スードフェアリー ─ Pseudo fairy ─

佐々木尽左

プロローグ

 埃臭い室内で周囲が一瞬明るくなってすぐに暗くなる。高校の制服を着た少年が天井を見上げると再び明るくなった。電灯が明滅している。


「不安定だな!」


 しかし長くは眺めず、渋い顔をした少年はすぐに自分の周囲に顔を巡らせた。床にはいくつもの銃や盾が散らばり、人が倒れている。


「どこだ!?」


 少年はかすかに見える個人用端末機パーソナルデバイスに向かって走った。倒れるようにその前に跪くと手に取る。画面は割れていない。


 それをズボンのポケットにしまうと少年は再び周りを見た。金庫扉の近くの壁の前でへたり込んでいる制服姿の女子生徒が目に入る。


智代ともよ、怪我はないか?」


守人もりとくん」


 守人と呼ばれた少年はぼんやりと見つめてくる智代を見た。電灯が明滅する中、智代に近づいて膝を突く。


「立てるか? 肩を貸すぞ」


「うん。ありがとう」


 感情のこもっていない智代の声を耳にしつつ、守人は肩をかけて立ち上がろうとした。普段なら恥ずかしくて絶対にできないような行為だが、今はそこまで気が回らない。


 ため息をついた守人が部屋の出入り口へ向いたとき、背後から乾いた音が鳴った。次の瞬間、右腕に激痛が走って倒れる。


「いってぇ! なんだ!?」


 苦しむ守人が振り向くと、明滅する金庫室の奥でうつ伏せに寝そべったまま小銃を構えている満身創痍の青年の姿があった。その顔は怒りで歪んでいる。


「終わりだ、何もかもがぶち壊しだ。それもこれも、全部お前のせいだ!」


「勝手なこと言ってんな! 呼ばれもしないのに来て学校をめちゃくちゃにしやがって!」


「やかましい! 崇高な目的のための必要な犠牲を理解できんガキが!」


「だったらあんたが犠牲になればいいだろう! 他人ばっかり犠牲にしようとする奴なんかに誰もついていくわけがないじゃないか!」


「生意気なガキめ、絶対ぶっ殺してやる!」


「最初からそうだったくせに!」


「口の減らねぇガキめ!」


「口ばっかりの大人が!」


 条件反射で言い返していた守人はその間に武器を探した。撃たれる危険があるため匍匐前進しながら倒れて動かない人へと近づく。


 一方、青年もまた匍匐前進で守人に近づいていた。左脚の足首が反対側にねじれている。まったく痛がっていないのは下半身全体が機械化されているからだ。憎悪の瞳を常に守人へと向けつつ、たまに小銃を撃つ。


 近くを通り過ぎる銃弾に首をすくめつつも守人は前に進んだ。右の二の腕からは血が流れ続けている。


「いっぺんに言うなよ! えっと、こいつ? うわ、死んでるのか?」


 独り言をつぶやきつつも守人は倒れて動かない男に手をかけた。ぐったりとしているその体は完全武装していることもあって重い。それでも上半身を起こす。同時に右の二の腕が痛んだ。


 歯を食いしばりつつ、守人は次いで小銃を手に取ろうとする。しかし、落下防止のスリング付きなので、盾にした男の右脇からしか構えられない。


 その間にも青年からの発砲は続いた。拳銃から小銃に変えたために発射音が連続する。そのうちの何発かが守人の盾となった完全武装の男に当たった。


 震えながら完全武装の男の背に隠れる守人がつぶやく。


「これむちゃくちゃヤバいだろう! この銃って弾丸たまはちゃんとでるのか?」


 不安な表情を見せつつも守人は盾にした男の右脇から銃の後ろ半分を引き寄せ、安全装置を操作した。そのまま銃把を握り不格好に構える。


「でも俺撃ったことないぞ?」


 盾にした男の背中越しに小銃で撃ってくる青年を見ながら守人はつぶやいた。それでもどうにか引き金を引く。


「こうか? いってぇ!」


 引き金を引いた瞬間、守人が持っている小銃が火を噴いた。その反動で右腕の痛みに顔をしかめる。しかし、苦しんだ甲斐はあり、青年の左肩に命中した。


 電灯が明滅する中、荒い息を繰り返す守人はその様子をじっと見つめる。照準は相手に合っているが動かない。


「ああ、うん。それもあるんだけど」


 誰と話しているのか、守人はじっとしたままつぶやいた。周りに話しかけられる人物はいない。


「そうだけど」


 青年の銃撃は続く中、守人は口を動かしても指は動かさないでいた。そのため、一方的に撃たれることになる。


「そういうのじゃなくて」


 まだ右腕が動く青年は更に小銃を撃ってきた。何発かは完全武装の男に当たる。ボディアーマーを身に付けているので弾丸は貫通しないがいつまでも安全ではない。


「くっそ」


 悪態をつく守人はまだ撃たない。


「別に、俺だって自分で助けるって言ったし。でも」


 独り言だけが続いた。顔を歪ませる。


「くっそ!」


 何発もの銃弾を撃ち込まれていた守人は迷いを見せていたが、急に発砲音がなくなった。気になって青年の様子を窺うと小銃を捨てているのが見える。相手の弾切れに一瞬緩んだ顔になった守人だったが、次の瞬間顔が凍り付いた。


 近くに倒れていた男から取った拳銃を智代に向けている。


「まずはこいつからだぁ!」


「うわああああぁぁぁぁ!」


 最後の覚悟を決める間もなく、守人は叫びながら引き金を何度も引いた。その度に銃口から火を噴き、発砲音が室内をこだまする。気が付けば弾丸はなくなっていた。


 静かになった金庫室に守人の荒い息が小さく響く。その視線の先には動かなくなった青年が横たわっていた。

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