第14話クリームソーダ

俺は河原近くにある神社に祀られた大黒天だ。


来る日も来る日も、

「金持ちになりたい」

「いい企業に就職したい」

「幸せになりたい」

そんな人間の欲望を聞きながら生活してきた


「人はどうしてこうも欲深なのかねえ」

おれはいい加減、人の欲望にあきあきしていたのだ。


ある日、かねてから行ってみたかった花火大会に社を抜け出して

人間のふりを出かけてみた。


(ああ・・・失敗だったかもな)


「ねえねえお兄さん、一人だったら私達と花火みない?

そのあとのみに行こうよ」


「興味ない。去れ」


こんなやりとりをもう何度くりかえしたのだろう。


(花火、もっと楽しみたかったけど、帰るか)


俺は人々が進むのと逆方向に歩き出した。


川の流れに逆らう鯉のように進んでいくと、

かすかに鳴き声が聞こえてきた。


(子供の泣き声?)


そう思い、道の入り組んだところを見ると、小さな少女がうずくまって泣いていた。


(迷子か)


俺は誰からも見向きされず一人泣いている少女に近づいていった。


「子供、どうして泣いているんだ?」


俺は泣いている少女の前にしゃがみ込んで問いかけた。


「おじいちゃんとおばあちゃんがいないの」


そう言うと、不安が増したのだろうか、

嗚咽をあげながら体を震わせてまた泣き始めた。


(俺の力を使えば人捜しはあっという間。だけどお願いされてもないのに仕事するのも面倒だなあ)


そんなことをぼんやり考えていると、

さっきまで泣いていた少女が泣きはらした赤い目で俺をじっと見つめていた。


「お兄ちゃん、迷子なの?」


「どうしてそう思うんだ?」


「だって、寂しそうなお顔してるから。大丈夫だよ。怖くないよ。

私も一緒にお兄ちゃんの家族を探してあげるからね」


少女はそう言うと、立ち上がって俺の頭を撫でる。

優しい暖かい手で、そうっと。


俺はその瞬間生まれて初めて受けた無償の好意に戸惑うと同時に

自然と涙がこぼれた。


「あれ、俺・・・なんで」


少女はそんな俺を心配したのだろう。


「泣かないの。いいこ、いいこ」


そう言いながらさらにやさしく頭を撫でてくれた。


「子供、お前はなんで俺に優しくする」


「だって、泣いている子がいたらいい子いい子して

元気になってくれたら嬉しいでしょう?」


(これが無償の愛というものなのか)


俺は流れる涙が心地よくて、

少女に慰めてもらいながら、泣き続けた。


「そうだ!お兄ちゃんにいいものあげるね」


そう言って少女は可愛い手提げの中から、緑色に白いアイスと赤いサクランボがプリントされた缶を差し出してきた。


「私の大好きなクリームソーダ缶だよ!本物みたいな味がするの

飲むと元気になるよ」


俺は驚いた。


だって、誰かから下心なしに何かをもらうのは初めてだから。


「いいのか?好きなんだろ、これ」


「私はおじいちゃんとおばあちゃんにまた買ってもらうから平気!

今はお兄ちゃんに元気になってもらうのが大切だから、私お姉ちゃんだから我慢できるよ!」


元気よく缶をもう一度俺に押しつける。


「ありがとう」


そう言って缶を受け取り、プシッと缶の蓋をあける。

途端、安っぽい香料の甘い香りが漂う。


「あまあい香りするでしょ?ごくごく飲んだら元気になるよ」


目をキラキラさせて、おれにそう告げる少女。

ゴクリと一口飲むと口の中でシュワリと泡がはじけ、その次に甘ったるいメロンソーダの味がひろがる


「うまい」


ごくごくと一気に飲み干す。


「ね、おいしいでしょ?元気出た?お兄ちゃん」


「大黒」


「え?」


「俺の名前」


「大黒お兄ちゃんっていうのね。私は千鳥だよ!」


千鳥・・・かわいい名前だった。


「クリームソーダうまかった。元気もでたよ。ありがとう」


またほおに涙がつたう。


人間は温かいんだ。

俺が忘れていただけで。

千鳥が愛おしい。

離れたくない。このまま神界に連れて行ってしまおうか。


そんなことを考えていたときだった


「ちどりー!!どこだー」


老婆の声が聞こえてきた。「おばあちゃーん!私ここだよ」


大きな声で返答する千鳥。

(だめだ。ここで連れて行ったらきっとこの子はまた泣くだろう。

俺はこの子には笑っていてほしい)


「私のおばあちゃんだよ!つぎは大黒お兄ちゃんの家族を探してあげる!」


おばあちゃんが見つかった喜びで興奮気味に俺に語りかける千鳥


かわいい。

愛おしい。


「行きな。もうはぐれちゃだめだ。」


俺は千鳥の背中を押した。


そこに千鳥の祖母が駆けつけてきて千鳥をだきしめる。


おれは力を使って姿を消してその様子を見守っていた。


「あれ、あれれ?おにいちゃんがいない?」


「おにいちゃん?」


「ないてたからクリームソーダあげたの。迷子なの」


あらあらと祖母は千鳥の手を引いて、人混みの流れにのって遠ざかっていった。


ふと足下をみると、可愛いピンクの髪ゴムが転がっていた。

きっと千鳥のものだろう。


「これがあれば、また会えるかな」


おれは千鳥がきえていった方向をいつまでも、見つめていた。そうして14年後のことだ。

風の便りに貧乏神が人間の嫁を娶ったと聞いた。


「人間と婚姻なんてあいつはやっぱかわってるな。

どんな人間なんだ」


おれは使い魔の雀に問うた。


「主様、千鳥という女でなんでも物の怪にも物怖じしない豪傑だとか」


「千鳥!?」


俺は驚いた。

あのときの少女と同じ名前だったから。

いや、名前が同じだけで別人かもしれない。


いてもたってもいられずに、俺は社を抜け出し、

貧乏神の元にむかった姿を隠す術をかけて、物陰から貧乏神の社を観察すると

からりと社の扉が開いて女性が出てきた。


「千鳥・・・」


それはやはり、14年前のあの少女だった。


「大きくなった」


彼女は立派に成長し、可憐な少女から美しい女性にかわっていた。

俺が会いたくてたまらなかったあの子はもう別の神の嫁になっている。


「あと少しはやければ、おれと…」


俺はそれから千鳥の様子を見守り始めた。

といっても、俺もお勤めがあるから、使い魔の雀に言いつけてだけれど。


転機が訪れたのは、それからしばらくたってからのことだった。


「主様大変です!貧乏神がお嫁様の記憶を消して人の世に返しました」


雀が慌てて飛び込んで来たと同時に俺は社を飛び出していた。


はやく、はやく千鳥の元へ向かわないと。

俺は風にのって駅前に向かった。


そこには人垣が出来ていて、近くには救急車が止まっている。


「どなたかお知り合いの人はいませんか」


救急隊員が呼びかけているから、俺は手をあげた。


「よかった。意識をなくして倒れていたらしいのですが、身分証をお持ちでないみたいなので、困っていたんです」


「この人は千鳥、家は山のほうで・・・・いや、身分証や保険証もってきます。搬送する病院はどこになりますか?」


「恐らく中央病院になるかと。どれくらいで戻れますか。」


「すぐに」


そう言うと俺は千鳥の家に向かうふりをして、路地裏に駆け込んだ。


「雀」


そう呼ぶと、チチチと雀が降りてきた。


「千鳥の家に行って、財布を探してこい、お前だけでは難しければ、風の精霊に助けを求めろ」


「承知しました主様」


そう言うと雀は千鳥の家に向かって飛び立った。


俺は雀にとってこさせた身分証の入った鞄。

(重かっただろうに、仲間の雀と十数匹ではこんできたのだ)を持って中央病院にやってきた。


「千鳥は・・・あそこか」


俺は千鳥の病室を訪れ、彼女が横たわるベットの脇の棚に持ってきた鞄を置いた。


「ん・・・なな・・・し」


(夢に見るくらい恋しいのか)

俺は嫉妬のあまり、千鳥の頭に手をかざした。

(今、俺が記憶を改ざんすれば・・・千鳥が貧乏神でなく、俺の嫁になったと思い込ませれば、ずっと一緒に。俺だけを見てくれるようになる)

(だめだ・・・それでは千鳥を本当に手に入れたことにならない)


俺はかざしていた手をそっとほおに添えた。

暖かい。

その温度は幼い頃俺をなぐさめてくれた無垢な少女のままだった。


「もう一度、出会い直して俺に恋をしてくれたら、その時は逃がしてやらないからな」


千鳥は悲しそうな顔をして眠っている。

そんな顔をさせているのが自分でないことがとても悔しいけれど、ようやく巡ってきたチャンスだ。


俺は千鳥の額に口づけして窓から飛び去った。それから、しばらくして。

千鳥は病院を退院し、無事に家に帰った。


俺は雀に命じて千鳥を見守り続けた。


だが見守っていたのは俺だけではない。

貧乏神も使い魔のモモンガに命じて、

千鳥を見守っていた。


「遠くから見守るだけでは足りないな。会いに行くか」


もう一度最初からをやり直すために、千鳥が仕事をしている喫茶店の扉をくぐる。


ポケットには人間のお金を入れて。

そう。

クリームソーダを頼もう。

そうしたら、千鳥が思い出してくれるかもしれないから。


わずかな期待をむねに、俺は歩き出した。

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