6 ルチアの目論見

 私の白髪は、印象に残りやすい。それに、私が聖女になってから、『聖女は白髪の乙女』だと国中に伝わった。


 なのに、国外追放されたばかりの聖女が護衛騎士と王都の外に出てどこかへと向かい、すぐに護衛騎士だけが戻ってきたとしたら。当然、国民は何かあったと思うだろう。


 だからきっとマルコは、私をすぐには殺さない。国民に疑われる可能性が低くなる国境までは、生かしておく筈。


 逆に私は、早い段階では逃げられない。養父母や義姉が王都から出るまでは、マルコは彼らの命をネタに私を脅せるから。


 つまり、国境に着く前になんとかマルコを説得して、私を殺したと見せかけるよう協力を取り付ける必要があった。


 聖女ロザンナが現れたのは、ごく最近だ。いくら王家や彼女が私を偽物だと主張しようが、王都より魔物の被害が遥かに多い地方にとって、この二年半の瘴気の減少は事実。


 きっとこれから先、魔物はどんどん増えていく。誰が聖女なのかは、すぐに明らかになる。その時、保身に走ったマルコが私を殺していたとしたら。


 国民は、聖女殺しを命じた王家を非難する筈だ。だけど王家がマルコの独断だと生贄みがわりにするのは、目に見えている。


 私の生死どちらを選ぶのが賢いか、国境に辿り着く前にマルコを説得できなければ私の負け。偽装工作に乗ってきたら、私の勝ち。


 隣を歩く、マルコの険しい横顔を見上げる。


 信頼なんて一瞬で崩れる。マルコが私を突き飛ばした時に、砂の城の如く崩れ去った。


 静かに付き従う私を、マルコが横目で見る。


「……何故何も言わないのですか」

「何をですか」


 静かに問い返すと、マルコの顔がぐしゃりと歪んだ。今にも泣き出しそうな表情だ。


「――何故私を責めないのですか!」

「責めたところで事実が変わりますか?」

「――ッ!」


 唇を噛み締め、目を伏せるマルコ。彼の様子から、きっと彼は私に責められて泣いて謝ってスッキリしたいんだな、と思った。


 そんなことしか、思えなかった。


 貴族籍と私の命を天秤にかけて、貴族籍を取った人だ。結局、彼の中で私はその程度の存在だったんだろう。


「……聖女でなくなった私に救いを求めないで下さい」

「私はっ!」


 小さな悲鳴のような声を出すと、マルコは突然私を腕に掻き抱く。


「申し訳ありません! お守りすることができず、護衛騎士失格です……! ルチア様、ルチア様……っ!」


 グズ、と鼻を啜る音が響いた。


 失格だねと言っても、そんなことないよと言っても、きっとこの人は自分の都合のいいように解釈して勝手に救われる。


 だから私は、無言を貫くしかなかった。



 皮肉なもので、祈祷がなくなった途端、私の体調は劇的に改善していった。


 元々マルコは私の力を信じていたと思うけど、僅か数日で見るからに健康体に戻っていくを目の当たりにして、聖女の力を改めて実感したらしい。


「ルチア様、どうか馬鹿な私をお許し下さい……!」


 毎晩、私の膝に額をつけては許しを乞う。手の甲にキスを落としては、名前を連呼する。


 それでも彼は、私を助けるとは言わなかった。


 だから、まだだ。まだ、許しの言葉は与えてはならない。マルコと別れるギリギリまで引き延ばすことにした。


 いくつもの町を経由していると、やがて遠目に白いいただきと深い森がぼんやりと見えてくる。


 草原を吹き抜ける風も、心なしか冷たくなっている気がする。これまで散々眺めてきた国の地図を思い浮かべた。連なる山脈の先にあるのは――海しかない。


 国外追放しろと命じられて、その先に隣国がない場所に連れてきた意味。


 はなから逃す気なんてなかったらしい。


 ここいらが潮時かな。意を決して、話を切り出すことにした。


「――マルコ」

「なんでしょう、ルチア様」


 振り返るマルコの瞳からは、以前と変わりなく聖女に対する信奉が見える気がした。


 だから私は、それを利用する。


 何をしても、聖女だから許してくれるって思ってるなら、勘違いも甚だしい。私はただの人間にすぎないんだから。


「……私を殺すつもりですか」


 ビク、と肩が揺れると、マルコが泣きそうな顔に変わる。私はマルコの目をじっと見つめた。


「貴方も辛い立場でしょう。アルベルト様は臆病者なのです。ご自身で偽聖女だと言ったのに、聖女を害することによる神罰を恐れて貴方に押し付けたのですから」

「し、神罰……! やはり……っ」

「信じていないと言いつつ恐れる。これが臆病者の所業と言わず何でしょうか」


 神罰が下るかなんて知らないけど、マルコはかなり信心深い方だから信じるんじゃないか。


 私の予想は、当たった。


「ルチア様……っ! 私はどうしたら……!」


 涙目になって地面に膝を突くマルコ。顎がガクガクいっているから、多分これは本気で怖がっているんだろう。


 殺そうとしている対象に、どうしたらいいか尋ねる。馬鹿馬鹿しすぎて涙が出そうだったけど、ここが正念場だ。


 せいぜい荘厳に見えるよう、微笑んだ。私の後ろから太陽光が差し込み、白髪を輝かせることも計算しつつ。我ながらよくやると思う。


「マルコ。私に尽くしてくれた貴方に神罰が下るのは見ていられません。証拠となる物を差し出せば、私の死亡は疑われないのでしょう?」

「ルチア様……?」


 私は聖女の微笑みを浮かべると、マルコに方法を伝えることにした。

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