第2話 陰原園子とラノベの話をした

 それから俺は陰原園子のことを観察するようになった。

 しばらくしてわかったのだが、いや何を今更というかんじなのかもしれないが、陰原に友だちはひとりもいなかった。どころか話しかけるクラスメイトすらもいなかった。

 いつもひとりでいて、たまににやにやと気味悪く笑っているのだった。

 最初は何がそんなに可笑しいのかわからなった。だがあるとき陰原の隙を突いてこっそりと覗き見たところ、どうやらスマホで小説を読んでいるらしかった。

 それも挿絵のついたライトノベルといわれるものだった。

 つまるところラノベを読んで笑っているのだ。

 それでようやく腑に落ちた、と同時にいいきっかけができたと思った。

 なぜならあれ以来、陰原に話しかける理由がいっさいなかったのだ。ラノベだったら俺も少しは話せるところもある。

 近寄ってはいけないなんてルールは作ってなかったし、俺はラノベを読んでいる最中の陰原に話しかけることにした。


「何読んでるんだ」

「春田くんにいってもわかりませんよ陽キャラには一生かかわることのない代物ですし陽キャラなら陽キャラらしく少年漫画でも読んでいれば良いんですよ」

「あいかわらず早口炸裂だな。だが肝心の内容は間違ってるぞ。今時の陽キャラはな、ラノベくらいごく当たり前に嗜むんだよ」

「ななななんですとー!」


 陰原が信じられないくらいオーバーリアクションをした。芸人顔負けのずっこけだ。


「いやにしても驚きすぎだろ」

「そりゃあそうですよ驚天動地青天の霹靂ですよもやラノベが陽キャラにまで浸透していようとは陽キャラの懐の広さに感銘すべきなのかそれともラノベの偉大さを誇るべきなのか」

「というより時代とか流行の問題じゃねぇかな。しらんけど」

「うぬぬなるほどたしかにそのとおりかもしれませんね人がいつかは朽ち果てるように誰しもが時間の流れの前には無力なのです……」

「いったいどういう感情なんだよ」


 驚きすぎておかしくなったのか。あるいは元からおかしいのか。いまいちいいたいことが伝わってこない。

 ひとまず椅子に座らせて落ち着いてもらった。


「で、もっかい訊くけど何読んでんだ」

「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。ですよ通称俺ガイルまたはハマチですもちろんご存じですよね知らないとはいわせませんよ」

「なんで脅迫してんだよ。もちろん知ってるし、読んでるよ。ラブコメでたぶんいちばん読まれてるラノベだし、面白いよな」

「読まれてる読まれてないはどうだっていいんですよそんな物差しで測るのは正直神経を疑ってしまいますねすみません言い過ぎましたところでどのキャラがいちばんお気に入りでしょうか」


 いやまったくそのとおりだ、言い過ぎだ。だがなんか途中で気づいて謝ってるしここはあえて触れないであげてやろう。


「俺はやっぱりゆきのんかな。はちまんに対しての毒舌がおもろいし、それでいながら繊細なところを持ち合わせていて、なんだかその妙なギャップに魅力を感じるな」

「私はがはまさん推しですね陽キャラはきらいですがネタバレ注意なんですが最終的に泣きを見ることになって清々しい気分になるというかやはり陰キャラには陰キャラがお似合いなんですよとわからせてくれるところが素晴らしいですね」

「いや聞けよ」


 結局自分の推しを語りたいだけじゃねぇか。しかもなかなか捻くれた見方しちゃってるし。まぁあんまり人のこといえんが。


「聞いてますよ私も雪乃下さんの魅力には気づいてますし春田くんの意見には癪ですが全面的に同意してますだからあえてその説明を省いたんですまったく空気読んでくださいよ陽キャラを自称してるくらいなら」

「あれ、なんか俺責められてる?」


 べつにふつうのリアクションをしただけなんだが。


「いやはやそれにしても雪乃下さんみたいなキャラ出てくれませんかね最近のラノベはみんな良い子ちゃんばかりといいますか癖が少なくてなんだか物足りなさを感じますまぁそれはそれで否定するつもりもありませんがきゅんとくることも少なからずありますしおすし」

「陰原はラブコメのことになると熱くなるみたいだな。やっぱりそんだけラブコメを愛してるのか」

「もちのろんですよラブコメは幼き頃より大好物ですね今後もこのままラブコメにどっぷり浸かってゆくゆくはラブコメの神様として朽ち果てていきたいものです嘘偽りなく本望です」

「したらばラブコメというかそれらを書いた作者たちも本望だろうよ。ちなみにいままで読んできた中でいちばんおもろかったのはどれだ。純粋に気になる」

「ソードアートオンラインですね」

「それはラブコメじゃねぇよ。ファンタジーだ」


 さっきまでのラブコメやら神様やらの流れはどこへ消えた。今度はこっちがお笑い芸人ばりにずっこけてしまいそうだ。

 陰原はきょとん顔になっている。


「え何をいってるんですかイキリトくんはアスナさんとラブラブじゃないですかほかにもいろんなかわいい女の子が出てきてハーレム要素もふんだんにありますしラブコメといっても過言ではないでしょうに」

「過言だろ。たしかにそういった要素があるのは否めんが、それでも主軸になってるのはファンタジーだ。だからおまえの返答はずれてる」

「ではたしかめてみたいことがあるのですが涼宮ハルヒの憂鬱はどのジャンルに当たるのでしょうか私としては可愛いヒロインがわんさか出てくる時点でラブコメに値すると思っているのですが作中にはタイムリープしたり敵さんと戦闘するシーンもありますよね春田さんの傾向からかんがみるにやはりラブコメではなくSFやまたバトルアクションといったとらえ方をするのでしょうか」


 俺は陰原の猛口撃に対して待ったをかけた。


「いろいろ話してくれたところすまんが、そもそも俺は涼宮ハルヒを読んでない。だからその問いには答えられん」

「はぁなんですかそれ涼宮ハルヒの憂鬱を読んでないとかさてはもぐりですね正直にいってはなからそんなものだと期待してなかったですよ所詮ファッション感覚でラノベに触れてる陽キャラですからね少し古ければいかに名作であろうと手を付けないという軟弱さですよ」


 え……もしかして俺が事の大きさに気づいてないだけなのか? たった一作読んでないだけだろという感覚だったのだが。

 俺は陰原の机を叩いた。


「わーった、わーったよ。そのハルヒとやらを読んでラブコメかどうか判断すれば良いだけの話だろ。ならそんくらいやってやるよ!」

「ちなみに涼宮ハルヒの憂鬱はどちらで購入予定ですか書店ですかアマゾンですかキンドルですかまさかブックオフっていうんじゃないでしょうねぇ?」

「たぶん書店だけど……」


 べつにブックオフでもいいだろ。あ、でもそうなると作者に印税入らないのか。作品を支える熱烈なファンともなるとあまり褒められた行為でないのかもしれんな。まぁそこらへんはけっこうナイーブなのでこれ以上言及しないが。

 陰原はその答えに満足したのか、しきりにうんうんと首を縦に振っている。


「春田さんにしてはなかなか良い心掛けですねいままでは群れの中でうぇいうぇい騒いでるありんこみたいに思っていたんですが見事にトノサマバッタにまで昇格ですやったね」

「やったね、じゃねーよ。あと誰がトノサマバッタだ」


 まぁありんこといわれるよかましかもれんけど。てなるとここは素直によろこぶべきなのか。いかん感覚が麻痺ってきた。


「そんなトノサマバッタに朗報ですなんといまなら特別に私の布教用涼宮ハルヒシリーズを全巻無料でお譲りいたしましょうこれで春田くんの出費はかさまずに済みました浮いたぶんは私にジュース1年分でよろしくお願いします!」

「むしろそっちのほうが高くつくじゃねーか」


 もちろん冗談でいってるのだろうが。まぁここは素直にありがたく受け取っておこう。トノサマバッタを揶揄したこともそのまま水に流してやろう。


「そんじゃあハルヒ頼むよ、早口コミュ障陰キャラ。渡してくれるのはいつでもいいから」


 そういって陰原のもとから去ろうとした。

 しかし後ろからあみあみのベルトを掴まれてしまう。

 咄嗟のことに俺は面食らってしまった。まさか陰原が直接触れてくるとは想像だにしなかった。悪口をいったのがよほど腹に据えかねたのだろうか。

 俺は平静を装った。


「んだよ、離せよ」

「渡すのはいつでもいいとおおしゃいましたよねそれって具体的にいつですか明日ですかあさってですかそれとも一週間後ですかそれじゃあどのみち遅いんですよっ!」

「ならどうすればいいんだよ」

「できるだけ早急にですいますぐには授業もまだ残ってるのでさすがに難しいですが少なくとも今日中には渡したいですねということで放課後私のおうちまで同行願います」


 つまり家まで取りに来いというわけか。これまた強引な。にしても陰原には驚かされてばかりだ。

 しかしここはいちおう確認しておいたほうがいいだろう。なんせ思春期のしかも陽キャラである俺を女子の家に上げるということは、それ相応のリスクがつきまとうからだ。もっとも俺にその気は微塵もないが、ちゃんと承知の上でいってるんだろうなと問いたかった。


「いいのか俺みたいな陽キャラを家に招いても。最悪あれされてこれされちまうかもしんないぞ」

「さすがの私でもトノサマバッタ如きには負けませんからそれに早くハルヒを読んでもらってラブコメなのか否か春田くんの口から聞かないと夜も気になって気になって眠れませんからね」

「逆に俺を寝かさないつもりかよ」


 いくらなんでもそんなに早くは無理だ。何巻あるかもわからないが、せめて三日は待ってほしい。

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