第11話 深夜の狂気

 帰宅して自室のドアを開いたときにユウタは唖然あぜんとした。

 目の前に大きな箱があった。恐る恐る開けると、入手困難と言われ、レア化されている水本絵梨香がプリントされた限定の抱き枕が出てきた。

「こわっ」

 嬉しいより恐怖が勝っていた。差出人さしだしにんを調べようとしたが、送り状が貼られていない。つまり、何者かが部屋の中に入ったということだ。

「うああああ」

 部屋の中を何度も走り回る。

 ついにストーカーが家の中にまで侵入してきた事実にユウタは絶叫を上げた。

 叫び声に気がついた母が飛んできた。

「どうしたの? そんな声あげて」

 ユウタが腰を抜かして震えていると、母は抱き枕を見て笑った。

「あー、これね。デパートで見つけて買ってきたの。あんたこの子のファンじゃない。なんか特設フェアやってたから」

 クスクス笑いながらドアが閉める。

「そんなに驚くほど喜んでくれたのね」

 ユウタはダンボールを叩いてため息をつく。

「もう、勘弁かんべんしてくれよ」


 夜の3時にユウタは目が覚めた。闇の中で何度か誰かに呼ばれた気がした。カーテンがパタパタとはためいている。窓ガラスが少し開いている。毛布にくるまりながら閉めに行く。

「おかしいな。閉めたはずなのに」

 何となく窓を開けた。外の夜景は静まり返っている。

 するとガリガリ……という音が上から聞こえて見上げた。まさかと思ったが、そこにいたのは人の姿だった。毛布がぱたりと床に落ちた。

 屋根に固定したロープがピンと張り、ハーネスベルトに装着したカラビラがキラキラと揺れ、壁を両足で踏んだ姿勢でユウタを凝視している。闇夜であり電柱の街灯からの逆光で顔は良くわからないが長い髪の毛が風になびいている。

「いい加減にしろよ」

 ユウタは低い声を出した。この状況下で冷静でいられることに彼自身も驚いている。

 すると、彼女の顔は大胆にも彼の目の前まで迫ってきた。息が届くような距離。同時にどこかで嗅いだことのある良い匂いがした。

「絶対に捕まえてやる、もうこっちも許さない」

「フフフ」

 女の笑い声がする。

「捕まえてね。ずっと、待ってるから」

 そのまま指先で彼のほおを撫でた。ユウタはドキッとして目を見開く。

「あまい」

 つまりケーキの生クリームをなめるように指先をしゃぶったのだ。

 それがわかったのと同時に声を上げた。

「ふざけるな」

 ユウタは飛び上がり愛刀のサイリウムを振った。光の閃光は空を斬る。女は壁を蹴って高々と飛び上がり、屋根の上に着地していた。

「しばらく会えないかも知れない」

「何?」

「でも、あなたは絶対に私を追いかけてくれる」

 暗闇だけになった空を見上げてユウタは呟いた。

「おれが追いかける……だと?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る