PJのログ3:確認、協調、合意

 真っ暗な通路に足音が響き、次いで三本の光の筋が暗闇を退けていく。先頭を歩くのは義眼から光を放っている角刈りの厳つい男で、もう一人は右耳にペン型ライトを取り付けた作業着姿の冴えない中年だ。


 歩きながら義眼の男PJが後ろに続くマサに話しかける。


「結構あっさりと取り上げられたんだって?」


「ああ。しょせん後ろ暗いことをした子供一人だからね。わけはないさ」


「しかしマジで持ってやがったとは。ここからそんなモンを見つけ出すなんて、運のいいガキどもだ」


「探す手間が省けたという点については感謝してやってもいいんじゃないかな」


「だな。おっと着いたぜ」


 研究所跡の地下二階にある金庫室の前で立ち止まった二人は金庫扉に体を向けた。


 前回と異なる点がないか確認したマサが作業着のポケットから黒い電子施錠端末機キーデバイスを取り出す。


「大きさはこれでいいはずだが、さて。おお、はまったぞ!」


「やっぱこいつで正解だったのか。あんなところにしまってあったのがねぇ」


 こんな重要な機器が仮眠室の机の引き出しにあるなど普通では考えられなかった。余程の手違いでなければ何らかの意図があると疑うのが自然である。


 ところが、今のPJたちにとってその意図は重要ではなかった。目的を達成できるのであればどんな意図であろうとも構わない。


 金庫扉の中央にはめ込まれた電子施錠端末機キーデバイスは、しかし何の反応も示さなかった。一旦取り外してマサが確認する。


「大丈夫なのかよ?」


「一度ですべてがうまくいくことなんてないよ。こういうのは色々と試してみるものさ」


「うまくいくんなら文句はねぇが」


「放置されて何十年も経ってるんだ。このくらい当然だよ」


 電子施錠端末機キーデバイスを起動させたマサはそれを再び金庫扉へとはめ込んだ。認証画面が表示されたまま特に変化はない。


 その状態でマサは右手の三本の指を画面の記号へと添えた。すると、『機器に接続されていません。接続してからもう一度認証してください』とエラーメッセージが表示される。


「やっぱり、扉側も通電させないと反応しないんだ」


「ちっ、これで開いてくれりゃ楽だったんだがな」


「それでも一歩前進したよ。これがこの扉の鍵だってことがはっきりわかったんだから」


「まーな。ということは、やっぱりバラした発電機は持ち込まなけりゃダメなわけだ」


「そうだね。それで、いつ届きそうだい?」


「あと五日か六日だ。オレが用意した倉庫に運び込まれるから、そこから運んでくれ」


「あらかじめ倉庫のある場所を教えておいてくれよ。あと鍵も」


「わかってる。で、今度はあのガキどもみたいな連中が突発的に入ってこれねーようにしろよ。見つかったら面倒だからよ」


「もちろんだよ。あの子供たちが出入りしていた窓もちゃんと鍵を閉めておいたさ」


「そりゃ結構なことだ」


 金庫扉と電子施錠端末機キーデバイスを調べ終わったマサが立ち上がった。すぐに来た道を戻る。


「さて、今日はもうおしまいだ。そっちの準備の方も頼むよ」


「任せとけ。すべて順調さ。ああそれと、近いうちにケニーと打ち合わせをするから顔を出せよ」


「例の過激派のリーダーかい? あんまり気が進まないねぇ」


「そういうな。これも仕事だ」


 会話をしながらPJとマサは通路の中を進んだ。金庫扉の周りから最初は明かりが、次いで音が離れていく。やがて再び真っ暗な静けさが戻ってきた。




 金庫扉に電子施錠端末機キーデバイスをはめ込んだ数日後、PJは物が少ないのに何となく雑然と思わせる部屋でパイプ椅子に座っていた。腕組みをして微動だにせず、感情のない顔のままじっと正面の壁を見つめている。


 しかし実際には、義眼の内部でいくつもの半透明の画面を立体表示し、様々な作業をこなしていた。生身の体で行うよりも明らかに速い。


 その作業が一段落するとPJは映像通信を立ち上げた。そして、接続相手を二人選んでコールする。


 先に反応したのはマサだった。バストアップ表示された冴えない顔の立体映像が現れる。


「やぁ、PJ。今日倉庫へ行ってきたよ。確かにあった」


「そりゃよかった。じゃ、明日から運び込めるんだな?」


「いけるよ。学校には申請しておいた。旧北校舎の屋上にある電波妨害装置のための発電機としてね」


「意外とチョロいな。あんな結構大きい発電機で動かすなんて普通思わないだろ」


「結局現場を知ってる人間が用務員以外にいないんだよ。近くなんだから一度くらい確認しにいけばいいものをそれすらしない。そりゃザルにもなるね」


「オレたちにとってはいいことだがな」


「それと、発電機から金庫室に通じる配線以外を切断するというのはやっぱり無理だよ。配線図がないのが痛いな」


「ダメか」


「これができたらセキュリティシステムをほとんど死んだままにできたんだけどね。そう都合良くはいかないみたいだ。ただ、非常用電源設備室の操作盤でそれに近いことができることがわかったから、それを使おう」


「でかした、マサ。仕事がやりやすくなる」


「それで、その頭数担当のリーダーはどうしてるんだい?」


「まだ繋がらねぇんだ。時間は伝えてあるはずなんだけどな」


 二人が待っている間に報告の受け答えをしていると、もう一人の通信相手がバストアップ表示された。青年といえる若い風貌で相手を馬鹿にしたような笑顔を浮かべている。


「遅れてすまない。警察の捜査をかいくぐってきたきたところなんだ」


「大丈夫かよ。てめぇが逮捕されたらこっちの計画が狂っちまうんだぜ」


「わかってる。逃げ切ったからもう大丈夫だ」


「だったらいいんだが。さて、全員揃ったところで本題に入ろうか」


 マサとケニーのバストアップ表示を脇に移動させたPJは、中央に研究所跡の立体地図と金庫扉や電子施錠端末機キーデバイスなどの立体映像を表示させた。その上で話を始める。


「意識をすり合わせるためにもう一回説明しておくぞ。今回の計画は、戦時中に電子生命体フェアリーテイルを研究していた施設跡から、それが記録された記憶媒体メモリあるいはその設計図を手に入れることだ。場所は月野瀬高等学校の旧北校舎の下、研究所跡の地下二階にある金庫室だ。ただし、問題が三つある。一つ目は、この金庫室の扉を開けるためには解錠用の電子施錠端末機キーデバイスもどきが必要だということ。二つ目は、この扉は電子ロックタイプだから研究所跡の電源を復活させないといけないこと。そして三つ目は、電源を復活させるともれなくセキュリティシステムも復活することだ。この三点をクリアして初めて目的のブツが手に入る」


「で、その問題三つは解決の目処が立ってるんだよな?」


「ああ。それはマサから説明させよう」


「わかったよ。PJが言った三点だけど、一つ目の端末機は既に確保してある。金庫扉にもはめ込めることは確認済みだから後は扉を通電させるだけだよ。次に二つ目だけど、研究所跡に発電機を持ち込んで電源を確保することにした」


「研究所の大きさがどれほどか実感できていないんだが、持ち運べるようなサイズの発電機で電力を供給できるのか? いや、その扉っていうのに直接発電機を繋げるのか?」


「持ち込める発電機では研究所全体を賄える電力は供給できない。それに、配線図を手に入れられなかったから、金庫扉に繋がる配線に直結もできないんだ。けれど、どうにかできる目処はつけた。まず、発電機は研究所跡の非常用電源装置と差し替える形で施設に繋げる。そして、非常用電源設備室にある操作盤で電飾を供給する区域ブロックを限定するんだ」


「なるほど、そして復活した区域ブロックのセキュリティシステムを自分たちが迎え撃つわけか。どのくらいの広さになりそうなんだ?」


「PJの用意した立体地図を見てほしい。地下二階にある非常用電源設備室から金庫室までの間の区域ブロックだけを復旧させる予定だから、三区域ブロックかな。ただし、古い施設だから配線が傷んで断線している可能性がある。その場合は別の区域ブロックを復旧させて迂回するよ」


「事前に調べられてないのか?」


「さっきも言ったけど、配線図が手に入らなかったから調べられなかったんだ」


「ぶっつけ本番で、更に当日配置換え前提か」


 少し悩むそぶりを見せたケニーが黙った。それに合わせてマサも口を閉じる。しばらく三人の間に沈黙が訪れた。


 二人の様子を見ていたPJが間を置いてから口を開く。


「今回、守るべきなのは最優先で金庫室近辺と非常用電源設備室の二ヵ所だ。ここにそっちの仲間を配置してセキュリティシステムを撃退してくれたらいい」


「なるほど、復旧する区域ブロックに関係なく守る場所を固定するわけか。ところで、そのセキュリティシステムというのは、資料にもらったやつで全部なんだな?」


「不完全だというのは最初に渡したときに言ったとおりだ。しかし、それ以上のヤツが出てくるとは思えねぇ」


「ならいいか」


「それと、現地は電源が入るまで真っ暗だからな。ライトは自分で用意しておいてくれよ」


「わかった。準備しておこう。それでだ、例の話の許可をもらいたいんだが」


 今まで比較的真面目な顔つきだったケニーの顔が崩れた。映像通信にバストアップ表示された笑顔にうさんくささが加わる。


「PJ、あんたの計画についてはよくわかった。それに協力もしよう。その電子生命体フェアリーテイルを解き放って社会を揺るがせるというのも魅力的な案だからな。しかし、今のままじゃこちらが一方的に協力するばかりでいささか不公平だろう?」


「高校を占拠して政府に仲間の解放を要求するんだったか」


「その通り! 労働者を虐げ、資本家や経営者に対して正当な抗議をしていた我々の同志を政府が不当に逮捕したのだ。ならば自分たちも相応の対応をして同志の解放を要求する権利がある!」


「あーわかった。それについては前に聞いたからもういい。計画の内容についてだが、前と変わらないんだよな? だったらいくつか質問したい」


「なんだろうか?」


「集められる仲間が三十人程度と聞いているが、それであの生徒全員を人質にするつもりなのか?」


「人質はこちらで選別する。そっちのマサが学校に潜入しているのならば、生徒のリストを手に入れられるだろう? それを元に資本家や経営者の子供だけを選ぶ」


「身代金を要求するにしても、ガキの親が貧乏人じゃたかが知れてるからなぁ」


「口を謹んでもらおうか。自分たちは労働者の守護者なんだ」


「そうかい。まぁいい。で、学校を制圧前に学校のシステムとネットワークを押さえるとあるが、それは誰がやるんだ?」


「あんたとマサに頼むつもりだ。自分たちは同志を提供するのだから、そちらも相応の協力をしてもらいたい」


 当然のように要求されたPJは黙った。可能であっても自分の計画に狂いが生じるのならば拒否する必要がある。


「マサ、高校のシステムとネットワークのハッキングはできるか?」


「そりゃできるけど、少し準備させてほしい。というか、ケニーの案を認めるのかい?」


「ギブアンドテイクだって言われるとな。ただし、あくまでも今回の計画の主体はオレだ。そっちの計画とかち合うことがあったらこっちを優先させるからな、ケニー」


「いいだろう」


「となると、最初は高校を制圧して、その後に研究所跡へ人を回すって段取りになるな。よし、今から細かい点を詰めていくぞ」


 計画の大まかな部分が決まったところでPJは一旦話を区切った。そしてすぐにより細かい話へと移っていく。


 時間はかかったものの、このときに計画の最終調整が終わった。

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