4 聖女になった経緯

 私が十五歳になったある日のこと。家に突然、神殿の偉い人と血が繋がった父親だと主張する男が尋ねてきた。


 なんでも、瘴気が湧いて魔物が増えてきている国土を浄化できる聖女が現れたと神託があったらしい。


 アルジェントの白髪の乙女という神託だった為、神官はアルジェント伯爵を訪ねた。だけど、アルジェント家に白髪の令嬢はいない。


 ふと私の存在を思い出した伯爵が、人を使って私がここに暮らしていることを突き止めた。


 神官に、目の前の水晶玉を持ってみろと言われる。手を触れた途端に白く光ったことで、私が彼らの探していた聖女だと断定された。


 神殿に行き、正式な聖女判定をする。結果、やはり私が聖女であることに間違いなかった。


 父親は「生き別れた娘です」と嘘泣きをすると、勝手に私を彼の籍に入れる。利権を得る為だろう。私の名前に、欲しくもない家名が加わった。


 別れの挨拶すらないまま養父母から引き離された私は、家に帰りたいと訴えた。すると「あなたはもう国の宝なのです。勝手な行動はいけません」と訳の分からないことを言われ、そのまま王城に軟禁された。一度も家に帰れないまま。


 後日、国王陛下や王太子のアルベルト様に引き合わされ、勝手に婚約者にされる。毎日の祈祷は疲れたけど、当時はまだ平気だった。


 限界がきたのは、半年が過ぎたある日のこと。私は祈祷の後に倒れた。急いで呼ばれた神官が検査したところ、「聖力の回復が追いついていない」と判明する。


 今の状態を続けたら、遅かれ早かれ身体がついていかなくなるだろう、とも。


 貯金を使い果たしたのだと悟った私は、他にも聖女がいないか調べてほしいとアルベルト様にお願いした。


 みるみる痩せていく私を見て、アルベルト様は「必ず見つけ出してみせる、それまで耐えてくれ」と仰ってくれた。この頃はまだ、私たちの仲は比較的良好だったのだ。そこに愛はなくとも。


 それから一年、私は耐えた。祈祷以外の時間を全て回復に振り切ることで、ぎりぎり乗り切った。


 そして、とうとう新たな聖女ロザンナ様が見つかる。そこから、更に一年が経過。最初は私に親切だった人たちがロザンナ様に夢中になっていく中、睡眠と祈祷だけの毎日を繰り返した。


 祈り続けないと、祈祷台の床に描かれた国の地図が、加速度的に黒く染まっていったから。


 彼女は「同じ場所での祈祷は気が散る」と言って、ひとり違う場所で祈祷していた。だから私は、彼女が実際にどこでどう祈祷していたのか、見たことがない。本当にしていたのかどうかも知らない。


 祈祷台じゃない所からどうやって浄化するのかという疑問には、誰も答えてくれなかった。


 もう、限界だった。なのに周りはみんな、最近魔物の発生が減ったのは聖女が二人になったからだと口を揃えて言う。


 違うよ。私が毎日コツコツ祈ってきたからだよ。瘴気を減らすには、一朝一夕にはいかないから。


 そして、今日の断罪劇だ。アルベルト様、確か事情は分かってた筈じゃ? という疑問が湧いたけど、多分都合よく忘れたんだろう。


 これまでの二年半って、何だったんだろうな。虚しくなった。


 マルコと一緒に、暗い夜道を進む。


 懐かしさを覚えながら、小さな家の前に立った。――中の明かりが点いている。


「……すぐに終わらせますから」

「監視させていただきますよ」

「ご自由に」


 トントン、と扉を叩いた。中から人の気配がする。

 

 私の家族は、養父母と義姉だけ。血の繋がった父親はどうでもいいけど、血の繋がらない温かい家族だけは守りたいから。


 ガチャリ、と扉が静かに開かれた。こんな夜に誰が、とでも思ってそうな顔の養父が、私を見て目を大きくする。


「――ルチアッ!」

「お父さん……っ」

「母さん! ルチアだ! ルチアが帰ってきた! 俺たちの可愛いルチアが……っ」


 ガクガク震えながら、信じられないといった表情で私を見つめるお父さん養父


 広げられた懐かしい腕の中に、飛び込んだ。

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