9・少女の想い、少年の想い

 町の中をトーマが走る。

 そして1件の家の前まで行き、勢いよく扉を開けた。


「きゃっ!? 何!?」


「――!!」


 突然の事に女性は手に持っていたお皿を落とした。

 と、同時に横にいた一つ目の大男がサッと女性の前に立ち大声をあげる。


「どこの誰だか知らねぇがかみさんには指1本も触れさせは…………って、トーマ!?」


 トーマの父親、サイクロプスのホートンが驚きの声をあげる。

 その声にホートンの後ろに隠れていたトーマの母親アニタが顔を出す。


「あらホント、トーマじゃない! あんたいつ町に帰って来たの?」


 両親の問いかけにトーマは俯いたまま……。


「……ごめん……今は……誰とも話したくないんだ……」


 そう言うと、トーマは自分の部屋へと入って行ってしまった。


「……どうしたのかしら?」


「……さあ?」


 ホートンとアニタがお互いの顔を見る


「……っ」


 部屋に入ったトーマは荷物を降ろし、ベッドへ飛び込む。


『ピッ!』


 肩に乗っていたシェリーがコロコロとベッドの上を転がった。


『ピ~?』


 シェリーはベッドの上を這ってトーマに近づき、すりすりと顔を擦り付ける。

 だが、トーマが反応する事は無かった。




 1時間ほどたち、シェリーは身を丸くして寝息を立てている。

 トーマはゆっくりと体を起こしてベッドから降り、部屋の明かりをつけた。

 そして荷物からミシェルのノートを取り出して机の上に置く。


「…………ふぅ」


 トーマは椅子に座り、ノートの最初のページを開いた。


「……え?」


 最初に書かれていた言葉にトーマは驚きの声をあげる。

 書かれていたのは【トーマと一緒にやりたい事100!】。


「……俺と一緒にやりたい事……? そうだったのか……俺に中身を見せたくなかったのは、これが理由だったのか……しかも100個もあったのかよ……」


 トーマは少し笑いながら優しくノートを手のひらでさすった。

 そして、線で消された項目を1つ1つ目を通していく。


 ・トーマとでっぱり丘でマルティスの町を見る!

 一番最初に書かれている項目で、旅立った日の最初に達成した。

 町からちょっと離れたところにある丘で、頂上からはマルティスの町が一望できる。

 子供たちの遊び場でもあり、トーマとミシェルもよく遊んだ場所だ。

 その為、普段から見ているのに何故これを項目に入れたのかと当初のトーマは理解できなかった。

 だが今ならわかる、ミシェルはマルティスの風景を目に焼き付けておきたかったのだ。


 ・トーマとマルティスの隣町まで歩く!

 丘でマルティスの町を見た後、そのまま歩いて隣町へと向かった。

 遠いので基本は馬車で移動するが、ミシェルにとって旅の最初くらいはトーマと一緒にゆっくりと踏みしめて歩いておきたかったのだろう。


 ・トーマに手料理を食べさせる!

 隣町に向かう最中のお昼休憩で達成した項目だ。

 ミシェルが自分が料理を作ると言い出し、ものすごく苦労して出来たのが真っ黒なシチューだった。

 何故シチューが真っ黒になるのかトーマは理解できなかったが、失敗して涙目になっているミシェルを見て根性で全部食べ切った。

 が、それ以来はトーマが料理担当になった。


 ・トーマとルノシラ王国に行く!

 2人にとって生まれて初めて訪れたルノシラ王国。

 土地の大きさ、歩いている人の数、マルティスの町なんて比べ物にもならない事にトーマとミシェルはすごく驚いた。


 ・トーマとエド先生に会う!

 トーマとミシェルが通っていた学校の中年男性教師。

 5年ほど前に病気にかかってしまい、町の病院では治療が難しいからと大きな病院のあるルノシラ王国へ引っ越ししてしまった。

 現在は完治しており、久々の再会が出来た。


 ・トーマと古代遺跡に入る!

 行った場所はルノシラ王国の近くだ。

 中に入る事も出来たが、当然ながら散々調べつくされていた為に貴重な物なんてなかった。

 ミシェル的に冒険したかったと不満を垂れていたが、トーマにとっては初めての遺跡だったために大いに楽しめた。


 ・トーマとアクセサリー作りを体験する!

 鉱山の村アドラへ行き、ドワーフから教えてもらった。

 不器用なトーマとは違い、ミシェルは器用にハートの形をしたネックレスを綺麗に作った。

 それを見たドワーフが息子の嫁にしたいと言ったので、トーマはすぐにミシェルをつれて村から出て行った。


 ・トーマとレストランで思う存分食べる!

 ミシェルの昔からの夢だったらしい。

 だが、結局は普段より少し多めに食べただけで終わってしまった。


 ・トーマと高級なお肉を食べる!

 予算の都合上で食べれたのは1人一口サイズのみ。

 達成した中で一番空しい思いをしたのはこれだろう。


 ・トーマと果物狩りに行く!

 採ったのは地域限定の果物オパス。

 柑橘類の1種なのだが、実には無数の鋭いトゲが生えており採るのがかなり大変だった。


 ・トーマとオパスジュースを飲む!

 オパスを絞ったジュース。

 甘味は無く、とにかくに苦い為に2人は一口飲んだ瞬間に吐き出してしまった。

 もう二度と飲むことはないだろう。


 ・トーマとアピーア祭りを堪能する!

 南の街アピーアでやっている音楽とダンスを楽しむ有名な祭りだ。

 ミシェルはノリノリだったが、こういうのは苦手なトーマは結構苦痛でもあった。


 ・トーマとなんかの大会に出場する!

 アピーア祭りでやっていた、ダンスをしながらミルクを早飲みする大会。

 嫌がるトーマをミシェルは無理やり参加させた。

 結果2人とも1回戦落ちしたものの、必死にミルクを飲みながら変なダンスをするトーマの姿にミシェルは大爆笑。

 トーマにとっては色々不満を持ってしまう祭りと大会だった。


 ・トーマとナダ火山を見る!

 大小問わず噴火し続けている活火山。

 ミシェルは興奮していたが、トーマからすれば黒煙が出ているなー程度しか感じなかった。


 ・トーマとカンダ滝を見る!

 リトーレス大陸最大の滝。

 まさに圧巻の風景だったが、滝の音がとにかくうるさかった。

 その日は2人共耳鳴りが収まらなかった。


 ・トーマとドラゴンに乗って空を飛ぶ!

 ミシェル的に野生のドラゴンの背中に乗りたかったらしいが、当然危険すぎる為に却下。

 仕方なくモンスターと触れ合えるパークに行き、ドラゴンに乗れるアクティビティに参加した。

 最初は不満を言っていたミシェルだったが、空を飛んだ時は大はしゃぎしていた。

 その姿を見て、魔法で空を飛べるのになんではしゃいでいるのだろうとトーマは不思議に思ったりもしていた。


 ・トーマとユニコーンに餌をあげる!

 これもドラゴンと同様の為に危険な為、同じパーク内で飼われているユニコーンに餌をあげた。

 怪我防止の為にユニコーンの角先が丸く削られており、トーマは複雑な気分になってしまった。


 ・トーマとレッドワイバーンの卵を見る!

 最初この項目を聞かされた時、トーマは正気かと思った。

 けど時間はかかったものの見事に達成。

 シェリーとも出会うことが出来た。


 ・トーマと虹花を見る!

 様々な人の力を借りて達成。

 あの虹色の光景をトーマは生涯忘れる事はないだろう。


 ・生きているうちにトーマと●●20達成させる!

 100個目の項目、20の文字の下は塗りつぶされている。


 これで丁度20。

 ヒトリやツバメが動いてくれたのは、この項目を達成する為だったのだ。


「う……ううう……うわああああ!」


 最後の項目を見た時、トーマの大きな目から涙があふれ出す。

 塗りつぶされた部分が、何と書かれてあったのかすぐにわかったからだ。


 【生きているうちにトーマと全部達成させる!】


 間違いなくこう書かれていたに違いない。

 自分の命がもう長くないと感じたミシェルが全部を消して20にしたのだ。


 ミシェルの想いを全て理解したトーマは一晩中涙が止まらなかった。



 ミシェルの葬儀が終わった次の日の朝。

 町の入り口には、荷物を背負ったトーマとその肩に乗ったシェリーの姿があった。


「さてと……」


 トーマがノートを開き、やりたい事のリストに目を通す。

 そこには101項目目に【残りを全部やる!】と追加されていた。


「……よし、決めた。マンドラゴラの丸焼きを食べる! にしよう。となると、向かうはマンドラゴラが生息している東地方だな。行くぞシェリー!」


『ピィ~!』


 トーマとシェリー。

 少年と子竜の旅が始まるのだった。




 ―了―

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