第12話 真実

「私が愛してるのはナナシだよ。お願い。私の前から消えないで」


私は泣きじゃくりながら叫んだ。


「千鳥…私は…」


それでもナナシは私を抱きしめることも、触れることさえしてくれない。


「私は、婚姻を…解…」


「いやだ、いやだよナナシ」


「かい…しょう…」


「ナナシ!」


私はたまらず駆け出してナナシに抱きついた。

そしてそのまま彼の腕のなかで涙を流し続けた。


『ふれたら最後。気持ちが止めどなく流れて、もうどこにも逃がしてあげることがきなくなる。貴方は・・・その覚悟があるのですか』


頭の中にナナシが直接問いかけてくる。

だから私も言葉にはせず、思考で答えた。


『私は何も怖くない。貴方の隣にいられたら、それでいいの。愛している、ナナシ』


二人見つめ合って手を握った。

ナナシはするりと手をほどくと、私の背中に手を回し、最初はそうっと抱きしめた。

壊れ物を扱うように。


私もナナシの背中に手を回し、ぎゅうと子供のように洋服を握りしめながら、腕に力を込めて抱きしめると、ナナシは答えるように、息が苦しくなるくらいに強く抱きしめてくれた。


「千鳥・・・ありがとう・・・愛しています。ありがとう。また私と貴方を出会わせてくれて・・・ありがとう。」


「ああ~ゴホン」


二人で抱きしめ合っていると、後ろから咳払いが聞こえた。


「大黒!ごめん、忘れていた」


「うわあ。俺泣きそう」


そういう大黒は笑っていた。嬉しそうに。


「その、ごめんね、私はこの通り、ナナシがいるから貴方の気持ちにはこたえられないの。」


大黒はそっと歩み寄り、私のほおをきゅっとつねった。


「今はこれで許してやるよ。貧乏神はへたれだからまだチャンスあると思ってる。

だから今は友達で許す」


大黒は寂しそうな、切なそうな顔をして、「お前が幸せならそれでいい」そうぽつりとつぶやいた。


「大黒天にもお礼を言わないといけませんね。いくじのない私に変わって、千鳥をここに導いてくれたのですから。」


「おれの欲を満たすためだから気にするな」


大黒はさらりと答えた。


「俺は1ヶ月ちかく千鳥と二人の時間が持てたからそれで十分」


つねっていた指をほおに滑らせて愛おしそうに私を見つめる大黒


その間にズイとナナシが体を滑り込ませる。


「さっそく嫉妬かあ~ちょっと腹立つ」


「当たり前です。夫の前で妻のほおを撫でるなんて、非常識です」


「非常識で結構。おれまだ千鳥ねらってる」


どこまでもマイペースな大黒。


私は二人の会話を聞いて、やっと笑うことができた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る