3・ヒトリは逃げられない

「はぁ~……はぁ~……あっ辺り一面に……綺麗な花畑が見えた……」


 滝汗をかき青白い顔をしたヒトリが、両膝と両手を床について肩で息をしていた。


「がっはははは! いやーすまんすまん! 特に力を入れたつもりはなかったんだがなぁ」


 フランクは頭をかきながら高笑いをする。


「笑い事じゃないよ! このバカ!」


「あいてっ!」


 シーラが怒りながらフランクの脛を蹴り飛ばす。

 同様にヒトリの傍にいたツバメも怒鳴った。


「ホントですよ! ヒトリの悲鳴が聞こえて大慌てで駆け付けたら、首は変な方向に曲がっているし、白目は向いているし、口からは泡を吹いてるしでもう駄目だと思いましたよ! 大丈夫? ヒトリ……」


 ツバメはヒトリの背中を優しく擦った。


「まあまあ、治癒ポーションが効いたんだから良かったじゃ――ぐふっ!!」


 シーラの鉄拳がフランクの鳩尾にめりこみ、その場にうずくまった。


「そういう問題じゃないっての! ……本当にわるかったね」


「あっ……いえ……き、気にしないでください……ありがとう、ツバメちゃん……もう大丈夫だから……」


 ヒトリはよろよろと立ち上がり、椅子に座った。


「本当? それならいいんだけど……それじゃあ、私は仕事に戻るので2人共、くれぐれもヒトリをよろしくお願いしますね」


 そう言うと、ツバメは不安そうな顔をしつつ受付のまで戻って行った。


「…………え? ボクをよろしく? それってどういう意味……?」


「何、簡単な話さ。あんた、未登録の遺跡を見つけたんだろ?」


 ヒトリの座っている席にシーラが座る。


「え? ……あっ……はい……お、お使いの帰りに……たまたま……」


 少し遅れて、フランクも腹を擦りながらシーラの隣に座った。


「いてて……でだ、その遺跡にオレ達を案内してほしいんだよ」


「えっ! あ、案内ですか!?」


 フランクの言葉にヒトリが慌てふためく。


「えと、えと…………あっ……じゃ、じゃあ今すぐ地図を描きますね!」


 ヒトリは道具袋の中から紙を取り出し、テーブルの上に置いた。

 その瞬間、ソーラはその紙の上にバンッと手を置く。


「ひっ!」


 ヒトリはびっくりして飛び退く。


「アタイ達が言っているのは案内だよ、あ・ん・な・い」


「……あっ……あ、あの……どうしてですか……? 別に、地図でもいいんじゃ……?」


 ビクビクしながらヒトリは2人に問いかける。


「どうしてって、地図を見ながら探すより案内してもらった方がはえぇし、確実だからな」


「ええ……」


 フランクの答えに、ヒトリは露骨に嫌な顔をしてしまう。

 それでもシーラは気にせず話を続けた。


「あんた、どうせ今日もここでナイフを磨いているだけなんだろ? なら、アタイ達の案内くらいしてくれてもいいじゃないか」


「ううっ……」


 ヒトリは嫌な顔のまま少し考え……。


「………………あっ! そ、そうだった! この後人のと会う約束が……」


 ベタな言い訳で逃げようとした瞬間、すぐにシーラが割って入る。


「万年ソロのあんたが、人と会うなんてあるわけがないだろ。仮にそうだったとしても、そういう場合はツバメが絶対に関わっているから連れて行くなと止められちまうさ。それが無いという事は……」


 ジッとシーラがヒトリを見つめる。


「うぐっ! ……えと…………あっ! あいたたた……! さ、さっき痛めた首が! これは病院に行かないと!」


 ヒトリは右手で首の右側を大げさに擦り始めた。


「首が曲がったのは左だ。右じゃねぇよ」


 ジッとフランクがヒトリを見つめる。


「……」


 フランクの指摘に、ヒトリは静かに右手を首から離して降ろす。


「「……」」


 そのままシーラとフランクが黙ってヒトリを見つめた。


「……………………わ、わかりましたよ……案内します……」


 2人の圧に耐え切れなくなったヒトリは涙目になりつつ案内を承諾した。


「そう来なくっちゃな!」

「じゃあ、さっそく出発しようか!」


 2人は同時に椅子から立ち上がった。


「ええっ! い、今からですか!?」


「おうよ、急がば回れっていうだろ?」


「それを言うなら善は急げだよ。ほら、さっさと行くよ」


 シーラはヒトリの腕を掴み、無理やり立たせてギルドの入り口まで引っ張っていく。


「ちょっ! 待って下さい! まだ心の準備が――!」


「往生際が悪いぞ。それじゃあ行って来るぜ」


 フランクは仕事をしていたツバメに声をかける。 


「あっはい、お気をつけて」


「……」


 半泣きのヒトリは最後の望みとばかり、目でツバメの助けを求めた。

 それに対しツバメは笑顔で……。


「ヒトリも気を付けてね~」


 とバッサリ、ヒトリをきる。

 最後の望みも絶たれ、ヒトリは引き摺られるようにギルドから出て行った。



「……む?」


 町を巡回していたバァルが立ち止また。

 同行していたメレディスも足を止めた。


「どうかしましたか?」


「いま、ヒトリ殿がオーガとダークエルフと一緒に歩いていたのを見たんだが…」


 バァルの言葉にメレディスが不思議そうな顔をした。


「ここは町中ですし、歩いていてもおかしくないじゃないですか。オーガとダークエルフもパーティーを組んでいるんじゃ?」


「いや、ヒトリ殿は俯いて足取りが重そうに歩いていたんだ……気になるな……」


 バァルは顎に手を当てる。


「え? いや……それは普通の事……」


「はっ! もしや、あの2人に無理やり連れ回されているのでは! だとすれば大変だ、助けに行くぞ!」


 そう言うとバァルは駆け出した。


「え? あっ! ちょっと! 待って下さい!!」


 メレディスも慌ててその後を追いかけた。




「おい! そこのオーガとダークエルフ! 止まれ!」


 3人に追いついたバァルが声を張り上げた。


「ん?」

「なんだ?」

「……へ?」


 その声で3人が立ち止まり振りかえる。


「……って、フランクとシーラじゃないか!」


 見知った顔に驚くバァル。


「どうしたんだい、バァル。そんな大声を上げてさ」


「いや、そこにいるヒトリ殿が俯いて歩いていたのを見てな……お前等に無理やり連れ回されているのかと……」


 バァルの言葉に、フランクとシーラが見つめ合う。

 そして、ゲラゲラと笑い始めた。


「あっはははは! ヒトリが俯いて歩いてるなんていつもの事さね!」


「そうそう! それを気にしていたらきりがねぇぞ! オレ達はただヒトリに案内をしてもらっているだけだ」


「案内? どこへ行くんですか?」


 メレディスの質問にシーラが得意げに答える。


「未登録の遺跡が見つかったらしくてね、アタイ達はそこの調査に行くのさ」


「なるほど、そうだったんですか」


「ふむ、未登録の遺跡か……お前等なら大丈夫だとは思うが何があるかわからん、十分気を付けるようにな」


「ヒトリさんも頑張ってくださいね」


「あっ……は、はい……頑張ります……」


 軽く別れの挨拶をかわし、バァルとメレディスは巡回に戻って行った。


「ほらヒトリ、しゃんとしな! また変な勘違いされっちまうよ」


 シーラがツバメの背中をバンッと叩いた。


「あうっ! すっすみません!」


 ヒトリはジンジンと痛む背中をさすり、3人は遺跡へと向かった。

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