第6話 ライブは戦場

 ライブ当日、すでにユウタはステージ前の最前列に待機していた。隣には目を輝かせたユズナがいる。孤高のソロ推しサポーターを自負していたユウタにとっては、同伴者どうはんしゃを連れていくことは耐え難いことであったが、これには経緯がある。

 前日、昼休みにユズナは生意気にもネットで調べてきたというニワカ仕込みの討論をユウタに吹っかけてきたわけだ。つまり彼女が言うには「推し活の初心者を遠ざけたり、煙たがるのも果たしてどうなのか」とユウタのスタンスを痛烈にダメ出しした。

「初心者排除は重大なマナー違反だよ」と人差し指を立てて強い口調で指摘をしてきた。

 その意見にユウタは「クックック」と不敵な笑みを浮かべてうなずいている。

 ユズナは構わずに続ける。子供の頃から彼が反論できないときのお決まりの表情だと知っているからだ。

「その上、古参気取りのあんた自身もまだ一年程度のヒョッコにすぎない。よって、幼馴染の私をライブに連れていく。それが流れとしてベストでしょ」

 ユウタは「ククク」と不敵な笑みを浮かべている。

 勢いに乗るユズナはこう言いきる。

「推しとはそもそも好きな人を応援することじゃないのか。布教するのが本来の推し活の使命のはず。新規客が来なくて困ったり、つらいのは推しだよ?」

 ユウタはなす術なくKOされた。机の上に顔を伏せて動かなくなった。どうすることもできない。

 

 これらの経緯があり、晴れてユズナは推し活デビューを果たすことになった。ウキウキしている彼女の横でユウタはうつむいて、先日のカラオケボックスの瞬間を思い出していた。

(水本絵梨香と初めてライブ以外で出会った)

 あのときは目を逸らして立ち去ったが、未だに忘れられない。数秒が夢だったのか現実かどうかもわからない。とにかくあのときの心臓の高鳴りは余韻として残り、今もフワフワと雲に乗ったように落ち着かない。これから水本絵梨香が登場するが、彼女は覚えてくれているだろうか。もし、また目が合ったらどうする。心を整理して落ち着きたいのに、横ではしゃぐ新参女がめちゃくちゃ鬱陶しいことこのうえない。

「あまり出しゃばるなよ」

「え? なんか言った?」

「別に……」

 普段のユウタは新規層やライト層を歓迎していて、排除する思想もない。ただ、ライブに関してはどうしても譲れないポリシーがある。

「本来であればステージ前は熱狂的なファンが固めるべきだ」との持論が彼にはある。超絶ガチ勢の彼にとってライブは戦場であり、先陣を率いるのは熟練の手練てだれでなければならない。最前線で振り付けもできない、飛び跳ねもしないど素人はお呼びではないのだ。

(ライブパフォーマンスを盛り上げる陣形を崩すな)

 過去にも何度、口酸っぱくで怒鳴ったかわからない。


 ユウタは目を閉じた。

「良いぞ、お前には気の迷いがあった。使徒の本来の使命を忘れるな」

 リトルユウタは良いことを言う。推し活の本分ほんぶんとは何か。それは徹底的なサポートに尽きる。自分のことよりも全ては推しのために。

 会場が暗闇に包まれる。いよいよ、彼女の出番だ。張り詰める緊張感。

 ユウタはすでに低い姿勢を取っている。彼のサイリウムが点灯する。すると、次々にカラフルな灯りが連鎖していく。

「イエェーイ!」

 水本絵梨香がステージ中央に手を振って走り出した。瞬間に大きな歓声が上がる。ユウタはまだ姿勢を崩さない。

(まだだ。まだ! 引きつけろ!)

「最初はデビュー曲の『君に会えて嬉しい』だよ!」

 ドラムが鳴る。その瞬間、両手を広げてユウタは飛び上がった。祭りが始まった。

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