捕まっているとアニマから声をかけられる。


『モリト、そいつから離れてくれていいわよ』


「もういいのか?」


『いいわよ。全部終わったから。ほら、見てみなさいよ』


 のんきな声に促された守人はPJから離れるとしばらく眺めた。すると、目から放たれていたライトの光が明滅してから消える。


「あれ、消えた?」


『そーよ! 見た目じゃわからないけど、あいつの頭の中は今頃ドロドロに溶けているわよ。跡形もなくね!』


「そうか。けど、これは困ったな。何にも見えないや。どうするんだ、これ」


 唯一の光源がなくなったことで金庫室や外の通路も完全に真っ暗となった。生身の肉眼では何も見えない。


「くっそ、個人用端末機パソデバがあったらなぁ。どこにあるんだろう?」


『さすがにわからないわねー。モリトにセンサー類が搭載されていたら良かったのに』


「無茶言うな。お?」


 まったく動くことができず守人が途方に暮れていると周囲が一瞬明るくなった。しかし、すぐに暗くなる。暗闇の中で天井を見上げると再び明るくなった。電灯が明滅している。


「不安定だな!」


『それよりもあんたの個人用端末機パーソナルデバイスを探すのが先よ! いつ完全に電灯が切れるかわからないんだから』


「どこだ!?」


『えっと、あのときあの方向に飛んだから、あっち!』


 目の前に現れた半透明の妖精が指差す先に目を向けた守人は、かすかに見える自分の個人用端末機パーソナルデバイスに向かって走った。倒れるようにその前に跪くと手に取る。派手に落としたにもかかわらず、ケースのおかげか画面は割れていない。


 それをズボンのポケットにしまうと守人は智代を探した。金庫扉の近くの壁の前でへたり込んでいる姿が目に入る。


「智代、怪我はないか?」


「守人くん」


『あーこれはダメねー。完全に放心状態だわ。しばらくろくな反応はないわよ』


 頭の中で説明するアニマの声を聞きながら守人はぼんやりと見つめてくる智代を見た。電灯が明滅する中、智代に近づいて膝を突く。


「立てるか? 肩を貸すぞ」


「うん。ありがとう」


 感情のこもっていない智代の声を耳にしつつ、守人は肩をかけて立ち上がろうとした。普段なら恥ずかしくて絶対にできないような行為だが、今はそこまで気が回らない。


 地上までの道のりの長さにため息をついた守人が金庫室の出入り口へ向いたとき、背後から乾いた音が鳴った。次の瞬間、右腕に激痛が走って倒れる。


「いってぇ! なんだ!?」


 苦しむ守人が振り向くと、明滅する金庫室の奥でうつ伏せに寝そべったまま小銃を構えている満身創痍のケニーの姿があった。その顔は怒りで歪んでいる。


「終わりだ、何もかもがぶち壊しだ。それもこれも、全部お前のせいだ!」


「勝手なこと言ってんな! 呼ばれもしないのに来て学校をめちゃくちゃにしやがって!」


「やかましい! 崇高な目的のための必要な犠牲を理解できんガキが!」


「だったらあんたが犠牲になればいいだろう! 他人ばっかり犠牲にしようとする奴なんかに誰もついていくわけがないじゃないか!」


「生意気なガキめ、絶対ぶっ殺してやる!」


「最初からそうだったくせに!」


「口の減らねぇガキめ!」


「口ばっかりの大人が!」


 条件反射で言い返していた守人はその間に武器を探した。撃たれる危険があるため匍匐前進しながら倒れて動かない人へと近づく。


 一方、ケニーもまた匍匐前進で守人に近づいていた。左脚の足首が反対側にねじれている。まったく痛がっていないのは下半身全体が機械化されているからだ。憎悪の瞳を常に守人へと向けつつ、たまに小銃を撃つ。


 近くを通り過ぎる銃弾に首をすくめつつも守人は前に進んだ。右の二の腕からは血が流れ続けている。


『モリト、あの倒れているヤツに何としても近づいて! 後ろに回り込んだら上半身を起こすのよ! それから前にぶら下がっている小銃を構えて!』


「いっぺんに言うなよ! えっと、こいつ? うわ、死んでるのか?」


『今は自分が生きることを優先して! 早く!』


 頭の中で急かされた守人は倒れて動かないケニーの仲間に手をかけた。ぐったりとしているその体は完全武装していることもあって重い。それでも上半身を起こす。同時に右の二の腕が痛んだ。


 歯を食いしばりつつ、守人は次いで小銃を手に取ろうとする。しかし、落下防止のスリング付きなので、盾にした男の右脇からしか構えられない。


 その間にもケニーからの発砲は続いた。拳銃から小銃に変えたために発射音が連続する。そのうちの何発かが守人の盾となった完全武装の男に当たった。


 震えながら完全武装の男の背に隠れる守人がつぶやく。


「これむちゃくちゃヤバいだろう! この銃って弾丸たまはちゃんとでるのか?」


『ちょっと銃をこっちに見せて。ああ後ろ半分だけでいいから。モリト、このレバーを下げて。そう、そこ! よし、これで撃てるわ』


「でも俺撃ったことないぞ?」


『あたしが補正してあげるから大丈夫よ! 右腕の痛みだけ我慢して。今あんたの視覚に白い十字線を表示したの見える? あと、銃口の先を表す赤い点も。その二つをあのテロリストに合わせてから引き金を引いて!』


「こうか? いってぇ!」


 引き金を引いた瞬間、守人が持っている小銃が火を噴いた。その反動で右腕の痛みに顔をしかめる。しかし、苦しんだ甲斐はあり、ケニーの左肩に命中した。


 電灯が明滅する中、荒い息を繰り返す守人はその様子をじっと見つめる。アニマが支援してくれた照準は相手に合っているが動かない。


『モリト、どうしたの? 右腕が痛む?』


「ああ、うん。それもあるんだけど」


『ためらっているのね。まぁ、普段ならいいことなんだろうけど、絶対に見逃してくれない敵と戦っているときは危険よ』


「そうだけど」


『今だったら正当防衛だって主張できるから、罪に問われることはないわね』


「そういうのじゃなくて」


 まだ右腕が動くケニーは小銃を撃って反撃をしてきた。何発かは完全武装の男に当たる。ボディアーマーを身に付けているので弾丸は貫通しないがいつまでも安全ではない。


『あたしが代わりに撃ってあげられたら良かったんだけど、この死体、腕の筋肉と神経がちぎれていて動かせないのよね。モリトの意思に反してあんたの体を動かして撃つんじゃ、こうやって説得している意味ないし』


「くっそ」


『これに関してはちょっと悪いとは思っているわ。あたしがもっと成長していれば色々できたんだろうけど』


「別に、俺だって自分で助けるって言ったし。でも」


『まだ決心つかない? じゃ、卑怯な言葉でやる気にさせてあげるわね。そのうち智代に気付かれたら、あっちを撃たれるかもしれないわよ?』


「くっそ!」


 何発もの銃弾を撃ち込まれていた守人は迷いを見せていたが、急に発砲音がなくなった。気になってケニーの様子を窺うと小銃を捨てているのが見える。相手の弾切れに一瞬緩んだ顔になった守人だったが、次の瞬間顔が凍り付いた。


 近くに倒れていた男から取った拳銃を智代に向けている。


「まずはこいつからだぁ!」


「うわああああぁぁぁぁ!」


 最後の覚悟を決める間もなく、守人は叫びながら引き金を何度も引いた。その度に銃口から火を噴き、発砲音が室内をこだまする。気が付けば弾丸はなくなっていた。


 静かになった金庫室に守人の荒い息が小さく響く。その視線の先には動かなくなったケニーが横たわっていた。


 そんな守人にアニマが声をかける。


『モリト、トモヨの方に顔を向けてちょうだい。どうなっているか確認したいわ』


「あ、ああ」


 言われるがままに守人は金庫扉近くへ顔を向けた。すると、うずくまって震えている姿が目に入る。


『怪我もしていないみたいだから、とりあえずは無事のようね』


「よかった」


『それじゃ、今撃ったテロリストのところへ行きましょうか』


「え? 何をするんだ?」


『念のために生死の確認をするのと、生きていたらちゃんと拘束しなきゃいけないでしょ』


「あいつ、生きてるのか?」


『それを確認しましょうって言っているのよ。あいつさえ何とかできたら、もうもう急ぐ必要なんてなくなるんだし』


 固まっていた体をほぐしながら立ち上がった守人はゆっくりとケニーに近づいた。死んでいるかどうかわからないと聞いて緊張した面持ちで相手の姿を見る。


『相手の足側から近づいてね。ゆっくりでいいから。それで、相手の背中に乗って、耳元を触って。それでどうかわかるから』


「これ生きてて反撃されたらどうするんだ?」


『さっきのテロリストともうもう一回同じことをすればいいわ。傷口を見ていると、体のかなりの部分を機械化しているようだから、あたしのハッキングが通用するはずよ』


「だといいんだけどな」


 PJのときに散々痛い目に遭った守人は顔をしかめながらケニーの足下に回った。そこから腰をまたいで膝を折り、耳元を触る。それでも相手は反応しない。


 すぐにアニマから返答してくる。


『はい処置完了。こいつはもう動けないわ。気絶しているだけみたいね。頭に一発受けてそれで決定打になったみたい』


「なんで頭に銃弾を受けて生きているんだよ?」


『質のいい鉄板でも使っていたんでしょ。こーゆーテロリストは暗殺されることも珍しくないだろうし、頭なんてガチガチに固めていてもおかしくないわ』


「ということは、生きてるんだ」


『だからそー言っているじゃないのよ』


「ははは」


 引きつった笑顔を浮かべた守人は立ち上がると金庫扉へと向かおうとした。しかし、途中で崩れ落ちて四つん這いになり、すぐに仰向けに転がる。


 天井の電灯は相変わらず明滅して安定しない。いつ完全に消えるかわからないので早く移動するべきではある。


「やっと終わったぁ。終わったんだよな?」


『あたしたちが認識している範囲ではね。新たなテロリストが出てきたら知らないけど』


「勘弁してくれ。もう無理だよ。少なくとも明日以降にしてほしい」


『そーよねー。あたしも色々と準備したいし、ちょっと休憩時間はほしいなー』


「守人くん」


 不安定な守人の視界に智代の不安そうな顔が入ってきた。それに対して力なく笑う。


「智代、怪我はないか?」


「平気だよ。守人くんは、その右腕、血が出てるじゃない!」


「うん、大丈夫、そんなに痛くないんだ」


『あたしが痛みを和らげてあげているからね。お腹に受けた一発もそうだけど、ふふふ、元に戻したら痛みで喋れなくなるんじゃない?』


 頭の中に響いたアニマの声に守人は顔を引きつらせた。


 その様子を見た智代は汚れた顔を青ざめさせる。


「大変、苦しいのね!? ああそうだ! 何かきれいな布があれば!」


「待て、おちつけ、智代。なんでお前は制服を脱ごうとしている!?」


「だってきれいな布がないから、私の下着で代わりにしようと思って! あ、ちゃんと清潔よ! ちょっと汗を吸ってるかもしれないけど」


「目のやり場に困るわ! だったら俺のシャツを脱がせばいいだろう」


「ダメよ! あんまり傷に障るようなことをしちゃ!」


『早く地上に上がって、お医者さんに診てもらったらいいんじゃないの?』


「そうだ、早く上に行こう! 病院で治療してもらった方がいいって! ここの事もみんなに話さないといけないし!」


 さすがに色々とまずいと思った守人は慌てて制服を脱ごうとする智代を止めた。頭の中でアニマが助言してくれたのを幸いに積極的に提案する。


 どうにかして智代を納得させると守人は立ち上がった。できればまだ寝ていたいところだがそうも言っていられない。


 今度は智代に肩を貸してもらいながら守人は金庫室から通路に出る。こちらも明滅していた。ズボンのポケットから個人用端末機パーソナルデバイスを取り出すと智代に渡す。


「途中から真っ暗になるから、これのライトを使ってくれ」


「うん。ありがとう」


「それにしても、ひどい姿だな。汚れまくってるじゃないか」


「守人くんほどじゃないわよ。それ、絶対洗っても落ちないわよ?」


「うっ、やっぱりそう思うか? 母さんに何て言おうかな。絶対に怒られる」


「ふふ、その前にその怪我で驚くんじゃないかな?」


「ああそうだった。これも説明しないといけないんだった。ちょっと転んで怪我しましたじゃダメかな」


「本気でその言い訳が通じると思う?」


「思わない。あーもー、どうしよう」


「もうこんな風になっちゃったんだから、素直に話すしかないわよ」


「戦っていたときよりも憂鬱だなぁ」


 これから先のことを考えて悲観した守人が肩を落とした。


 電灯が明滅する辺りを抜けると真っ暗になる。そこで智代が守人の個人用端末機パーソナルデバイスを操作してライトを点けた。一筋の光がわずかに伸びる。それを頼りに二人は研究所跡の通路を歩いた。

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