第20話 優芽

 麻音ちゃんと一緒に帰っていると、たまたま時雨ちゃんと会った。この前はあった瞬間威嚇されたけど、今はそんな気力もないらしい。

 こちらを一瞥すると、時雨ちゃんは私たちのほうへ近づいてきた。


「どうも。あの、おに……姉の友人でしたよね」


「あ、うん。そうだよ~」


 暗い雰囲気を少しでも明るくしようと、声を少し高くするが、目の前の少女の顔は暗いままだった。その表情のまま、彼女は私たちへ提案してくる。


「姉の見舞いに来ませんか。姉も、友人が近くにいると嬉しいでしょうし」


 そう言われるが、私は迷ってしまった。彼女に会いに行っていいのだろうか。会ったところで、悲しさがまた襲い掛かってくるだけじゃないのか。

 そんな考えをしていた私をあざ笑うように、麻音ちゃんは「行く」と即決した。麻音ちゃんにしては、珍しく食い気味の返事だったため面を食らってしまったが、続いて私も行くと宣言した。


 すると、少女は少し安心したようにこちらを見つめた。そんなに来てほしかったのか。もしかしたら、悲しみを分かち合いたいという思いもあったのかもしれない。






 病院は、電車で数駅離れたところにあった。そこからバスを乗り継いで行くため、気軽に行ける距離ではない。

 電車に乗っている間はお通夜状態だったが、バスに乗るころには、結構打ち解けていた。


「この病院、姉は昔も通っていたんですよ」


「昔?」


「はい。杏子……あぁ、一緒に飛び降りた人を助けようとしましてね。そのせいで全身にけがを負って入院ですよ。入院をする際は、杏子と一緒に行くというジンクスでもあるんですかね」


 ははは、と乾いた笑いを浮かべる彼女を、とても直視することはできなかった。


 それから、病院の中に入る。面会というと、案外面倒くさい手続きがいるのかと思ったが、そんなことはなくすぐに入ることができた。


 中にいた彼女は眠っていた。


 今にも目を覚ますのではないかと思うくらい、生気を感じることができる。しかし、四肢どころか指先すら動くことはない。

 美しい髪も、きめ細かい肌も、長いまつげも、まるで精巧な氷像のようだった。


「おにぃ、友達が来てくれたよ」


 ベッドに向かい、話しかける少女。


「来てあげたわよ。挨拶くらいしなさいよ」


 いつものような口調で接しているが、どこか表情が暗い私の彼女。



 かの、じょ?



 何かがおかしい。私が好きだったのは、目の前の儚げな人……いや、違う。私が、好きなのは?だれ?


「あ、れ」


 しかい、が、ぼやける。こけて、すこし足がいたい。あ、これ、涙……


「ど、どうしたの?」


 心配そうに私にかけよってくれる少女は、私のぼやけた視界の中でもはっきりと見えていた。彼女が、私の視界を色づけていた。


「もう、大丈夫だから」


 ふらつきながら立ち上がる。私の彼女も心配そうに見つめてくれる。いつもは冷たいのに、大事な時に優しいところが好き。好きなはずなのだ。


「時雨、どうしたの?」


 聞き覚えのある声が、病室内に響く。それは聞こえるはずのない声。だが、この場にいる全員が望んでいた声でもあった。

 それと同時に思い出す恋心。


 あぁ、なんで忘れていたんだろう。


 いや、それよりも。なんで、私は彼女が気絶していた間、んだろう。私は、そんなに薄情な人間だったのだろうか。それとも……


 考えた途端、目の前の彼女が怖くなる。一体、何者なのだろうか。


「とりあえず、お見舞いに来てくれてありがとうね。それで、どうしてで驚いた顔なんかしてたの?」


「ひと、り?」


 私の声が震える。しかし、私の声が聞こえないかのように。いや、まるで存在しないかのように彼女は話を進める。


「あ、もしかして私が突然目覚めたから驚いたの?ごめんね。あ、でも自殺しようとしたわけじゃないからね!?」


 彼女の話声で、少し部屋の中の空気が明るくなる……なんてことはない。むしろ、私たちの中には疑問しかない。なぜ、彼女は時雨に対して一人と言っているのだろうか。なぜ、彼女は突然目覚めたのだろうか。


 そんな思考をかき消すかのように医者が入ってくる。どうやら、目覚めたと分かった瞬間、時雨がナースコールを押したらしく、すぐに検査をするとのことだった。




 追い出されるように病室から出される。残った私と麻音ちゃんはただただ呆然とするしかなかった。

 何が起きたかわからなかった。突然目覚めたかと思えば、私の中に恋心が再び湧きあがり、そして認識されなくなる。

 人生山あり谷ありとは言うけど、昨日と今日の落差があまりにも激しすぎる。


「優芽。大丈夫?」


 心配そうに見つめてくる彼女の視線がつらい。私は、あの人に恋心を抱いてしまったというのに。


「麻音ちゃん……」


 麻音ちゃんの胸に顔をうずめる。もう、自分はどうすればいいかわからなかった。どうすればいいかわからなくて、結局甘えてしまう。私の悪い癖だった。いつも笑顔を装って、辛くなったら麻音ちゃんに助けてもらう。そのせいで、告白までさせてしまった。


「優芽。大丈夫だよ」


 そっと私の頭が撫でられる。彼女の手は私の手よりもずっと暖かった。それは、あの人のような冷たいぬくもりではなく、確かにある優しいぬくもりだった。


「私は、優芽の味方だからね」


 向けられた先に、彼女への恋心はもうなかった。

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