第4話 答え


「それで、私と恋人になってくれるの?」


学校から帰るや否や、待ち構えていたような勢いでミコが言った。


「とりあえず座って話さない?」

「え?あぁ、そう。」


そう言うとミコはゆっくりと膝を折り、絨毯の上に座った。その仕草は人間にしか見えなかった。


「なんか飲み物飲むか?」

「私は飲み食いができない」

「あ、そっか…部屋、寒くないか?ヒーター付けようか?」

「私には温度センサーは付いてない」

「そ、そっか…」


少しの間、沈黙が流れた。


「それで…私と恋人になってくれる?」


少し顔を赤らめてミコが聞いてきた。


どう返事をするかは、学校にいる間によく考えた。


「ごめん、それは…できない」

「どうして?」


ミコが思いのほか強い口調で言ってきた。少しビクッとしたが、何とか言葉を返した。

「俺は…恋人っていうのは、双方に好意があるからこそ成り立つものだと思う。」


彼女いない歴=年齢の俺が言うと説得力0だが…


ミコは何かを考えるような顔をしていた。そして少し震えた口調で言った。


「恋愛を…理解したくないの?」

「俺はここでミコと恋人になっても、それで恋愛を理解出来るとは思わない。」


俺は少し強めの口調で言った。するとミコは少し難しそうな顔をして黙っていた。

 どのくらいの時間が経ったのだろうか。おそらく数分なのだろうが体感は数時間だ。そしてミコがゆっくりと声を出して言った。


「そっか…なら…仕方ないね」

「うん…」

「今日はもう元の姿に戻るね」

「うん…」


ミコはたちまち目の前から消え、CDだけが残っていた。自分の選択が間違っていたとは思わないが、少しだけ後悔した。


ーーーーー


「ねぇ、起きて。もう学校行く時間だよ」


つい昨日聞いたばかりのセリフが聞こえた。デジャヴか何かだろうか。とりあえず眠いので引き続き睡眠を続行することにする。おやすみなさい。


「ねぇ、起きてってば、学校行かなきゃダメだよ」


このセリフは初めて聞いた。ミコも色々な起こし方のパターンを持ってるものだ。ミコも…ミコ?

俺は昨日のハイライトのように布団から飛び起きた。


「おはよう!マスター!!」

「お、おはよ」


ミコはまるで昨日のことが無かったかのような調子だ。俺はまだ何となく気まずいんだが。


「学校、間に合わなくなるよ」

「あ、あぁ…」


俺は逃げるように部屋を出た。


ーーーーー

その日の学校も、いつも通り無機質な時間が流れていった。つまらない授業を受け終え、すぐに家へ帰還する。


家へ着くと、昨日と同じように部屋でミコが待っていた。今朝同様、昨日の塩らしさは全くなく、出会った時と同じような感じに戻っていた。俺は気まずいのが苦手なので少し安心した。


「今日の学校はどうだった?」

「普通だよ」

「円周率10000桁覚えた?」

「俺は初音ミクじゃない」


そんな何気ない会話をしていたら、ふとミコが言った。


「そういえばもうすぐ、来年のマジックミライの曲の応募が始まるね」

「そうだな」


マジックミライ、略してマジミラ。それはさまざまなバーチャルシンガーがライブ形式で歌を披露するイベントだ。そしてなんと、グランプリに輝くと応募した曲がこのライブの中で披露されるのだ。ボカロPなら誰しも憧れる舞台である。ちなみに俺も毎年のように応募しているが、掠ったことすらない。


「わたし、あのステージに立ってみたいな…」


ミコがぽつりと言った。いかんせんミコはマイナーなVOCALOIDであるため、楽曲が少なく、代表曲のようなものも無い。また、応募する際に使用が認められているバーチャルシンガーにも含まれていない。ミコがあの舞台に立つには、ミコを使った作品でメガヒットを叩き出したりしない限り難しいだろう。いや、それでもかなり厳しいだろう。

 ひょっとしてミコが俺に恋愛を理解させたがってたのは、そうすることで俺がより良い歌詞が書けると思ったからだろうか。


「大勢の人の前で、歌ってみたいなぁ…」


そう呟いたミコの表情は美しく、薄ら悲しそうでもあった。

(こんな表情されて黙ってられるかよ…)


「ミコ、俺が後世に残るような最高の楽曲を作る!お前をあの舞台に連れてってやる!」


ミコはきょとんとしていたが、だんだん顔を綻ばせていき、仕舞いには見たことないような笑顔で言った。


「うん!ありがとう!!」


その日から俺とミコのは、最高のボカロ曲を作るために動き始めた。

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